2 「憧れます」
文字数 3,694文字
俺たちはギルド会館を目指して大通りを歩いていた。
「さっきはすごかったですね、ハルトさん」
「ん?」
「ほら、馬車に撥ねられそうになっていた子どもを助けたじゃないですか」
アリスのつぶらな瞳が俺を見つめる。
リリスと同じ、吸いこまれそうなほど深い青色の瞳。
「私も防御系や補助系をメインに扱う魔法使いなので、ハルトさんのすごさを実感します。竜の攻撃すら完封する防御魔法を連発するなんて、私にはとても……」
「アリスだって竜の攻撃を防いでただろ?」
「あれはほとんど全魔力を使って、やっと一撃防げるかどうかというところですし」
と、アリス。
「実戦では何発、何十発と攻撃が飛んでくるので、とても竜に立ち向かうなんてできません……」
「なるほど……」
「私もいつかハルトさんみたいな強力な防御魔法を軽々と操れるようになりたいです」
アリスがキラキラした目で俺を見つめた。
「すごいです。本当に。憧れます、とても……」
「アリス……」
ストレートな褒め言葉に照れてしまう。
「あ、いえ、その憧れっていうのは、だから、えっと魔法使いとしてっていう意味で……」
突然、彼女の頬が赤らんだ。
「や、やだな、いえ、その竜や魔族に立ち向かったハルトさんを見て、素敵だなと思いましたけど、今のは本当に、ただ魔法使いとしての発言っていうか……あわわわ」
なぜか一人でテンパり始めるアリス。
会話の途中でいきなりテンパりだすのはリリスとそっくりだった。
やっぱり姉妹なんだなぁ、とほんわかする。
「あ、もしかしてあの建物かな。ギルド会館って──」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」
──って、まだテンパってた!?
「あなたを見ているとどきがむねむね……いえ、むねがどきどき……いえいえ、これは魔法使いとして敬意を払っているというか、つまりその、こ、ここここ恋とかではなく……」
「お、落ち着け、アリス。深呼吸だ」
「すーはーすーはーすーはー」
俺の言葉に素直に従い、深呼吸を始めるアリス。
「えっと、スキルの発動にもだいぶ慣れてきたよ」
このままだと永遠に『あわわわわ……』を繰り返しそうな雰囲気だったので、俺は話題を変えてみた。
「実戦を二つ経験したからかな」
学校が終わってから能力テストを兼ねて練習もしてたけど、やっぱり実戦に勝る訓練なしって感じがする。
「すーはーすーはーすー…スキル?」
ようやくテンパり状態が解除されたのか、アリスが深呼吸をやめてキョトンと首をかしげた。
「ハルトさんが使っているのは防御魔法ではないのですか?」
「あ、えーっと……」
どこまで話せばいいんだろう。
別に秘密にしておかなくてもいいのかな。
「実は俺の力は魔法じゃなくて、女神さまから──」
──どくんっ!
ふいに、胸の芯にすさまじい痛みが走った。
「ぐ……あ……ぁ……っ」
「ハルトさん……!?」
どくん、どくん、どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくんっ!
心臓が異常な速さで鼓動を打っている。
胸の中が破れそうな錯覚。
「はあ、はあ、はあ……」
数分ほどして、ようやくその痛みは収まった。
「大丈夫ですか……?」
「あ、ああ、平気だ」
心配そうなアリスに俺は微笑した。
なんだったんだ、今のは……?
考えたところで、まさか──と直感的に思い当たる。
スキルのことを他人に話そうとしたから、激痛が走ったんじゃないだろうか。
女神さまからスキルをもらった、って言おうとしたとたんに痛くなったからな。
とりあえず、スキルのことは念のために秘密にしておいた。
「着きました。ここがギルド会館です」
「すごいな。城みたいだ……」
俺は呆然と建物を見上げた。
ギルド会館は想像以上に豪奢で、さっき言ったようにほとんど城である。
「──で、アリスはなんで隠れてるんだ?」
なぜか物陰に引っこんでしまったアリスに訝る俺。
「あの、私とリリスちゃんは、あまり評判がよくないんです」
アリスは申し訳なさそうに言った。
「私と一緒にいるところを見られると、審査のときにハルトさんに心象が悪くなるんじゃないかと不安になりまして……」
「それって父親絡みのことか?」
あまり詮索するべきではないと思いつつも、聞いてしまった。
「……ええ。私たちの父であるラフィール伯爵はアドニス王国の軍事顧問をしています。実質的には宮廷の武官たちを掌握するほどの力を持っていて……平和だったアドニスが軍国主義に傾いたのは父のせいだ、と評判が悪くて」
俺は政治的なことには詳しくないし、地元には王都の話なんてあんまり流れてこない。
ラフィール伯爵って名前も、実を言うと全然知らなかったくらいだ。
だから政情に関してどうこう言うことはしない。
ただ、これだけは自信を持って言える。
「心象とか気にするなよ。少なくとも俺は──アリスもリリスも立派な冒険者だって思ってる」
「いわく、国を戦争に導く極悪人の娘。いわく、貴族の権威を利用して冒険者の入会審査を不正合格した。いわく、大した実績もないのにランクを不正に上げている──」
アリスは自嘲気味に笑った。
「リリスちゃんみたいにそういう悪評に正面から立ち向かえたらいいんですけど、私は言い返すこともできません……本当に悪評だらけで嫌われています」
「アリス……」
「一緒にいて、ハルトさんにご迷惑をおかけしたくないです」
「迷惑じゃないし、アリスもリリスもそんな悪評を受けるような人間じゃない」
俺は思わず強い口調になっていた。
「町を守るために、竜に立ち向かってくれただろ。そもそも不正をするような人間が、わざわざそんな危険な真似をするわけがない。悪評なんてしょせん実態を知らない奴が、適当に流してるだけだ」
つい言葉に熱が籠もる。
「俺はアリスたちの戦う姿勢を見て、そういう冒険者に自分もなりたい、って思ったよ」
「も、もう、あんまり褒めないでください……泣きそうになってしまいます」
言いながら、アリスの目はすでに真っ赤だった。
「慰めていただいて、ありがとうございます」
「慰めじゃないって。今のは俺の本音だ」
「ハルトさん……」
アリスの目の端からツーッと涙がひと筋流れ落ちた。
「ご、ごめんなさい。褒められるのは、慣れていないので……」
「けっこう泣き虫なんだな」
微笑む俺。
「あーもうっ、リリスちゃんもよくそう言って私をからかうんですよ~」
アリスは拗ねたように頬を膨らませた。
ぽかぽかと俺の胸に軽くパンチする。
「嬉しいです。そんなふうに認めてくれたのは、サロメさんくらいでしたから」
「自信持っていいんじゃないか。命懸けで格上の強敵に挑むなんて、そうそうできることじゃないだろ」
「ハルトさんにそう言われると、本当に自信が湧いてくるようです……胸が温かくなって、気持ちが癒されて……」
ふうっと甘い息が吹きかかるのを感じた。
ふと見ると、アリスの顔が間近にある。
「あ……」
距離が近いことに気づいたのか、アリスが顔を赤くする。
俺のほうも頬が熱くなるのを自覚していた。
どきん、と胸が疼く──。
「あれ、二人ともこんなところにいたの?」
そこへリリスがやって来た。
慌てて体を離す俺たち。
「あたしのほうは用事が終わったから宿に戻るところだったんだけど──」
「一緒に行けなくてごめんなさい、リリスちゃん」
アリスが謝る。
「いいよ、そんな。一人で行くって言ったのはあたしだし。事務的な報告をしてきただけだから」
微笑むリリス。
「お父様は……」
「……あの人が、あたしたちのことを気に掛けるわけないじゃない」
暗い顔をするリリスに、そうですね、とため息交じりにうなずくアリス。
やっぱり複雑な家庭の事情っぽい何かがありそうだ。
もちろん詮索なんてしない。
「それより、二人とも何かあった?」
「えっ」
「距離が近い。特にさっきは見つめあったりしてたでしょ」
リリスは俺とアリスをジーッと見ていた。
「あわわわわわ……」
慌てた様子で俺からさらに距離を取るアリス。
またテンパりモードに逆戻りしたんだろうか。
「もしかして姉さん、ハルトのことを……?」
「な、なんでもないですってば……はわわわわわわ」
リリスとアリスは意味ありげに視線を交わしつつ、沈黙した。
空気が微妙にピリピリしているっていうか、妙な雰囲気だった。
──そして二日後。
俺はいよいよギルドの入会審査に挑むことになった。
見てろ、絶対に合格して冒険者になる。
リリスやアリスと同じ世界に行くんだ。
「さっきはすごかったですね、ハルトさん」
「ん?」
「ほら、馬車に撥ねられそうになっていた子どもを助けたじゃないですか」
アリスのつぶらな瞳が俺を見つめる。
リリスと同じ、吸いこまれそうなほど深い青色の瞳。
「私も防御系や補助系をメインに扱う魔法使いなので、ハルトさんのすごさを実感します。竜の攻撃すら完封する防御魔法を連発するなんて、私にはとても……」
「アリスだって竜の攻撃を防いでただろ?」
「あれはほとんど全魔力を使って、やっと一撃防げるかどうかというところですし」
と、アリス。
「実戦では何発、何十発と攻撃が飛んでくるので、とても竜に立ち向かうなんてできません……」
「なるほど……」
「私もいつかハルトさんみたいな強力な防御魔法を軽々と操れるようになりたいです」
アリスがキラキラした目で俺を見つめた。
「すごいです。本当に。憧れます、とても……」
「アリス……」
ストレートな褒め言葉に照れてしまう。
「あ、いえ、その憧れっていうのは、だから、えっと魔法使いとしてっていう意味で……」
突然、彼女の頬が赤らんだ。
「や、やだな、いえ、その竜や魔族に立ち向かったハルトさんを見て、素敵だなと思いましたけど、今のは本当に、ただ魔法使いとしての発言っていうか……あわわわ」
なぜか一人でテンパり始めるアリス。
会話の途中でいきなりテンパりだすのはリリスとそっくりだった。
やっぱり姉妹なんだなぁ、とほんわかする。
「あ、もしかしてあの建物かな。ギルド会館って──」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」
──って、まだテンパってた!?
「あなたを見ているとどきがむねむね……いえ、むねがどきどき……いえいえ、これは魔法使いとして敬意を払っているというか、つまりその、こ、ここここ恋とかではなく……」
「お、落ち着け、アリス。深呼吸だ」
「すーはーすーはーすーはー」
俺の言葉に素直に従い、深呼吸を始めるアリス。
「えっと、スキルの発動にもだいぶ慣れてきたよ」
このままだと永遠に『あわわわわ……』を繰り返しそうな雰囲気だったので、俺は話題を変えてみた。
「実戦を二つ経験したからかな」
学校が終わってから能力テストを兼ねて練習もしてたけど、やっぱり実戦に勝る訓練なしって感じがする。
「すーはーすーはーすー…スキル?」
ようやくテンパり状態が解除されたのか、アリスが深呼吸をやめてキョトンと首をかしげた。
「ハルトさんが使っているのは防御魔法ではないのですか?」
「あ、えーっと……」
どこまで話せばいいんだろう。
別に秘密にしておかなくてもいいのかな。
「実は俺の力は魔法じゃなくて、女神さまから──」
──どくんっ!
ふいに、胸の芯にすさまじい痛みが走った。
「ぐ……あ……ぁ……っ」
「ハルトさん……!?」
どくん、どくん、どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくんっ!
心臓が異常な速さで鼓動を打っている。
胸の中が破れそうな錯覚。
「はあ、はあ、はあ……」
数分ほどして、ようやくその痛みは収まった。
「大丈夫ですか……?」
「あ、ああ、平気だ」
心配そうなアリスに俺は微笑した。
なんだったんだ、今のは……?
考えたところで、まさか──と直感的に思い当たる。
スキルのことを他人に話そうとしたから、激痛が走ったんじゃないだろうか。
女神さまからスキルをもらった、って言おうとしたとたんに痛くなったからな。
とりあえず、スキルのことは念のために秘密にしておいた。
「着きました。ここがギルド会館です」
「すごいな。城みたいだ……」
俺は呆然と建物を見上げた。
ギルド会館は想像以上に豪奢で、さっき言ったようにほとんど城である。
「──で、アリスはなんで隠れてるんだ?」
なぜか物陰に引っこんでしまったアリスに訝る俺。
「あの、私とリリスちゃんは、あまり評判がよくないんです」
アリスは申し訳なさそうに言った。
「私と一緒にいるところを見られると、審査のときにハルトさんに心象が悪くなるんじゃないかと不安になりまして……」
「それって父親絡みのことか?」
あまり詮索するべきではないと思いつつも、聞いてしまった。
「……ええ。私たちの父であるラフィール伯爵はアドニス王国の軍事顧問をしています。実質的には宮廷の武官たちを掌握するほどの力を持っていて……平和だったアドニスが軍国主義に傾いたのは父のせいだ、と評判が悪くて」
俺は政治的なことには詳しくないし、地元には王都の話なんてあんまり流れてこない。
ラフィール伯爵って名前も、実を言うと全然知らなかったくらいだ。
だから政情に関してどうこう言うことはしない。
ただ、これだけは自信を持って言える。
「心象とか気にするなよ。少なくとも俺は──アリスもリリスも立派な冒険者だって思ってる」
「いわく、国を戦争に導く極悪人の娘。いわく、貴族の権威を利用して冒険者の入会審査を不正合格した。いわく、大した実績もないのにランクを不正に上げている──」
アリスは自嘲気味に笑った。
「リリスちゃんみたいにそういう悪評に正面から立ち向かえたらいいんですけど、私は言い返すこともできません……本当に悪評だらけで嫌われています」
「アリス……」
「一緒にいて、ハルトさんにご迷惑をおかけしたくないです」
「迷惑じゃないし、アリスもリリスもそんな悪評を受けるような人間じゃない」
俺は思わず強い口調になっていた。
「町を守るために、竜に立ち向かってくれただろ。そもそも不正をするような人間が、わざわざそんな危険な真似をするわけがない。悪評なんてしょせん実態を知らない奴が、適当に流してるだけだ」
つい言葉に熱が籠もる。
「俺はアリスたちの戦う姿勢を見て、そういう冒険者に自分もなりたい、って思ったよ」
「も、もう、あんまり褒めないでください……泣きそうになってしまいます」
言いながら、アリスの目はすでに真っ赤だった。
「慰めていただいて、ありがとうございます」
「慰めじゃないって。今のは俺の本音だ」
「ハルトさん……」
アリスの目の端からツーッと涙がひと筋流れ落ちた。
「ご、ごめんなさい。褒められるのは、慣れていないので……」
「けっこう泣き虫なんだな」
微笑む俺。
「あーもうっ、リリスちゃんもよくそう言って私をからかうんですよ~」
アリスは拗ねたように頬を膨らませた。
ぽかぽかと俺の胸に軽くパンチする。
「嬉しいです。そんなふうに認めてくれたのは、サロメさんくらいでしたから」
「自信持っていいんじゃないか。命懸けで格上の強敵に挑むなんて、そうそうできることじゃないだろ」
「ハルトさんにそう言われると、本当に自信が湧いてくるようです……胸が温かくなって、気持ちが癒されて……」
ふうっと甘い息が吹きかかるのを感じた。
ふと見ると、アリスの顔が間近にある。
「あ……」
距離が近いことに気づいたのか、アリスが顔を赤くする。
俺のほうも頬が熱くなるのを自覚していた。
どきん、と胸が疼く──。
「あれ、二人ともこんなところにいたの?」
そこへリリスがやって来た。
慌てて体を離す俺たち。
「あたしのほうは用事が終わったから宿に戻るところだったんだけど──」
「一緒に行けなくてごめんなさい、リリスちゃん」
アリスが謝る。
「いいよ、そんな。一人で行くって言ったのはあたしだし。事務的な報告をしてきただけだから」
微笑むリリス。
「お父様は……」
「……あの人が、あたしたちのことを気に掛けるわけないじゃない」
暗い顔をするリリスに、そうですね、とため息交じりにうなずくアリス。
やっぱり複雑な家庭の事情っぽい何かがありそうだ。
もちろん詮索なんてしない。
「それより、二人とも何かあった?」
「えっ」
「距離が近い。特にさっきは見つめあったりしてたでしょ」
リリスは俺とアリスをジーッと見ていた。
「あわわわわわ……」
慌てた様子で俺からさらに距離を取るアリス。
またテンパりモードに逆戻りしたんだろうか。
「もしかして姉さん、ハルトのことを……?」
「な、なんでもないですってば……はわわわわわわ」
リリスとアリスは意味ありげに視線を交わしつつ、沈黙した。
空気が微妙にピリピリしているっていうか、妙な雰囲気だった。
──そして二日後。
俺はいよいよギルドの入会審査に挑むことになった。
見てろ、絶対に合格して冒険者になる。
リリスやアリスと同じ世界に行くんだ。