3 「ここは俺が」
文字数 2,921文字
竜。
それは魔獣の中で最強を誇る眷属である。
全身を覆う強固な竜鱗 はあらゆる刀剣を弾き返す。
竜滅砲 の異名を持つ吐息はすべてを灰燼と化す。
これを打ち倒すことができるのは最強のSクラス冒険者のみ。
そして竜を打ち倒したものは、栄えある討竜士 の称号を授かるのだという。
──以上、リリスとアリスからの説明だった。
「なるほど、要約すれば『竜ってめちゃくちゃ強い』ってことでいいんだな?」
「えらくざっくりした理解の仕方ね……でも、そういうことよ」
うなずくリリス。
勝気な顔に険しい表情を浮かべ、城壁の破壊を続ける竜を見据えている。
さっきのブレスですでに大穴が空いて城壁は、かなり脆くなっているみたいだ。
完全に崩壊するのも時間の問題だろう。
ブレスをあと何発か撃てば、あっという間に城壁なんて吹っ飛ばせるんだろうけど、あれは連発できる代物じゃないらしい。
……これもリリスたちの受け売りだけど。
「あいつは強い。都市一つを壊滅させるだけの戦力。あたしたちの力では太刀打ちできない」
「じゃあ、二人も逃げたほうがいいんじゃないか」
「勝てないまでも、町の人たちが避難を終える時間くらいは稼ぎたいですから~」
と、柔和な顔を引き締めて語るアリス。
「勝つのは、難しいのか?」
俺は確認のために聞いてみた。
「マジックミサイルを当てられれば、たぶん倒せるのに……」
リリスがため息をつく。
「マジックミサイル?」
「呪文を強化することができるアイテムよ。あたしたちが使える魔法はほとんどが『通常級魔法 』だけど、これを使えば『超級魔法 』並みに威力を上げられるの」
「じゃあ、そいつを使えば──」
「無理よ。魔力のチャージからマジックミサイルを発射するまでにものすごく時間がかかるから。その間に竜の攻撃を受ければおしまいね」
と、リリス。
「マジックミサイルは貴重品で、私たちも一発分しか持っていません。竜の注意を引きつけることができれば、当てるチャンスはあるんですが……」
今度はアリスがため息をついた。
「あの絶大な攻撃力を前に、注意をひきつけるなんて真似は不可能です。私の防御呪文もさっきのブレスを防ぐために、魔力をほとんど使い果たしてしまいましたし~」
注意を引きつける──か。
俺は彼女の言葉を心の中で反すうした。
「現状、竜の攻撃を止める手段はもはやありません。ブレスにせよ、爪や牙にせよ、一撃受ければ私たちは確実に殺されます」
アリスが眉をわずかに寄せて微笑んだ。
穏やかな笑顔に見えるけど、たぶん本人としては困った表情を浮かべているんだろう。
「状況は分かったでしょう。竜の攻撃を防ぐことができない以上、ここにいたら巻き添えであなたも死ぬ」
リリスがますます表情を険しくする。
「お願いだから逃げて。あたしたちはもう──誰も死なせたくない」
ん、どういう意味だ?
まるで彼女たちの過去には、誰かを守れなかった出来事でもあるかのような……。
そのとき、大音響とともに城壁が崩れ落ちた。
竜が咆哮を上げて町の中に入ってくる。
全身が漆黒の鱗に覆われた、巨大な竜。
その威容は、見ているだけで全身の震えが止まらなくなるほどのプレッシャーを感じさせる。
「あたしが攻撃魔法で牽制するから、姉さんはフォローをお願い」
リリスがアリスに告げて、竜に向き直る。
吹きつける風が、ツインテールにした金髪をなびかせる。
「なんとか時間だけでも稼いでみる」
「無茶しないでね、リリスちゃん~」
「あたしはリリス・ラフィールよ。竜なんかに負けないんだからっ」
心配そうなアリスに、リリスは不敵に答えて走り出した。
「こっちよ!雷襲弾 !」
攻撃呪文を放ちながら、竜の注意を引きつける。
次々に撃ちだされる黄金の光球が黒い巨体に炸裂し──だけど、竜は小揺るぎもしなかった。
まったくダメージを与えられていないのが分かる。
それでもリリスは魔法を撃ち続けた。
もとより勝てるとは思っていないはずだ。
目的はあくまでも時間稼ぎ。
悲痛な彼女の表情を見ていると、俺まで胸が痛くなる。
無関係のはずの俺たちの町のために、どうしてそこまで一生懸命になれるのか。
ぐるるるるるる……っ!
と、竜がうなった。
ダメージを受けていないとはいえ、立て続けに攻撃を受けてイラついているらしい。
大きく開いた口が輝きを宿す。
まずい、ドラゴンブレスの発射体勢だ!
俺は慌てて走り出した。
リリスやアリスにあれを防ぐ手立てはない。
だったら、俺が守るしかない──。
「間に合えぇぇぇっ!」
絶叫とともに走る。
全力で、ただ走る。
さっきは夢中だったけど、俺の『絶対にダメージを受けないスキル』っていうのをどうやって発動させればいいのか分からない。
だけど、迷っている時間はなかった。
放たれる黒い炎弾。
立ち尽くすリリス。
それらを視界に収めながら、俺は彼女に飛びつき、押し倒した。
がいんっ!
と、爆発音に混じって金属と金属を叩いたような奇妙な音が響く。
さっきの輝く紋章がまた出現し、竜のブレスを弾き散らした。
「あなた、それ──」
俺に押し倒されたままのリリスが呆然とつぶやく。
さっきは気づかなかったみたいだけど、今度は彼女にも俺のスキルの発動が見えたんだろう。
「注意を引きつければいいんだよな?」
俺は立ち上がりながらたずねた。
ここまで来たら、覚悟を決めよう。
たぶん俺の意志でこのスキルは発動するはずだ。
……発動してくれよ、頼む。
「あなた、何を言って……?」
「今のを見ただろ? 俺が竜の攻撃を防いで時間を稼ぐ。その間にリリスたちがマジックミサイルを使って竜を倒してくれ」
宣言してしまった。
ああ、もう後には引けないぞ。
本音を言えば、不安はある。
いくら『ダメージを受けないスキル』だって説明されても、まだまだ分からないことが多すぎる。
炎には耐えられたけど、たとえばドラゴンの爪や牙、尻尾なんかの物理攻撃にも不可侵なのか。
そもそも、どの程度のダメージまでなら耐えられるのか。
無制限なのか、一定以上の衝撃はアウトなのか。
あるいは回数制限みたいなものはあるのか。
何一つ分からない。
でも、一つだけ分かることがある。
自分には縁もゆかりもないはずの、俺たちの町を命がけで守ろうとしてくれているリリスやアリスを見て──。
黙ってなんていられない、ってことだ。
「他に手はない。ここは俺が」
こうしている間にも、竜は次撃を放ってくるかもしれない。
だから、返事を聞かずに俺は駆け出した。
さあ、竜を倒すための作戦開始だ。
それは魔獣の中で最強を誇る眷属である。
全身を覆う強固な
これを打ち倒すことができるのは最強のSクラス冒険者のみ。
そして竜を打ち倒したものは、栄えある
──以上、リリスとアリスからの説明だった。
「なるほど、要約すれば『竜ってめちゃくちゃ強い』ってことでいいんだな?」
「えらくざっくりした理解の仕方ね……でも、そういうことよ」
うなずくリリス。
勝気な顔に険しい表情を浮かべ、城壁の破壊を続ける竜を見据えている。
さっきのブレスですでに大穴が空いて城壁は、かなり脆くなっているみたいだ。
完全に崩壊するのも時間の問題だろう。
ブレスをあと何発か撃てば、あっという間に城壁なんて吹っ飛ばせるんだろうけど、あれは連発できる代物じゃないらしい。
……これもリリスたちの受け売りだけど。
「あいつは強い。都市一つを壊滅させるだけの戦力。あたしたちの力では太刀打ちできない」
「じゃあ、二人も逃げたほうがいいんじゃないか」
「勝てないまでも、町の人たちが避難を終える時間くらいは稼ぎたいですから~」
と、柔和な顔を引き締めて語るアリス。
「勝つのは、難しいのか?」
俺は確認のために聞いてみた。
「マジックミサイルを当てられれば、たぶん倒せるのに……」
リリスがため息をつく。
「マジックミサイル?」
「呪文を強化することができるアイテムよ。あたしたちが使える魔法はほとんどが『
「じゃあ、そいつを使えば──」
「無理よ。魔力のチャージからマジックミサイルを発射するまでにものすごく時間がかかるから。その間に竜の攻撃を受ければおしまいね」
と、リリス。
「マジックミサイルは貴重品で、私たちも一発分しか持っていません。竜の注意を引きつけることができれば、当てるチャンスはあるんですが……」
今度はアリスがため息をついた。
「あの絶大な攻撃力を前に、注意をひきつけるなんて真似は不可能です。私の防御呪文もさっきのブレスを防ぐために、魔力をほとんど使い果たしてしまいましたし~」
注意を引きつける──か。
俺は彼女の言葉を心の中で反すうした。
「現状、竜の攻撃を止める手段はもはやありません。ブレスにせよ、爪や牙にせよ、一撃受ければ私たちは確実に殺されます」
アリスが眉をわずかに寄せて微笑んだ。
穏やかな笑顔に見えるけど、たぶん本人としては困った表情を浮かべているんだろう。
「状況は分かったでしょう。竜の攻撃を防ぐことができない以上、ここにいたら巻き添えであなたも死ぬ」
リリスがますます表情を険しくする。
「お願いだから逃げて。あたしたちはもう──誰も死なせたくない」
ん、どういう意味だ?
まるで彼女たちの過去には、誰かを守れなかった出来事でもあるかのような……。
そのとき、大音響とともに城壁が崩れ落ちた。
竜が咆哮を上げて町の中に入ってくる。
全身が漆黒の鱗に覆われた、巨大な竜。
その威容は、見ているだけで全身の震えが止まらなくなるほどのプレッシャーを感じさせる。
「あたしが攻撃魔法で牽制するから、姉さんはフォローをお願い」
リリスがアリスに告げて、竜に向き直る。
吹きつける風が、ツインテールにした金髪をなびかせる。
「なんとか時間だけでも稼いでみる」
「無茶しないでね、リリスちゃん~」
「あたしはリリス・ラフィールよ。竜なんかに負けないんだからっ」
心配そうなアリスに、リリスは不敵に答えて走り出した。
「こっちよ!
攻撃呪文を放ちながら、竜の注意を引きつける。
次々に撃ちだされる黄金の光球が黒い巨体に炸裂し──だけど、竜は小揺るぎもしなかった。
まったくダメージを与えられていないのが分かる。
それでもリリスは魔法を撃ち続けた。
もとより勝てるとは思っていないはずだ。
目的はあくまでも時間稼ぎ。
悲痛な彼女の表情を見ていると、俺まで胸が痛くなる。
無関係のはずの俺たちの町のために、どうしてそこまで一生懸命になれるのか。
ぐるるるるるる……っ!
と、竜がうなった。
ダメージを受けていないとはいえ、立て続けに攻撃を受けてイラついているらしい。
大きく開いた口が輝きを宿す。
まずい、ドラゴンブレスの発射体勢だ!
俺は慌てて走り出した。
リリスやアリスにあれを防ぐ手立てはない。
だったら、俺が守るしかない──。
「間に合えぇぇぇっ!」
絶叫とともに走る。
全力で、ただ走る。
さっきは夢中だったけど、俺の『絶対にダメージを受けないスキル』っていうのをどうやって発動させればいいのか分からない。
だけど、迷っている時間はなかった。
放たれる黒い炎弾。
立ち尽くすリリス。
それらを視界に収めながら、俺は彼女に飛びつき、押し倒した。
がいんっ!
と、爆発音に混じって金属と金属を叩いたような奇妙な音が響く。
さっきの輝く紋章がまた出現し、竜のブレスを弾き散らした。
「あなた、それ──」
俺に押し倒されたままのリリスが呆然とつぶやく。
さっきは気づかなかったみたいだけど、今度は彼女にも俺のスキルの発動が見えたんだろう。
「注意を引きつければいいんだよな?」
俺は立ち上がりながらたずねた。
ここまで来たら、覚悟を決めよう。
たぶん俺の意志でこのスキルは発動するはずだ。
……発動してくれよ、頼む。
「あなた、何を言って……?」
「今のを見ただろ? 俺が竜の攻撃を防いで時間を稼ぐ。その間にリリスたちがマジックミサイルを使って竜を倒してくれ」
宣言してしまった。
ああ、もう後には引けないぞ。
本音を言えば、不安はある。
いくら『ダメージを受けないスキル』だって説明されても、まだまだ分からないことが多すぎる。
炎には耐えられたけど、たとえばドラゴンの爪や牙、尻尾なんかの物理攻撃にも不可侵なのか。
そもそも、どの程度のダメージまでなら耐えられるのか。
無制限なのか、一定以上の衝撃はアウトなのか。
あるいは回数制限みたいなものはあるのか。
何一つ分からない。
でも、一つだけ分かることがある。
自分には縁もゆかりもないはずの、俺たちの町を命がけで守ろうとしてくれているリリスやアリスを見て──。
黙ってなんていられない、ってことだ。
「他に手はない。ここは俺が」
こうしている間にも、竜は次撃を放ってくるかもしれない。
だから、返事を聞かずに俺は駆け出した。
さあ、竜を倒すための作戦開始だ。