8 「神のスキルは共鳴している」

文字数 3,361文字

 王都の外れにある尖塔──。

「あの女、絶対許さねぇ」

 その最上階でグレゴリオは憤っていた。

「俺様とあいつのゲームだってのに、割りこみやがって」

 ハルトの目の前で殺してやるからな──。
 煮えたぎる怒りは、そのまま殺意へと転化する。

「猛っているな、人間よ」

 ふいに、声が聞こえた。

「なんだ、ここは……?」

 気が付くと、グレゴリオは白い空間に浮かんでいた。

 覚えがある。
 そう、以前に『死んだ』とき──神と対面した空間にそっくりだった。

 目の前に立っているのは、炎をまとった細身の男だ。
 殺戮を司る神──メルギアス。

「俺様が標的にした相手は、どんな奴だろうとぶっ殺してきた。どんなに強い冒険者だろうが、魔族や魔獣だろうが。いや、たとえ魔王だって俺なら殺せる──」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる。

「なのに、あいつだけは殺せなかった……気分悪ぃぜ!」

「貴様と同じく、相手もまた神の力を持っているからな。一筋縄ではいかん」

 メルギアスの全身を覆う炎が、ゆらめいた。

「そしてスキルといえど万能ではない。できることとできないことが定められている。貴様の力が『対象に触れ』なければ効果を発揮しないように──奴のスキルにもまた制限があるはずだ。いいかえれば、弱点がな」

「弱点……か」

「そこを突けば、勝てる」

「へっ、やっと出てきたかと思えば、やけに親切じゃねーか」

「そしてもう一つ」

 鼻を鳴らしたグレゴリオに、メルギアスはにこりともせず告げる。

「神のスキルは共鳴している。そして互いにその力を上げていく……感じぬか? 貴様の中で神の力が増大しているのを」

「力が上がっている……だと?」

 つぶやいたとたん、体中が燃えるように熱くなった。

 性的な快感にも似た、高ぶり。
 全身から炎が噴き上がるような感覚。

 今まで限界だと感じていたものが、限界ではなくなるような高揚感。

「──なるほど」

 グレゴリオはにやりと笑った。

「それを好きなように使え。本能のままに、衝動のままに、欲望のままに。意志のままに」

「好きなように、か」

 グレゴリオはほくそ笑んだ。

「なら俺様は、殺すために使う。殺すための殺しのための殺しのための殺しのための──くははははははは!」

 哄笑しながら、いつの間にかグレゴリオは元の場所に戻っていた。
 一瞬の白昼夢のような今の光景は、夢か、幻か。

 あるいは意識の中で、実際にメルギアスと出会っていたのか。

「グレゴリオ──」

 扉が開き、二つの人影が現れた。

 ハルトと、黄金の髪をツインテールにした美少女だ。

「ほう、よく俺様の居場所が分かったな」

「お前を捕まえる」

「はっ、やってみろ!」

 グレゴリオは嘲笑した。

 仮に捕まったところで、彼はいくらでも脱出の方法がある。

 牢に捕らわれれば、牢を『殺す』。
 門番がいるなら門番を『殺す』。
 追ってくる者も、すべて『殺す』

 もっとも、むざむざと捕らわれるつもりはない。

 先ほどの借りを返すために、目の前の二人を確実に殺してやる──!

     ※

 グレゴリオに付着した探知魔印(マーカー)をリリスに探知してもらい、俺たちは王都の外れにある尖塔までやって来た。

 一番安全なのは、奴に気づかれずにリリスが攻撃魔法で狙撃することだ。
 だけど奴は屋上にいるらしく、そこまでの道は階段のみ。

 リリスに風の魔法で飛ばしてもらうことも考えたけど、その際の衝撃音で気づかれるだろうし、隠れて狙撃するというのは難しい。

 なら、正面から対決するしかない──。

 俺とリリスは階段を上がり、屋上の扉を開けた。
 グレゴリオと対峙する。



 ──どくんっ。



 ふいに、胸の鼓動が高まった。
 奴と向き合っているだけで、心臓が痛いくらいだ。

 ──なんだ、この感じは。

 自分の中の何かが高ぶっているような、感覚。
 闘志とか怒りとか、あるいは緊張とか不安とか──そういった感情の高まりとは違う。

 もっと俺の根源的な何かが爆発しそうな、奇妙な感覚だった。

雷襲弾(サンダーバレット)!」

 訝る俺の考えを打ち破るように、リリスが呪文を唱える。

「無駄だぜぇ」

 放たれた雷の攻撃魔法は、グレゴリオの青い光球によってあっさりと消し飛ばされる。

『魔法を殺す』スキルか。
 だけど、それくらいは想定済みだ。

「あいつのスキル──いや、魔法には弾数限界がありそうだ。魔力が尽きるまで撃ち続けてくれ」

「了解よ──紅蓮球(ファイアボム)!」

 リリスが火炎魔法を放つ。

「ちっ」

 舌打ち混じりに、グレゴリオがまたもや青い光球でそれを消し飛ばした。
 だけど、その表情はさっきまでよりも険しい。

「あと四発だな、グレゴリオ」

 言いながらも、警戒は怠らない。
 本当に奴が一度に撃てる数が六発とは限らないからだ。

「はっ、勝ち誇りやがって」

 その周囲に浮かび上がった赤い光球は全部で七つ。

「……一度に撃てる数が六発っていうのは、やっぱり嘘だったのか」

「いや、嘘じゃねーよ」

 笑うグレゴリオ。

「ただし、さっきまでは──な」

「何?」

「メルギアスの野郎が面白いことを言ってたぜ。俺様たちは互いに共鳴し、その力を強めていくんだとよ」

「共鳴……?」

「さっき、コツをつかんだんだ。そら、もう一つ──具象破弾(マグナム)!」

 勝ち誇るように告げたグレゴリオの瞳に──緑の紋様が浮かんだ。

 新たに現れた緑の光球が、俺に向かって放たれる。

「違うタイプのスキル──!?

 グレゴリオが今まで撃ってきたのは『人を殺す』赤い光球、『魔法を殺す』青い光球、そして『気体を殺す』橙色の光球だった。

 この緑の光球は一体何を『殺す』力を持っているのか──。

 とにかく、俺にできるのは防ぐことだけだ。

 迫る光球を迎え撃つべく、護りの障壁(アーマーフェイズ)を張った。
 極彩色の輝きが緑の光球を弾き返す。

 ──かと思いきや、光球はコースを変えて俺たちの足元に炸裂した。

「えっ……!?

「緑の光球は固体を『殺す』」

 グレゴリオが言い放つ。

 次の瞬間、俺の足元の床だけが粉々に砕け散った。
 そのまま階下まで落下する。

 防御スキルを展開しているからダメージはないけど、階上にはリリスだけが取り残されてしまった。

「そこで見てろ。まずテメェの仲間から先に殺す!」

「くっ……!」

 慌てて階段を上ろうとするが、

「させねーよ!」

 グレゴリオが新たに放った光球が、その階段も崩す。
 これじゃ、リリスのところまで上れない──。

「さあ、二人っきりだ。殺してやるぜ、女ァ!」

 グレゴリオが赤い光球を生み出し、リリスに向かって放つ。

雷襲弾(サンダーバレット)!」

 彼女は雷撃魔法で撃ち落とそうとするが、赤い光球は魔法を寄せつけずに突き進んでいく。

「リリス──!」

 俺は叫んだ。

 駄目だ、間に合わない。
 彼女の元まで行く道は断たれた。

 赤い光球が彼女の間近に迫る。

「くっ……!」

 転がるようにして、それを避けるリリス。

「無駄だ!」

 グレゴリオが叫んだ。

 赤い光球は空中で軌道を変え、ふたたび彼女に向かっていく。

 奴の意志によって、光球の動きをコントロールできるのか!
 体勢が崩れたリリスは、今度こそ避けられない。

 駄目だ、殺される──。

 絶望とともに俺はその光景を見つめることしかできなかった。

 刹那、胸の中に二つの感情が広がる。

 グレゴリオに対する、許せないという怒りと。
 リリスに対する、守りたいという想いと。



 ──どくんっ!



 心臓の鼓動が、破れそうなほど早まる。

 さっきと同じ感覚だった。

 いや、さっきよりももっと高まっている。
 昂ぶって、いる。

 まだだ。
 やらせない。

 リリスは──俺が護る!
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