4 「行け、魔将たち」

文字数 3,262文字

 すべてが黒一色で構成された闇の城──魔王城。

 その最奥の玉座に、魔王が座している。

 メリエルは主の前にかしこまっていた。

 腰まで伸ばした白銀の髪に紅玉を思わせる瞳。
 身にまとうのはゴシックロリータの衣装。

 可憐な少女の外見をした魔将である。

「ディアルヴァも討たれたか」

 魔王が苦々しい声でうなった。

「しょせん、奴は呪術に頼るしか能がありませぬ。前線に出た時点で命運は尽きたようなものでしょうな」

 答えたのは、メリエルの隣でかしこまっている魔将だ。

 茶褐色の岩石を思わせる外殻で覆われた人型のシルエット。
 本来は身長二十メティルを優に超える巨躯を、今は自身の魔力で二メティル程度にまで縮めている。

 六魔将で最大の体格を持つ『鉄槌巨人』ビクティムだった。

「儂ならもっと慎重に行動するものを。功を焦ったのが、奴の失策」

 威圧的な外観とは裏腹に、その声には深い知性と理性が感じられた。

「失策でしょうか? あの時点では呪術を破られる寸前でしたし、ディアルヴァの判断が間違っていたとは思いませんわ」

 メリエルが反論した。

「誤算だったのは、神の力を持つ者があれだけの連携を見せたことでしょう」

 先日、魔王から見せられた戦いの映像を思い出す。

 二人のスキル保持者(ホルダー)は互いの力がより強く発揮できるよう、息の合った動きをしていた。

 基本的に己の利のみを考える魔族とは根本的に異なる力。
 心を通わせ、心を繋ぎ、互いを理解し、生み出す力──。

「……人間どもを称えるような言葉だな」

「まさか。彼らは取るに足りない存在。ただ侮るべきではない、と申し上げたいだけですわ」

 訝しげなビクティムに告げつつ、

「心を持つ者だけが為せる戦い……ですか」

 小さな声でつぶやくメリエル。
 と、

「なーに、ぶつぶつ言ってやがるんですか。耳障りなんですけどぉ」

 子どものような声が背後からやって来た。

 メリエルの隣に並び、跪くこともせずにニヤニヤと魔王を見つめる。

 肩まで伸ばした黒髪。
 身にまとう黒い衣。

 一見、少女を思わせる可憐な美貌を持つ、黒ずくめの美少年だった。

「うっとうしいから殺しちゃいましょうか、メリエルさん? ねえ、僕の鎌に斬られてみますぅ? 一瞬で死ねますよ、ふひひひ」

「遠慮しますわ、ザレア」

 メリエルは少年を冷ややかに見据えた。

『死神』ザレア。
 死を司る魔法と暗殺術を極めた六魔将である。

「そう言わずにさぁ──最近、殺しの任務がなくて物足りないんですよね」

 言いながら、メリエルの喉元に刃が突きつけられる。
 虚空から出現した、鎌の刃が。

「刃を引いていただけますか?」

 メリエルは動じない。

「でなければ、わたくしも容赦するわけにはいかなくなりますので」

 その背後に無数の杖が浮かんだ。
 少年の鎌と同じく、虚空から出現させたものだ。

「へえ、『死神』と『千の魔導』──殺し合いをしたらどっちが生き残るんですかねぇ。楽しそうじゃないですか」

 ザレアの瞳に喜悦の光が宿る。

「やめよ」

 魔王が静かに制した。

「──失礼いたしました、魔王様」

 杖を元の亜空間に収納するメリエル。

「ちぇー、ちょっとくらいストレス発散させてくれてもいいじゃないですかー」

 一方のザレアは不満げに口を尖らせつつも、鎌を引く。

「ハルト・リーヴァはガイラスヴリムの攻撃力でも、ディアルヴァの呪術でも殺せなかった。絶対防御の力は侮れん」

 魔王が告げた。

「だが、隙もある」

「隙……ですか?」

 たずねるメリエル。

「あくまでも発動することで効果を発揮する、ということだ。ゆえに奴の認識範囲外からの攻撃には対応できん」

「暗殺ってことですかぁ? ふひひひひ」

 ザレアの美貌にドス黒い殺意のこもった笑みが浮かんだ。

「僕に任せていただければ、どんな奴でも殺しますよぉ。成功したら、僕を六魔将の筆頭に取り立ててくださいよ、魔王様?」

「魔王様の前で無礼であろう」

 ビクティムがたしなめた。

「えー、だって出世したいですし、機会は最大限にいかさないと。野心が抑えられないってやつですぅ」

 けらけらと笑うザレア。

「功を焦る必要はない。汝らにはそれぞれ役目を与えるつもりだ」

 魔王が重々しく告げた。

「だが奴を守る人間どもは中々に厄介だ。ハルト自身に攻撃能力はないが、奴が味方を防御し、一種の無敵状態にすることで──味方の攻撃能力を最大限に活かしている。現にディアルヴァはそれで敗れた」

「なるほど、スキル保持者(ホルダー)同士の連携を、魔王様は警戒なさっているのですな」

 と、ビクティム。

 先ほどメリエルが似たようなことを言ったときとは、明らかに態度が違う。
 魔王に忠実な彼らしい、とメリエルは内心でつぶやいた。

「あるいは殺戮の力を持つ保持者(ホルダー)あたりが彼と組めば、魔族の脅威となっていたかもしれません。幸いにも同士討ちしてくれたようですが」

「うむ。つくづく愚かなものだ、人間とは」

 ビクティムの言葉にうなずく魔王。

「だが、保持者(ホルダー)はまだ残っている。いずれも魔族にとって厄介な存在だ。来たるべき神と魔の大戦に備え──早々にハルト・リーヴァを葬ることにした」

「へえ、殺しちゃう? 殺しちゃうんですか? ふひひひひひひ、いいですねー。僕に命令してくださいよ、魔王様。手柄立てちゃいますよぉ」

 ザレアがはしゃぐ。

「逸るな、ザレア」

 魔王は静かな声で少年を制し、告げた。

「まず奴をおびき寄せる」

「おびきよせる……?」

「魔将が人間どもを虐殺すれば──それだけの殺意を放てば、またたく間に消滅の危機を迎えるであろう。ガイラスヴリムのようにな。それを軽減するための『場』と『機会』を作る」

「場と、機会──」

 魔王の言葉を繰り返すメリエル。

「場は我自らが作るとしよう。機会は──汝が作れ、メリエル」

「わたくしが……ですか?」

 メリエルは思わず息を飲んだ。
 胸の鼓動が速まるのを感じる。

「汝はハルト・リーヴァやその周辺の人間とある程度親しい関係を築いていたな。ならば、奴らをおびき寄せることも可能であろう」

「彼らを騙して、ということでしょうか」

「メリエル、まさか異議があるとでも?」

 ビクティムが不審げにうなった。

 岩石でできた仮面のような顔──その中央にある赤い単眼が、メリエルを見据える。

「……!」

 表情がわずかにこわばるのを抑えきれなかった。

 聡明なこの魔将は、メリエルの心のうちを見抜いただろうか。
 そして魔王は──。

「まさか、ですわ」

 声が震えないように必死で取り繕った。

 元来、自分を偽ることが苦手な性質である。

 だが、もしもこの策に異議や不服があるとみなされたら──。
 魔王に、その場で始末されてもおかしくはない。

「魔王様の策のお役に立てるなら、これ以上の光栄はありません。『千の魔導』メリエルの名に懸けて、必ずや成し遂げてみせますわ」

 メリエルは恭しく頭を下げた。
 こちらの返答は紛うことなき事実だ。

「ハルト・リーヴァと他の者たちを利用し、必ずや──」

 言いながら、胸の奥に暗い澱みを感じた。

「詮議は以上だ」

 魔王が話を打ち切った。

「行け、魔将たち。手はず通りに、神の力を持つ者を葬ってこい」

「はっ」

 三人の魔将の声が唱和する。

(ハルト・リーヴァをおびき出すには、彼女たちを使うのが上策……ですが、それは)

 思案しながら、メリエルは唇を噛みしめた。

 魔王の策のために、行うこと。
 それは取りも直さず、アリスやリリスとの決別を意味していた。
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