9 「僕らだけの王国を」

文字数 2,520文字

「僕はレヴィン・エクトール。至高神ガレーザより『支配』のスキルを授かりし者──」

 美貌の少年は芝居がかった動作で両手を広げ、告げた。

「支配の……スキル?」

「その名の通り、他者を自分のコントロール下に置くことができる能力さ。ここにいる兵士たちも全員、僕の支配下にある。まだまだこのスキルは訓練中だから、彼らの練度も高くはないけど、ね」

 レヴィンが周囲を見渡すと、兵士たちはいっせいに跪いて頭を下げた。
 まるで彼こそが自分たちの主君であるかのように。

「本来、神のスキルのことを口外することはタブーとされている。ただ、彼らは僕の能力によって意識そのものをコントロールしている。後で記憶自体を消去すれば、話を聞かれても問題はない」

「タブー? 何の話だ?」

「ああ、それも知らなかったんだね。僕らの力──神のスキルのことを他人に口外すれば、自分自身にダメージが跳ね返ってくるんだよ。その辺りのことは一通り調べてある」

 少年が語ったのは、初めて知る話だった。
 ジャックは奇異の目で見られるのが嫌で、このスキルのことを他人に話したことはなかったのだ。

「僕も、自分以外のスキル持ちに出会うのは初めてだ。ただ、この能力──『支配』のスキルをもらったときに聞いたんだ。スキルを持った者は全部で七人いる、とね」

「七人……」

「君もその一人だろう? 僕と『同種』──選ばれた人間だ」

 言って、レヴィンは手を差しのべた。

「僕の仲間にならないか。君を同志として迎えたい」

「仲間……?」

 ジャックは胡乱げな視線を少年に向けた。

 自分はまだ名前すら明かしていない。
 そんな人間に仲間だの同志だのと……胡散臭いとしか言いようがない。

「僕は自分の国を手に入れるつもりだ。君にはその手伝いをお願いしたい」

(おいおい、自分の国って)

 まさに子どもの戯言だ。

 ──目の前の少年が、神のスキルの持ち主でなければ。

「僕らの王国──望みがなんでも叶う理想郷さ」

 レヴィンはぱちんと指を鳴らした。

 背後から数人の少女が現れる。
 いずれも学生服姿であるところを見ると、彼と同じ学校に通っているのだろうか。

 そろいもそろって、目を見張る美少女ぞろいだった。

「ああ、レヴィン様ぁ……」

 彼女たちはレヴィンに対して悩ましげな嘆声をもらした。
 十代の少女とは思えぬほど蠱惑的な仕草で、左右から、背後から彼に抱きつく。

「よしよし。夜になったら全員可愛がってやるからな」

 まとわりつく美少女たちとキスを交わし、胸元や腰に妖しく手を這わせつつ、レヴィンはジャックを見据えた。

「女も、金も、武力も、権力も──僕の支配スキルを使えば思いのままだ。君が望むだけのものを、対価として差しだそう」

「……そんなことをしなくても、俺を直接支配すればすむことじゃないのか?」

 ジャックはじりじりと後ずさった。

 全身の毛穴が開き、緊張の汗がにじむ。

 半ば本能的に悟っていた。
 少年の言うことは真実だ、と。

 彼は自分と同じく神のスキルを持つ者なのだ。
 その力は絶対的にして、圧倒的。

 もし彼に支配されてしまったら──。

 そうなる前に強化した脚力で、全速力で逃げるべきか。

「相手を支配している間は、柔軟な思考や強固な意志といったものが失われてしまうんだ。神の力を持つ君が、ただの操り人形になってしまうのは惜しい。そもそも同志たる君に、そんな真似をするわけがないだろう」

 レヴィンは心外だと言わんばかりの口調だった。

(同志……ねぇ)

「僕らはきっと友だちになれるよ」

 美少年の爽やかな微笑みに対し、ジャックの感想はこうだった。

(──うさんくさい奴だ)

 表面上は仲良くしながら、陰で彼の悪口を言うような連中──そう、以前勤めていた商社の上司や同僚たちと同じ目をしているのだ。レヴィンは。

「いくらスキルがあるからって、個人が国に対抗できるとは思えないな」

「いや、神のスキルは国という力にすら対峙できるものだと、僕は信じる」

 ジャックの言葉にも、レヴィンの返答は揺らがない。

「それに僕らの力は強まりつつある。感じないか? 数週間前からスキルの効果が徐々に増大しているのを。限界領域が明らかに上がっているんだ」

「そうなのか? 俺はそもそも自分のスキルを全開にすること自体が少ないから、ちょっとわからないな。基本的に仕事に使ってるだけだし」

「……欲がないんだね、君」

 レヴィンが苦笑した。

「スキルがあれば、もっと大きなことを成し遂げられるだろうに」

「うーん……俺は平穏に暮らせれば、とりあえずそれでいいからな」

 ジャックは苦笑した。

「悪いけど、仕事中なんだ。いつまでも油を売っているわけにもいかない。俺はそろそろお暇させてもらう」

「では、僕の言ったこと……考えておいてくれないか」

 レヴィンが微笑んだ。

「僕らで手を組み──さらに他の神のスキル持ちも仲間に加えて、僕らだけの王国を作るんだ」

「今のところ、興味はないな」

 ジャックは肩をすくめ、背を向けた。

「まあ、興味があろうとなかろうと……いずれ僕らはまた会うことになるよ」

 背後からレヴィンの楽しげな声がした。

「僕にスキルを授けた神──ガレーザは言っていた。神の力を持つ者同士は引かれあう、と。僕ら以外のスキル持ちも、すでにどこかで出会っているかもしれないね。それが友好的な関係になるのか、敵対的な関係になるのかは分からないけれど」

「正直、どっちもごめんだな」

 ジャックは振り返らずに本音を告げた。

 結局、最後まで自分の名を彼に明かさなかったのも、関わりたくなかったからだ。

(そうだ、俺は平穏に暮らすことができればそれでいい)

 自身に言い聞かせる一方で、嫌な予感は消えなかった。

 スキルを手に入れて以来、順風満帆で平穏だったジャックの生活が──。
 今日を境に変わり、崩れ去っていくのではないかという予感が。
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