7 「こいつを食い止める」

文字数 4,417文字

 ──王都を出た俺たちは、魔導馬車で一路、クアドラ峡谷へ進んでいた。

 そこでルカたちが魔将ガイラスヴリムを迎撃する予定だ。
 魔族の進行速度から考えると、戦いの始まりにギリギリ間に合うかどうか、ってところである。

「魔の者のほとんどは数日で元の世界──魔界に帰ってしまうの。理由は分からないけど、人間の世界での彼らの活動限界がそれくらいだっていう説が有力ね」

 馬車の中で、リリスが俺に説明する。

 ちなみにこの馬車は冒険者ギルドのもので、魔の者を討伐する際の移動手段としてギルド内に常備されているそうだ。

「じゃあ、今回の奴も放っておけば、そのうちいなくなるのか」

「今までの例だとその可能性が高いです~」

 俺の問いにアリスがうなずいた。

「ただし、必ず帰るとは限らないの。それに……どちらにしても数日はこの世界にいるはずだから、その間にどれだけの被害が出るか……」

 沈痛な顔で告げるリリス。

「じゃあ作戦は迎撃と殲滅──一択ってことだな」

「ええ、これが通じればいいんだけど……」

 リリスの手には銀色に輝く三つの魔道具がある。

 矢じりに似た形状のこれは、マジックミサイルと呼ばれるものだ。
 魔法の威力を増幅するアイテムで、以前にリリスはこれを使って竜を倒している。

 それが、全部で三発。

「マジックミサイルって、ものすごく貴重品なんだっけ……」

「以前に竜退治に使ったのは、お父様があたしたちに一発だけ持たせてくれたものよ。冒険者になったときにお祝いとしてもらったの」

 と、リリス。

「そのときは期待していたみたいだけど……結局、あたしたちはランクB止まり。すぐに失望して、あたしたちへの興味をなくしてしまったみたい」

 暗い顔でため息をつく。

「そっか……」

「迎撃部隊も何発か持っていると思うから、ありったけ撃ちこめば、高位魔族が相手でも十分戦えると思うの」

 リリスはすぐに明るい笑顔に戻り、言った。

「みんなでがんばりましょう~! あ、見えてきました」

 アリスが前方を指差した。

 クアドラ峡谷──。
 切り立った崖に左右を挟まれた峡谷だ。

 魔導馬車はかなりの速度で近づき、やがて遠目に騎士団の姿が見えてきた。

 あそこが、戦場か。

 目を凝らしたとき、金色の光が弾けた。
 続けて、突風が押し寄せる。

 もしかして──もう戦いは始まっているのか?

「御者さん、もっと急いで」

 リリスの指示に、魔導馬車が加速する。

 なおも前方では魔力の光が弾けたり、衝撃波の余波らしき風が吹き荒れたり──本格的な戦闘に突入しているようだった。

 俺たちも早く合流しなきゃ──。

 魔導馬車がさらに近づき、戦場がはっきりと見えてきた。

「ルカ……!?

 控える騎士たちの向こうに、青髪の少女騎士の姿がある。
 黒騎士の姿をした魔族と戦っていた。

 優勢なのは──魔族のほうだ。

 吹き飛ばされたルカが岩盤に叩きつけられる。
 倒れたまま起き上がれない彼女の元に、魔族が歩み寄る。

 このままじゃ殺される!

「ルカ!」

 俺は思わず叫んだ。

 くそ、距離が遠すぎる──。

 歯噛みした俺の脳裏に、ある考えが閃いた。

「リリス、俺をあそこまで飛ばせないか?」

「飛ばす?」

 訝るリリス。

「風の魔法で、俺の体ごと吹っ飛ばすんだ。俺はスキルで──じゃなかった、防御呪文で自分の身を守るから」

「あなた自身を矢のように飛ばす──ってことね。確かにあなたの防御魔法があれば、傷一つ負わずに移動できるかも……」

 リリスが納得したようにうなずいた。

「風系統はそんなに得意じゃないけど、やってみるっ」

 視線を戻すと、ルカは地面に倒れたまま起き上がれないみたいだ。
 黒騎士が巨大な赤い剣を振り上げている。

 まずい、もう時間がない──。

「ハルト、準備して」

 焦る俺に、リリスが叫んだ。
 手際よく呪文を唱え終わったみたいだ。

 俺は急いで馬車の荷台まで移動し、護りの障壁(アーマーフェイズ)を展開した。
 同時に、リリスが呪文の力を解放する。

風王撃(エルガスト)!」



 ──そして、風に乗った俺は馬車から飛び出し、一直線に前線へと到達。

 ルカに振り下ろされようとしていた魔族の剣を、身にまとったままの護りの障壁(アーマーフェイズ)で止めたのだった。

 あらためて周囲の状況を確認する。

 少し離れた場所に両断された死体がある──冒険者の誰かだろうか。
 すぐ後ろにはルカがいて、さらに向こうにはダルトンさんと騎士団が控えていた。

「大丈夫か、ルカ!」

 声をかける俺。

 その間も極彩色の光を全身にまとったまま、ガイラスヴリムの巨大な剣を両手で受け止め続けている。

「ハルト……!」

 驚いたような声には、力がない。
 骨でも折れているのか、内臓にダメージがあるのか、かなり弱っているみたいだ。

「もうすぐアリスが来る。下がって、治癒魔法を受けてくれ」

「……あなたは、どうするの」

「決まってるだろ」

 俺はにやりと笑って、眼前の黒騎士を見据える。

「こいつを食い止める。リリスとアリスがマジックミサイルを持ってきてるから、合流したら攻撃は任せるぞ」

「……ありがとう、すぐに戻るわ。それまで持ちこたえて」

 ルカが立ち上がった。

「あなたの力を、信じる」

 足音が遠ざかっていく。
 俺は黒騎士を油断なく見据えたままだ。

護りの女神の紋章(イルファリア・クレスト)──なるほど、貴様がそうか」

 魔族の声に力がこもった。
 剣を引き、俺から数歩距離を取る。

「俺は魔王陛下の腹心──六魔将が一人、ガイラスヴリム……魔王陛下より命を受け、この場に参上した者である……!」

 いきなりの口上だった。

「陛下は仰せだ……神の思惑がなんであれ叩き潰せ、と……ゆえに俺は貴様を……肉も、骨も、一片すら残さず、破壊する……打ち砕く……」

 赤い眼光に強烈な殺意が灯る。

 さすがに魔王の腹心を名乗るだけあって、とんでもない迫力だ。

 どうやらルカとの戦いでダメージを負っているみたいだけど、それでもなお──以前に戦った竜やDイーターとは比べ物にならないほどの威圧感を覚えた。

「まずは六割で行く……」

 魔将は赤い巨剣を両手で掲げた。
 その全身から立ち上った黒いオーラが、鉄板みたいな刀身を包みこむ。

「受けてみせろ──!」

 咆哮とともに、ガイラスヴリムは剣を振り下ろした。

 吹きつける嵐のような衝撃波。
 叩きつけられる真紅の刃。

 そのいずれもが、俺が展開した護りの障壁(アーマーフェイズ)の前に弾き返される。

 こいつは町をいくつも滅ぼすほどの攻撃力を持っているって話だから、攻撃を弾くときは背後に余波がいかないように気を付けた。

 魔将はなおも二撃、三撃と叩きこむ。

 俺はまったくの無傷だった。
 展開した光の防御は小揺るぎもしない。

「硬いな──ならば、これで……っ」

 ガイラスヴリムが斬撃の速度を一気に上げた。

 一撃必殺の剣から、連撃へと切り替えたか。
 赤い巨剣がすさまじい速度で、あらゆる方向から撃ちこまれる。

 だけど、何発受けようと、何十発受けようと、何百発受けようと──。
 俺の防御は崩せない。

 町を壊せる攻撃も、俺の防御は壊せない。

「こいつ……」

 ガイラスヴリムの声にわずかな動揺がにじんだ。

 と、俺の体を包む光が明滅を始める。
 そろそろ持続時間切れか。

「むっ、そろそろ限界ということか……? ならば砕け散れ、人間よ……!」

 勝機を悟ったのか、魔将は今まで以上に巨剣を大きく振りかぶった。



 ──形態変化(アルター)

 ──反響万華鏡(カレイドスコープシフト)



 俺はすかさず防御スキルの種類を切り替えた。

 心の中でキーワードを唱えたのは、イメージしやすくするためである。

 俺の眼前に浮かぶ天使の紋様は、翼の数が二枚から六枚へと増えた。

 同時に、相手の攻撃を『受け止める』タイプから、受けた攻撃を万単位に分散して反射するタイプへとスキルが変化する。
 以前、ルカと戦ったときにも使ったスキルだ。

 ただし、あのときは全方位に反射したのを、今回は少しアレンジしてある。

「いっけぇぇぇぇっ!」

 全方位ではなく前方に向かって、分散した反射斬撃を放つ。

 無数の赤い閃光が弾けた。

「なんだと……!?

 自ら放った斬撃がカウンターで雨のように降り注ぎ、ガイラスヴリムは数メティルほど吹き飛ばされた。

 その間に、俺は効果時間が切れた護りの障壁(アーマーフェイズ)をもう一度発動する。

 ふたたび極彩色の輝きが俺の全身を覆った。
 スキル切れのタイムラグさえ狙われなければ、ガイラスヴリムが俺にダメージを与えることはできない。

「戦える──」

 俺は確かな手ごたえを感じた。

 相手が魔将を名乗る高位魔族でも、俺のスキルは通用する。
 このままガイラスヴリムを食い止め続けて、後は回復したルカやマジックミサイルを持ったリリスたち攻撃陣(アタッカー)を待てば──。

 奴に、勝てる。

「……確かに護りの力だ。絶対的な硬度といっていい……」

 ガイラスヴリムがうなった。

「それでも俺は、俺の剣を信じるのみ。次は──八割で行く」

 告げて、ふたたび巨剣を掲げる魔将。

 さっきの『六割』って台詞から予想はついたけど、やっぱりまだ威力が上がるのか。

 だけど、受け切ってみせる。
 どれだけ強大な攻撃だろうと、俺のスキルはあらゆるダメージを通さない。

「がああああああっ!」

 獣のような咆哮とともに、赤い剣を黒いオーラが包みこんだ。

 武骨な鉄板を思わせる刀身が、燃える炎を思わせるそれへとデザインが変わる。
 いや、あるいはこれこそが本来の姿なのか。

 自らの力と剣を一体化させたそれは、まさしく魔剣──。

「護りの神の力と、この俺の破壊力──いずれが勝るか、勝負といこうか……!」

 ガイラスヴリムの声に喜びの色がにじんだ。

 戦いに生き、戦いに死ぬ。
 そんな武人としての喜び、なのか?

「さあ、受けろ……!」

 雄たけびとともに魔将が赤剣を振りかぶり──。

 次の瞬間、苦鳴を上げたのはガイラスヴリムの方だった。


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