6 「足りない」

文字数 3,146文字

 サロメは他の冒険者や王国の騎士、魔法使いとともに、峡谷の尾根伝いに進んでいた。

 眼下にはゆっくりと進む魔将の姿がある。
 もう少し進めば、待ち受けるルカたちと会敵するだろう。

 サロメたちはそれに合わせて、敵の後方から挟撃する作戦だ。

 魔法使いの一人には、マジックミサイルを一発持たせてあった。
 もう一発はルカの部隊にあり、おそらくダルトンが使うことになるだろう。

 ギルドの王都支部にたった二発だけ残っていた貴重品である。
 タイミングを計り、確実に命中させる必要があった。

 さらに行軍は続き、

「? あれは──」

 サロメが何の気なしに振り返ると、峡谷に近づく馬車が見えた。

 周囲一帯には、すでに避難勧告が出されているはずだ。
 わざわざ戦場に近づく物好きがいるとも思えないが──。

 怪訝に思ったそのとき、眼下でまぶしい黄金の光があふれた。
 同時に衝撃波が吹き荒れ、サロメたちの足場も激しく揺れる。

 見下ろせば、黒騎士とルカたちが対峙していた。
 どうやら魔将が放った斬撃衝撃波を、ドクラティオが防御呪文でしのいだようだ。

「始まったね……」

 サロメはごくりと息を飲む。

 脳裏に浮かぶのは、魔将によって壊滅させられたアギーレシティの光景だった。

 彼女に優しく接してくれた食堂の女主人の顔。
 ギルドで親しくしていた仲間たちの顔。
 それらすべてが一瞬で失われ、地獄絵図と化した町。

 多くの命を奪った魔族を、彼女は決して許さない。

 ──かつて暗殺者として多くの命を奪った自分に、憤る資格があるのか分からない。
 ただ、『あの事件』以来、自分は変わった。
 命の尊さを、知った。

 たとえ自分が罪人であろうと、今は多くの命を守りたいという意志がある。

「見ていて……あいつは、ボクが殺す」

 今度こそ、あの『切り札』を使って──。

 サロメの瞳に暗い殺意が宿った。

    ※

 双竜咢(グリードバイト)の最終形『氷皇輪舞(アイシクルロンド)』。

 亜光速の動きにより十六もの分身を作り出すこの技を、ルカは絶対の自信を持って繰り出した。

 彼女と分身、合わせて十七の同時斬撃を防ぐ術はない。
 圧倒的な速度から繰り出される剣は、いかなるものも斬り伏せる。

(これで──終わり)

 ルカは文字通り魔将の全身を切り刻んだ。

 魔族特有の青い色をした鮮血が派手に飛び散る。
 致命傷を与えたという手ごたえがあった。



「……足りない」



 声が、した。

「えっ……!?

 次の瞬間、繰り出された横殴りの斬撃を、ルカは二刀でかろうじて受けた。

 とっさに剣を出さなければ、胴から二つに分かたれていただろう。
 それでも衝撃を殺しきれずに、少女騎士は大きく吹き飛ばされる。

 岩壁に叩きつけられ、そのまま倒れ伏すルカ。

「そんな──」

 二本の剣を支えに、弱々しく立ち上がる。

「惜しかったな、人間よ……」

 ガイラスヴリムは全身に斬撃を受けてなお、立っていた。
 甲冑はあちこちが砕け、青い血が噴き出している。

「確かに、かなりのダメージを負った……! 認めよう、貴様の力を……大した強者だ……だが、致命傷とはいかぬ……」

 さすがにその声からは覇気が減じていた。
 とはいえ、言葉通り致命的な傷は受けていないようだ。

(どうして……!?

 ルカは、愕然と魔将を見つめる。

「貴様の剣には……重さが足りん。並みの魔族や魔獣が相手ならともかく、魔将相手には……な。どうやら、その剣から引き出しているのは罪帝覇竜(グリード)の力だけのようだ」

(重さが……足りない……?)

 ルカは心の中でうめいた。

 確かに彼女の剣は戦神竜覇剣(フォルスグリード)の特性や因子の種類から、『速さ』を身上としている。

 だが亜光速で叩きつける剣は、竜の鱗すらバターのように切り裂くだけの威力を誇っているのだ。
 それをして『重さが足りない』とは。

 魔将の耐久力はあまりにも化け物じみていた、

「もしも……貴様が戦神(ヴィム・フォルス)の力をも引き出せていたら……もっと面白い戦いになったものを……貴様の資質なら、あるいは人の身で魔将と渡り合うこともできたかもしれん……つくづく、惜しい……」

 ガイラスヴリムが無造作に剣を振るう。
 巻き起こった突風でふたたび吹き飛ばされるルカ。

「きゃあっ……」

 吹き飛ばされ、岸壁に叩きつけられる。
 そのままバウンドして、地面に倒れ伏した。

「が、は……ぁぁ……」

 肺の中の空気を絞り出すような、うめき声がもれる。
 同時に、四肢にすさまじい痛みが駆け抜ける。

「うう、ぅ……時間制限(タイムリミット)が、もう」

 白兵の因子は身体能力を圧倒的に強化できる反面、使った後の反動もまたすさまじい。
 長い時間使えるわけではないのだ。

 ガイラスヴリムとの激しい戦闘や絶技の最終形まで使ったことで、あっという間に限界に達してしまったらしい。

「どうやら、ここまでのようだな……因子の力で増大していた身体能力も、限界を迎えたか」

 ガイラスヴリムは赤い巨剣を肩に担ぎ、ゆっくりと近づいてきた。

「ルカ! くそっ、全員援護射撃だ!」

 背後でダルトンが叫んだ。
 だが恐慌寸前の騎士たちは、呆然と立ち尽くしたまま。

紅蓮球(ファイアボム)!」

「……無駄だ」

 ダルトンが一人で火炎呪文を連発するが、魔将は虫でも払うようにあっさりと跳ね除けしてしまう。
 足止めすら、できない。

 ダルトンにはマジックミサイルを一発持たせているが、あれは起動するのに時間がかかる。
 それを待ってくれるほど、魔将は甘い相手ではないだろう。

 最初の一斉爆撃の際に、温存せずにマジックミサイルを撃ちこむべきだったのかもしれない。

 ことごとく見込みが甘かった。
 ドクラティオの防御をやすやすと撃ち破られたことも。
 ルカの絶技が通じなかったことも。

(魔将が……これほどの、強さだなんて……)

「終わりだ……人間にしては、なかなかだったぞ……」

 とうとうルカの前まで歩み寄ったガイラスヴリムは、ゆっくりと剣を振り上げた。

 ルカは動けない。
 剣を支えになんとか立ち上がろうとするが、もはや四肢に力が入らなかった。

「ルカ・アバスタ、といったか……貴様の名は、俺の心に刻んでおこう……人間にも強者がいた、と……」

 静かに告げた魔将が、赤い巨剣を振り下ろす。
「さらばだ、強き騎士……」

(ここまで……みたいね)

 心の中に静かな諦念が広がっていく。
 敗北の無念さと、これほどの強敵が相手なら負けても納得できるという満足感に似た気持ちが混じり合っていた。

 次の瞬間には、自分の体は両断されているだろう。

 反射的に目を閉じてしまう。



 ──予想した衝撃や痛みは、やって来なかった。



「えっ……!?

 驚きに目を開く。

 最初に視界に飛びこんできたのは、まばゆい極彩色の光。
 そして翼を広げた天使に似た紋様。

 覚えがある。

 彼女の全力の剣を受け切り、凌いでみせたあの光。
 彼女が心から強者と認めた、あの少年の──。

「大丈夫か、ルカ!」

 彼女をかばうように立ちはだかったハルトが、魔将の剣を受け止めていた。



   ※ ※ ※

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