7 「必ず」
文字数 3,287文字
レヴィン・エクトールには貴族の血が流れている。
父親の名はミレット公爵。
アドニス王国でもラフィール伯爵に並ぶ有力貴族である。
母親は館に務めていた侍女で、公爵から一夜の慰みに抱かれた際、レヴィンを宿した。
そして──母は館から追放される。
当時、公爵にはすでに三人の息子がいた。
このうえ新たな子は必要なく、将来のお家騒動の火種になりそうな者は早めに排除しておきたいということだろう。
レヴィン母子には父から援助という名の口止め料が払われたが、その額は多くなく、生活は貧しかった。
初等部に上がるころには、自分の出自に薄々気づいていた彼は、やがて強烈な上昇思考を身に付けていく。
なぜ貴族の子である自分が、こんな境遇に甘んじなければいけないのか。
自分はもっと上の場所へ行くべき人間だ。
もっと高いステータスを持つべき人間だ。
「いずれ、必ず──」
レヴィンは苦学しながら、なんとか高等部まで進んだ。
秀麗な容姿と優れた頭脳で、周囲からは一目置かれる存在だった。
やがて高等部の二年になり、早くも王都にある国内最高峰の大学部への推薦が決まる。
飛び級での大抜擢である。
これから彼の人生は上に向かっていく──はずだった。
ある日の帰り道、レヴィンは突然、数人の男たちに路地裏まで連れこまれた。
──そして、あっけなく殺された。
後から調べたところ、どうやら公爵家のお家騒動に巻きこまれたらしいと知った。
自分たちは館から追放され、貧しい生活を送ってきたのに。
結局は『念のために』『いちおう始末しておこう』くらいの感覚で、公爵家の手の者がレヴィンを手にかけたのだ。
「なぜ……?」
殺される間際、レヴィンはうめいた。
理不尽な怒りで全身の血が沸騰するようだった。
自分の人生はこれだからというのに。
何かのついでのような理由で、あまりにもあっけなく。
何も為せず、何者にもなれず。
ただゴミのように排除されて死ぬ──。
嫌だ。
認めない。
こんな人生は、違う。
僕はレヴィン・エクトールだ。
自分を捨てた父を──ミレット公爵をも凌ぐような、いや一つの国の頂点に立つような、そんな人物になりたい。
なってみせる。
僕だけの場所を得る。
誰も自分を傷つけず、愛し、敬う、そんな場所を。
そう、僕だけの王国を手に入れる──。
その渇望を神が聞き届けたのか。
気が付けば、レヴィンは真っ白な空間にいた。
そこで出会った。
至高神と名乗る存在、ガレーザに。
そして『他者を支配する』という神の力を与えられたのだ。
復活したレヴィンは、性急に行動を起こすことはしなかった。
まず自身のスキルを徹底的に調べた。
何ができるのか、何ができないのか。
スキルの発動条件や効果範囲、持続時間。
周囲の人間たちを支配しながら、それらを一つ一つ確かめていった。
基本的に『支配』のスキルは相手を見つめることで発動する。
おおむね一秒ほど連続して相手と目を合わせることで、完全に効果が発揮される。
逆に一瞬目を合わせただけでは、相手を支配することはできなかった。
また、相手が眼鏡をかけていても、レヴィンのスキルはそれを透過して発動する。
対抗策として考えられるのは、『目を合わせないこと』くらいだろう。
もっとも、それは彼の能力の正体や発動条件を知っている者でなければ思いつかない方法だ。
また、支配できる人数の上限は千人程度である。
新たに誰かを支配しようとすれば、すでに支配下にある人間の誰かをいったん解放するしかない。
つまり、王国を作るといっても、世界中のすべての人間を支配することなどできない。
要となる千人を選び、彼らを手駒として支配圏を拡大していく──。
これが現実的な戦略となる。
王国各地の領主やあるいは王都の重臣たちを次々と支配下に置きながら、レヴィンが実質的に牛耳る地域は加速度的に増えていく。
──そんなふうに配下と影響力を増しながら、やがてレヴィンは彼女に出会った。
今では一番の側近として寵愛する女騎士ミランダ・エニアスに。
アドニス王国の重要軍事拠点の一つ──アーレンシティを支配下に置く際、そこに駐留する騎士団の一員であるミランダに出会った。
凛々しい美貌はもちろん、騎士団トップクラスの剣の腕や冷静な判断力、客観的な分析力、自分の分をわきまえた態度などを気に入り、レヴィンは彼女を側近とした。
彼にとって、ミランダは護衛役であり、相談役であり、そして夜になれば伽を務める愛人の一人でもある。
「僕には多くの配下が必要だ。特にお前には期待しているぞ、ミランダ」
「はっ、今後とも命のかぎり尽くします」
初めて彼女を抱いた夜、情事を終えた後にそんな会話をしたことがあった。
月明かりに照らされたミランダの裸身は艶めかしくも美しく、今でも鮮烈に覚えている。
「私のすべてはレヴィン様のために。あなた様の王国が実現する日まで、なんなりとお命じください──」
「お前のように忠実で有能な配下は日を追うごとに増えている。そう遠くない未来に、僕の王国は実現するだろう」
言って、レヴィンはミランダに微笑む。
「そのときには側室の一人にでもしてやろうか?」
「っ……! こ、光栄です」
女騎士が頬を赤らめる。
はにかんだその顔は、普段の凛とした姿とは違い、まるで思春期の乙女のようだ。
「……ふん」
だが、レヴィンは小さく鼻を鳴らしただけだった。
そんな態度は支配のスキルによる影響だと分かっていた。
たとえ彼に忠誠を誓っていても、しょせんは植えつけ、ねじ曲げた意識である。
ミランダ・エニアスという本来の人格は、レヴィンを決して受け入れないだろう。
だが、それでいい。
支配しているかぎり、その対象は決して彼を裏切らない。
決して彼を傷つけない。
だから──、
「もう一度楽しませてもらうか。来い、ミランダ」
レヴィンは束の間芽生えかけた感傷を振り払い、女騎士の裸身を抱き寄せる。
唇を吸い、体を重ね、燃えるような情欲に酔いしれた──。
レヴィンは意識を現在に戻した。
王国実現のためには、感傷に浸っている時間などない。
ジャックと出会ってから彼の能力は増大し、今では支配できる人数の上限は五千人程度まで上がった。
とはいえ、これでもまだ足りない。
(もっと……もっとだ)
レヴィンの野望は──スキルが強くなるにつれて、さらに燃え上がっていた。
外から爆発音のようなものが響いたのは、そのときだった。
「なんだ……?」
「様子を見てまいります」
ジリアンが場を離れ、すぐに戻ってくる。
「レヴィン様、ミランダが──」
その顔は紅潮し、息が弾んでいた。
「帰ってきたか」
「そ、それが、あの……」
かなり混乱しているようだ。
これがミランダであれば、もう少し冷静な態度で報告してくれるものを……。
などと考えつつ、レヴィンは泰然とした態度を崩さない。
「どうした? 報告は簡潔かつ具体的に、と言ってあるだろう」
「も、申し訳ありません……」
びくっと体を震わせるジリアン。
しもべにとって、王たるレヴィンの言葉は絶対である。、
「黒い獣のような姿の騎士とともに、本拠に侵入してきたということです。すでに第一次防衛網は突破されて──」
「黒い獣の姿……まさか」
レヴィンは眉を寄せた。
以前、王都に現れたという魔将級の魔族と冒険者たちとの戦い──。
その防衛戦線に『彼』も加わったという報告を受けている。
そして、戦いの際には黒い獣の姿をした騎士に変身した、と。
「ジャック・ジャーセか──!?」
父親の名はミレット公爵。
アドニス王国でもラフィール伯爵に並ぶ有力貴族である。
母親は館に務めていた侍女で、公爵から一夜の慰みに抱かれた際、レヴィンを宿した。
そして──母は館から追放される。
当時、公爵にはすでに三人の息子がいた。
このうえ新たな子は必要なく、将来のお家騒動の火種になりそうな者は早めに排除しておきたいということだろう。
レヴィン母子には父から援助という名の口止め料が払われたが、その額は多くなく、生活は貧しかった。
初等部に上がるころには、自分の出自に薄々気づいていた彼は、やがて強烈な上昇思考を身に付けていく。
なぜ貴族の子である自分が、こんな境遇に甘んじなければいけないのか。
自分はもっと上の場所へ行くべき人間だ。
もっと高いステータスを持つべき人間だ。
「いずれ、必ず──」
レヴィンは苦学しながら、なんとか高等部まで進んだ。
秀麗な容姿と優れた頭脳で、周囲からは一目置かれる存在だった。
やがて高等部の二年になり、早くも王都にある国内最高峰の大学部への推薦が決まる。
飛び級での大抜擢である。
これから彼の人生は上に向かっていく──はずだった。
ある日の帰り道、レヴィンは突然、数人の男たちに路地裏まで連れこまれた。
──そして、あっけなく殺された。
後から調べたところ、どうやら公爵家のお家騒動に巻きこまれたらしいと知った。
自分たちは館から追放され、貧しい生活を送ってきたのに。
結局は『念のために』『いちおう始末しておこう』くらいの感覚で、公爵家の手の者がレヴィンを手にかけたのだ。
「なぜ……?」
殺される間際、レヴィンはうめいた。
理不尽な怒りで全身の血が沸騰するようだった。
自分の人生はこれだからというのに。
何かのついでのような理由で、あまりにもあっけなく。
何も為せず、何者にもなれず。
ただゴミのように排除されて死ぬ──。
嫌だ。
認めない。
こんな人生は、違う。
僕はレヴィン・エクトールだ。
自分を捨てた父を──ミレット公爵をも凌ぐような、いや一つの国の頂点に立つような、そんな人物になりたい。
なってみせる。
僕だけの場所を得る。
誰も自分を傷つけず、愛し、敬う、そんな場所を。
そう、僕だけの王国を手に入れる──。
その渇望を神が聞き届けたのか。
気が付けば、レヴィンは真っ白な空間にいた。
そこで出会った。
至高神と名乗る存在、ガレーザに。
そして『他者を支配する』という神の力を与えられたのだ。
復活したレヴィンは、性急に行動を起こすことはしなかった。
まず自身のスキルを徹底的に調べた。
何ができるのか、何ができないのか。
スキルの発動条件や効果範囲、持続時間。
周囲の人間たちを支配しながら、それらを一つ一つ確かめていった。
基本的に『支配』のスキルは相手を見つめることで発動する。
おおむね一秒ほど連続して相手と目を合わせることで、完全に効果が発揮される。
逆に一瞬目を合わせただけでは、相手を支配することはできなかった。
また、相手が眼鏡をかけていても、レヴィンのスキルはそれを透過して発動する。
対抗策として考えられるのは、『目を合わせないこと』くらいだろう。
もっとも、それは彼の能力の正体や発動条件を知っている者でなければ思いつかない方法だ。
また、支配できる人数の上限は千人程度である。
新たに誰かを支配しようとすれば、すでに支配下にある人間の誰かをいったん解放するしかない。
つまり、王国を作るといっても、世界中のすべての人間を支配することなどできない。
要となる千人を選び、彼らを手駒として支配圏を拡大していく──。
これが現実的な戦略となる。
王国各地の領主やあるいは王都の重臣たちを次々と支配下に置きながら、レヴィンが実質的に牛耳る地域は加速度的に増えていく。
──そんなふうに配下と影響力を増しながら、やがてレヴィンは彼女に出会った。
今では一番の側近として寵愛する女騎士ミランダ・エニアスに。
アドニス王国の重要軍事拠点の一つ──アーレンシティを支配下に置く際、そこに駐留する騎士団の一員であるミランダに出会った。
凛々しい美貌はもちろん、騎士団トップクラスの剣の腕や冷静な判断力、客観的な分析力、自分の分をわきまえた態度などを気に入り、レヴィンは彼女を側近とした。
彼にとって、ミランダは護衛役であり、相談役であり、そして夜になれば伽を務める愛人の一人でもある。
「僕には多くの配下が必要だ。特にお前には期待しているぞ、ミランダ」
「はっ、今後とも命のかぎり尽くします」
初めて彼女を抱いた夜、情事を終えた後にそんな会話をしたことがあった。
月明かりに照らされたミランダの裸身は艶めかしくも美しく、今でも鮮烈に覚えている。
「私のすべてはレヴィン様のために。あなた様の王国が実現する日まで、なんなりとお命じください──」
「お前のように忠実で有能な配下は日を追うごとに増えている。そう遠くない未来に、僕の王国は実現するだろう」
言って、レヴィンはミランダに微笑む。
「そのときには側室の一人にでもしてやろうか?」
「っ……! こ、光栄です」
女騎士が頬を赤らめる。
はにかんだその顔は、普段の凛とした姿とは違い、まるで思春期の乙女のようだ。
「……ふん」
だが、レヴィンは小さく鼻を鳴らしただけだった。
そんな態度は支配のスキルによる影響だと分かっていた。
たとえ彼に忠誠を誓っていても、しょせんは植えつけ、ねじ曲げた意識である。
ミランダ・エニアスという本来の人格は、レヴィンを決して受け入れないだろう。
だが、それでいい。
支配しているかぎり、その対象は決して彼を裏切らない。
決して彼を傷つけない。
だから──、
「もう一度楽しませてもらうか。来い、ミランダ」
レヴィンは束の間芽生えかけた感傷を振り払い、女騎士の裸身を抱き寄せる。
唇を吸い、体を重ね、燃えるような情欲に酔いしれた──。
レヴィンは意識を現在に戻した。
王国実現のためには、感傷に浸っている時間などない。
ジャックと出会ってから彼の能力は増大し、今では支配できる人数の上限は五千人程度まで上がった。
とはいえ、これでもまだ足りない。
(もっと……もっとだ)
レヴィンの野望は──スキルが強くなるにつれて、さらに燃え上がっていた。
外から爆発音のようなものが響いたのは、そのときだった。
「なんだ……?」
「様子を見てまいります」
ジリアンが場を離れ、すぐに戻ってくる。
「レヴィン様、ミランダが──」
その顔は紅潮し、息が弾んでいた。
「帰ってきたか」
「そ、それが、あの……」
かなり混乱しているようだ。
これがミランダであれば、もう少し冷静な態度で報告してくれるものを……。
などと考えつつ、レヴィンは泰然とした態度を崩さない。
「どうした? 報告は簡潔かつ具体的に、と言ってあるだろう」
「も、申し訳ありません……」
びくっと体を震わせるジリアン。
しもべにとって、王たるレヴィンの言葉は絶対である。、
「黒い獣のような姿の騎士とともに、本拠に侵入してきたということです。すでに第一次防衛網は突破されて──」
「黒い獣の姿……まさか」
レヴィンは眉を寄せた。
以前、王都に現れたという魔将級の魔族と冒険者たちとの戦い──。
その防衛戦線に『彼』も加わったという報告を受けている。
そして、戦いの際には黒い獣の姿をした騎士に変身した、と。
「ジャック・ジャーセか──!?」