1 「作戦終了だな」
文字数 2,624文字
倒れ伏したディアルヴァを、俺は静かに見下ろしていた。
吹きすさぶ風が、ぼろきれのようなローブの裾をはためかしている。
その体は、もはや動くことはなかった。
ジャックさんの拳や蹴りを、おそらくは数千発も食らったのだ。
いくら魔将でも耐えきれなかったのだろう。
空間操作や毒魔法、それに結界呪術まで操る厄介な敵ではあったけど、どうにか仕留めることができた──。
その安堵感に脱力する。
『俺は……捨て駒でよい……後のことは、陛下と残りの魔将たちが、きっと……』
ふいに──脳裏に、以前戦ったガイラスヴリムの言葉が甦った。
その言葉通り、新たな魔将が王都に現れ、襲ってきた。
「もしかしたら、またこんな奴が……」
俺はため息交じりにつぶやく。
現れるんだろうか。
魔王の腹心にして最強の魔族──六魔将。
単純計算で残りは四人、ってことになるけど……。
もしも、こいつらが神のスキルを持つ者を狙っているのだとしたら、魔将を引き寄せたのは俺なのかもしれない。
「どうかしたのか、ハルト?」
ジャックさんが俺に向き直る。
青黒い甲冑のような外殻が、狼を連想させる顔が、ゆっくりと人のそれへと戻っていく。
声から想像した通り、四十代くらいの中年男だった。
これが──ジャックさんの素顔か。
あれほど猛々しい戦いをした人とは思えないほど、穏やかな雰囲気だ。
「……いえ、なんでもありません」
魔将たちの狙いがなんなのかを今考えても仕方がない。
また現れるのかどうか、なんて考えても分かるわけもない。
まずやらなきゃいけないことから片付けなきゃ、な。
──暗澹たる気持ちになりつつも、俺はジャックさんとともに最後の柱を壊してきた。
といっても、俺は万が一に備えてついていっただけで、壊したのはジャックさんなんだけど。
さすがに『強化』の力はすさまじく、拳一発で巨大な柱が粉々である。
同時に毒霧の噴出が止まり、王都を包む結界も消滅した。
俺たちが柱を壊して戻ってくると、C班の冒険者たちが駆け寄ってきた。
「やったな、あんたら!」
「俺たちは手が出せなかったけど、すごかったぞ!」
すでにジャックさんと面識があるのか、特に若い二人組の冒険者は大はしゃぎしている。
「よかったら、あんたも冒険者にならないか? あんたくらいの腕ならすぐにランクAに──もしかしたらランクSにだってなれるかもしれない」
ジャックさんをスカウトしている人もいる。
「いや、悪いけど俺は今の仕事が性に合ってるから……」
困ったような、照れたような顔で、やんわりと断るジャックさん。
さっき柱を壊してくる途中で聞いたんだけど、この人、普段は運送会社に勤務しているって言ってたな。
『強化』の力を使って、普通の人間の何十倍も荷物を運べるんだとか。
確かに、冒険者よりそっちのほうが天職かもしれない。
と、
「ハルト、おつかれさま」
リリスたちA班も駆け寄ってくる。
「援護らしい援護もできなくて、ごめんなさい」
「そんなことないよ。魔獣との戦いじゃ、みんながんばってたし──」
謝るリリスをフォローしようとしたところで、
「お前もすごかったな、あの防御魔法! ランクDって本当か?」
「っていうか、お前、ガイラスヴリムとの戦いにもいなかったか?」
「下手すりゃランクS並みか、それ以上の活躍だったじゃないか」
「将来有望ってやつだな。よろしく頼むぜ」
A班とC班の冒険者たちが入り乱れ、口々に俺を称賛する。
「……ふん、まあ今回も助かりました。礼だけは言っておきますね」
と、どこか素直じゃないアイヴィ。
さらに、
「本当にすごかったわ。ランクDとはとても思えない……すぐに上のランクに上がるんじゃない?」
「ねえ、名前は? 年はいくつ? まだ若いわよね」
なんだか、数人の女性冒険者がやけに擦り寄ってくるんだけど……。
全員、俺より五つくらい年上だろうか。
大人っぽい雰囲気を漂わせた美人さんぞろいだ。
「えっと、ハルト・リーヴァ、十七歳です」
「年下かー。ま、いっか。よく見るとけっこう好みかも」
「ねえねえ、よかったらこの後、あたしたちと一緒に──」
「あ、あの……」
グイグイ迫ってくるおねーさんたちに、俺は困惑しつつも照れてしまう。
「……むむむ、ハルトの周りに女の人がいっぱい」
リリスがじとっとした目で俺を見ていた。
「みんながハルトを認めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと複雑……」
「恋する乙女としては気になるところですね、リリスちゃん~」
アリスがクスリと笑った。
「そうだね、ライバルが増えちゃうし……あ、ち、違うの、そうじゃなくてっ」
「顔が赤いですよ~」
きゃいきゃいと騒ぐ二人。
そんな彼女たちに和みながら、俺はようやく緊張から解放されていった。
「これで……作戦終了だな」
ディアルヴァが仕掛けた呪術──『竜牙結界 』を巡る戦いは、こうして終わりを告げた。
ジャックさんは俺たちに別れを告げ、会社の仲間たちのところに戻っていった。
その後、王都の魔法使いたちが総がかりで風の魔法を使い、毒の霧を外へ吹っ飛ばした。
大気中に拡散した霧はやがて大気に希釈し、無害化するということだ。
──で、今回は俺も作戦に貢献したってことでギルドから表彰されることになった。
ガイラスヴリムと戦ったときは、まだ正式に冒険者になってなかったせいか、俺の戦いぶりはほぼスルーされていた。
けど、今回は冒険者として班に加わり、魔獣との戦いで活躍した、というふうにギルドは称えてくれたらしい。
実績にかなりプラス評点が入ったため、近々ランクが上がるだろう、ってことだった。
ランクDから、おそらくはランクCへと──。
「おめでとう、ハルト」
「大活躍でしたからね~」
リリスとアリスは自分のことのように喜んでくれていた。
俺もランクアップの内定よりも、そんな二人の祝福が何よりも嬉しい。
──とある依頼でバーラシティまで出向いていたルカとサロメが消息を絶った、と聞かされたのは翌日のことだった。
吹きすさぶ風が、ぼろきれのようなローブの裾をはためかしている。
その体は、もはや動くことはなかった。
ジャックさんの拳や蹴りを、おそらくは数千発も食らったのだ。
いくら魔将でも耐えきれなかったのだろう。
空間操作や毒魔法、それに結界呪術まで操る厄介な敵ではあったけど、どうにか仕留めることができた──。
その安堵感に脱力する。
『俺は……捨て駒でよい……後のことは、陛下と残りの魔将たちが、きっと……』
ふいに──脳裏に、以前戦ったガイラスヴリムの言葉が甦った。
その言葉通り、新たな魔将が王都に現れ、襲ってきた。
「もしかしたら、またこんな奴が……」
俺はため息交じりにつぶやく。
現れるんだろうか。
魔王の腹心にして最強の魔族──六魔将。
単純計算で残りは四人、ってことになるけど……。
もしも、こいつらが神のスキルを持つ者を狙っているのだとしたら、魔将を引き寄せたのは俺なのかもしれない。
「どうかしたのか、ハルト?」
ジャックさんが俺に向き直る。
青黒い甲冑のような外殻が、狼を連想させる顔が、ゆっくりと人のそれへと戻っていく。
声から想像した通り、四十代くらいの中年男だった。
これが──ジャックさんの素顔か。
あれほど猛々しい戦いをした人とは思えないほど、穏やかな雰囲気だ。
「……いえ、なんでもありません」
魔将たちの狙いがなんなのかを今考えても仕方がない。
また現れるのかどうか、なんて考えても分かるわけもない。
まずやらなきゃいけないことから片付けなきゃ、な。
──暗澹たる気持ちになりつつも、俺はジャックさんとともに最後の柱を壊してきた。
といっても、俺は万が一に備えてついていっただけで、壊したのはジャックさんなんだけど。
さすがに『強化』の力はすさまじく、拳一発で巨大な柱が粉々である。
同時に毒霧の噴出が止まり、王都を包む結界も消滅した。
俺たちが柱を壊して戻ってくると、C班の冒険者たちが駆け寄ってきた。
「やったな、あんたら!」
「俺たちは手が出せなかったけど、すごかったぞ!」
すでにジャックさんと面識があるのか、特に若い二人組の冒険者は大はしゃぎしている。
「よかったら、あんたも冒険者にならないか? あんたくらいの腕ならすぐにランクAに──もしかしたらランクSにだってなれるかもしれない」
ジャックさんをスカウトしている人もいる。
「いや、悪いけど俺は今の仕事が性に合ってるから……」
困ったような、照れたような顔で、やんわりと断るジャックさん。
さっき柱を壊してくる途中で聞いたんだけど、この人、普段は運送会社に勤務しているって言ってたな。
『強化』の力を使って、普通の人間の何十倍も荷物を運べるんだとか。
確かに、冒険者よりそっちのほうが天職かもしれない。
と、
「ハルト、おつかれさま」
リリスたちA班も駆け寄ってくる。
「援護らしい援護もできなくて、ごめんなさい」
「そんなことないよ。魔獣との戦いじゃ、みんながんばってたし──」
謝るリリスをフォローしようとしたところで、
「お前もすごかったな、あの防御魔法! ランクDって本当か?」
「っていうか、お前、ガイラスヴリムとの戦いにもいなかったか?」
「下手すりゃランクS並みか、それ以上の活躍だったじゃないか」
「将来有望ってやつだな。よろしく頼むぜ」
A班とC班の冒険者たちが入り乱れ、口々に俺を称賛する。
「……ふん、まあ今回も助かりました。礼だけは言っておきますね」
と、どこか素直じゃないアイヴィ。
さらに、
「本当にすごかったわ。ランクDとはとても思えない……すぐに上のランクに上がるんじゃない?」
「ねえ、名前は? 年はいくつ? まだ若いわよね」
なんだか、数人の女性冒険者がやけに擦り寄ってくるんだけど……。
全員、俺より五つくらい年上だろうか。
大人っぽい雰囲気を漂わせた美人さんぞろいだ。
「えっと、ハルト・リーヴァ、十七歳です」
「年下かー。ま、いっか。よく見るとけっこう好みかも」
「ねえねえ、よかったらこの後、あたしたちと一緒に──」
「あ、あの……」
グイグイ迫ってくるおねーさんたちに、俺は困惑しつつも照れてしまう。
「……むむむ、ハルトの周りに女の人がいっぱい」
リリスがじとっとした目で俺を見ていた。
「みんながハルトを認めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと複雑……」
「恋する乙女としては気になるところですね、リリスちゃん~」
アリスがクスリと笑った。
「そうだね、ライバルが増えちゃうし……あ、ち、違うの、そうじゃなくてっ」
「顔が赤いですよ~」
きゃいきゃいと騒ぐ二人。
そんな彼女たちに和みながら、俺はようやく緊張から解放されていった。
「これで……作戦終了だな」
ディアルヴァが仕掛けた呪術──『
ジャックさんは俺たちに別れを告げ、会社の仲間たちのところに戻っていった。
その後、王都の魔法使いたちが総がかりで風の魔法を使い、毒の霧を外へ吹っ飛ばした。
大気中に拡散した霧はやがて大気に希釈し、無害化するということだ。
──で、今回は俺も作戦に貢献したってことでギルドから表彰されることになった。
ガイラスヴリムと戦ったときは、まだ正式に冒険者になってなかったせいか、俺の戦いぶりはほぼスルーされていた。
けど、今回は冒険者として班に加わり、魔獣との戦いで活躍した、というふうにギルドは称えてくれたらしい。
実績にかなりプラス評点が入ったため、近々ランクが上がるだろう、ってことだった。
ランクDから、おそらくはランクCへと──。
「おめでとう、ハルト」
「大活躍でしたからね~」
リリスとアリスは自分のことのように喜んでくれていた。
俺もランクアップの内定よりも、そんな二人の祝福が何よりも嬉しい。
──とある依頼でバーラシティまで出向いていたルカとサロメが消息を絶った、と聞かされたのは翌日のことだった。