5 「ただ殺すのが」

文字数 3,252文字

 俺の防御壁に弾かれた赤い光球は、小さな花火のようにパッと散り、消滅した。

「殺せない……だと……!?

 グレゴリオが驚いたように俺を見る。

「お前が『殺す』スキルなら、俺は『守る』スキル──お前の力は通用しない」

「なるほど、スキルの効力が届いてないってことかよ。ちっ」

 俺の言葉に、舌打ちするグレゴリオ。

「光球が相手に当たらなきゃ殺せない、か」

「……今、本気で殺そうとしたよな」

 俺は目の前の男を──いや、殺人鬼をにらんだ。

「冗談でやると思ったか?」

 グレゴリオは悪びれた様子も見せずに、へらへらと笑っている。
 人を殺すことをなんとも思っていないような、ゲスな笑みだった。

「俺様が狙いをつけて殺せなかったのは、テメェが初めてだ。殺戮の紅蓮神(メルギアス)にこのスキルをもらってからは、な」

 チロリ、と舌を出して自分の唇を舐めるグレゴリオ。
 その口の端から、ツーッとヨダレが垂れ落ちた。

「なんで、こんなこと……さっきの冒険者たちだって、殺す必要はなかったはずだ」

「必要? なんだよ、それ」

 グレゴリオが肩をすくめる。

「俺様はただ殺すのが好きなだけだ。たまらなく好きなだけだ。どうしようもなく好きなだけだ。好きで好きで好きで好きなだけだ」

 こいつ──。

 目を血走らせて笑うグレゴリオに、俺は戦慄した。

「それに、あいつらは偉そうに言いがかりをつけてたじゃねーか。別に殺してもかまわねーだろ?」

「そんな理由で、人を……」

「けど、あんな奴らは前菜だ。メインディッシュはテメェだよ、ハルト。同種なんて最高の獲物じゃねーか」

 また舌なめずりするグレゴリオ。

 こいつ、おかしい。
 おかしすぎる。

 殺すことを、本気で楽しんでいるのか。

「せいぜい楽しませろよ! 殺意装填(リロード)──」

 ふたたびグレゴリオの右の瞳に赤い紋様が浮かんだ。

具象決殺(バレット)

「防げ」

 ふたたび放たれた赤い光球を、俺は防壁を展開して弾き返す。
 弾き飛ばされた光球は一秒も経たずに、さっきと同じく消滅した。

「なるほど、やっぱり絶対防御のスキルってわけだ。俺様のスキルも通さないみてーだな」

 グレゴリオが俺を見据える。
 右の瞳からは、すでに赤い紋様が消えていた。

 ──ってことは、あれはスキルを使うときだけ浮かび上がるのか。

 しかも冒険者を殺したときも、今も、複数の光球を撃ってくることはしなかった。
 もしかしたら一発ずつしか撃てないのかもしれない。

 頭の片隅で、自分でも驚くほど冷静に、相手の能力を分析する。

「目で見た相手に対して、まっすぐ赤い光の玉を飛ばす──俺様のスキルは、攻撃が単調になっちまうのが欠点だな。テメェみたいに絶対防御を持っている相手には分が悪いか」

 グレゴリオはゆっくりと後ずさった。

「だけど、俺様にはこういうスキルもあるんだぜぇ」

 こいつ、何か隠し玉があるのか──。

 反射的に身構える俺。

 俺の防御スキルにいくつかのバリエーションがあるように。
 グレゴリオのそれにも違うパターンの攻撃が存在してもおかしくない。

 にらみ合う俺たちの間で、見えない火花が散る。

 来る──。
 ごくり、と息を飲む。

 何か撃ってきたときのために、防御スキルは張りっぱなしだ。
 効果時間の一分が切れたら、すぐに張り直さなければいけない。
 と──、

「せっかくの極上の獲物だ。あっというまに仕留めたらもったいねーしな」

 笑いながら、いきなり背を向けて走り出すグレゴリオ。

「なっ……!?

 てっきり次の攻撃を仕掛けてくると思いこんでいた俺は、一瞬反応が遅れた。

「ま、待てっ」

 遠ざかる後ろ姿を慌てて追いかける。

 すぐ先には大通りがあった。
 しかも、さっきの騒ぎのせいか、いつもより人の数が多い。

 あっという間にグレゴリオはその雑踏に紛れこんでしまう。

 しまった──。

 俺は人ごみをかき分けるようにして進むが、グレゴリオを見つけることはできなかった。

「忘れるな。俺様はいつでもテメェを狙ってるぜ……くくく」

 雑踏の中から、勝ち誇ったようなグレゴリオの声が聞こえてくる。

 俺をどこからか狙い続ける気か……!

 正面からの勝負なら俺に分があるけど、あの能力で暗殺に徹してこられると話はまったく変わってくる。

 永遠に防御スキルを張り続けることなんてできない。
 スキルを使っていないときに、あの光球に当たったら──それで終わり。

 俺は、死ぬ。
 確実に殺される。

「ハルト、こんなところにいたの」

「探しましたよ、ハルトさん~」

「何かあったのですか?」

 リリス、アリス、メリエルの三人が俺の元へ走ってきた。

「ごめん、ちょっと、その……」

 口ごもる俺。
 神のスキルが絡んでいることだから説明しづらい。

「えっと、向こうはどうだった?」

 ごまかすために、ギルドの状況をたずねる。

「原因不明の心停止よ。四人ともね」

 リリスが痛ましそうに語った。
 やっぱり、あの冒険者たちは全員がこと切れていたらしい。

「犯人は不明ということです」

 と、アリス。

 ……いや、犯人は分かってるんだ。

 雑踏の中に消えたグレゴリオをどうするか、だ。

 あいつは理由もなく、ただ楽しみのために人を殺す。
 それも神のスキルを使って。
 簡単に、何人も。

 絶対に止めなきゃいけない。
 でも、どうすればいい──。

 最初に考えたのは、当然ギルドや自警団に伝えることだ。

 だけど、グレゴリオの殺人光球は剣でも魔法でも止められなかった。
 今のところ、防げるのは俺のスキルだけだろう。

 人に話したところで、よけいな犠牲者が増えるだけ、という可能性もある。
 あいつは俺を獲物にする、と言っていたけれど、他者を狙わない保証なんてない。

 まして殺人を楽しんでいるグレゴリオのことだ。
 下手に追いつめて、虐殺でも引き起こしてしまったら──。

 考えた末、俺は一つの結論に達した。

 ……よし、この手でいこう。

「俺、今日はちょっと用事があるから。もう行くよ」

「ハルト……?」

「リリスたちも早く帰って休んでくれ。今日は出歩かないほうがいい」

「どういう意味……?」

「いや、その、女の子が夜道を歩くのは危険だから」

 なんてことしか言えない。

「……ハルト、あたしたちに何か隠してない?」

 リリスが俺をじっと見つめた。

 どうする? あいつのことを言うべきか?

 だけど、下手に話して巻きこむのはまずい。
 そもそも説明しようにも、神のスキルのことを話すこと自体ができない。

 でも、逆に何も知らない状態であいつに狙われたら──。

 いや、あいつはまず俺を狙ってくるだろう。

 話しても、話さなくても、危険がなくなるわけじゃないけれど。
 俺は──彼女たちを巻きこまないで済む可能性を選ぶことにした。

「何も隠してないよ、リリス」

 俺はにっこりと笑う。

 正直、嘘をつくのはあんまり得意じゃない。
 平然と振る舞おうと思ったのに、つい顔がこわばってしまったかもしれない。

「……分かった。あなたがそう言うなら、信じる」

 リリスは真剣な顔でうなずいた。

 俺の言葉が嘘だと気づいていないのか。
 気づいたうえで、それでも信じてくれているのか。

「だけど、もしもあたしたちの力が必要なら言ってね。大した力にはなれないかもしれないけど、でもあたしは──」

「ありがとう、リリス」

 俺は感謝の言葉で、彼女の言葉をさえぎった。

 攻撃能力のない俺に、どこまでできるか分からない。
 だけど、あいつは必ず俺が止める──。
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