3 「神と魔と、人の大戦の」

文字数 3,414文字

 聖王国ルーディロウムにある冒険者ギルド本部──。

 ギルド長の執務室でラフィール伯爵は彼女と初めて対面した。

「この娘が……そうなのか」

 三つ編みにした黒髪に、そばかすの浮いた野暮ったい顔立ち。
 温和な笑みを浮かべた少女──セフィリア・リゼは一見して無害そうな雰囲気を漂わせていた。

 だが彼女の力は、世界に混乱と災厄と……そして変革をもたらすのだという。

「意外と普通っぽい娘だねぇ」

 ギルド長のテオドラもどこか拍子抜けした顔だ。

 この場にいるのはラフィールとテオドラ、そしてバネッサ、エレクトラ、セフィリアの五人だった。
 今日は顔合わせと、そしてとある『実験』を行うために集まったのである。

(こんな平凡そうな娘に、世界を変えるほどの力があるというのか)

 ラフィールは内心でつぶやいた。
 未だに信じられない話である。

 だが、彼は知っていた。

 各地の遺跡に記されている、超古代の神々──。

 現在、信仰されているのは主に至高神ガレーザや戦神ヴィム・フォルス、癒しの女神であるアーダ・エルあたりだ。
 他にも、すでに信徒は失われたが、守りの女神イルファリアや殺戮神メルギアスといった名前もある。

 彼女たちはそんな神々から選ばれた使徒らしい。

 バネッサたちは明言しないし、もしかしたらできないのかもしれないが──ラフィールは種々の状況からそう判断していた。

 ならば、利用しない手はない。

 神の力──まさしく人知を超えた圧倒的な力。
 バネッサたちがラフィールやテオドラを利用しようとするなら、その裏をかいて、こちらも彼女たちを利用する。

 宿願であるアドニス王国の強国化も成し遂げられるかもしれない。
 この国を裏から牛耳り、世界に覇を唱える支配者にすらなれるかもしれない。

 ラフィールの野望は燃え盛っていた。

 こんな日が来るのを、ずっと待っていた──。

(ハルト・リーヴァにもそろそろ接触してもいい頃合いか)

 収集した情報から判断すると、彼もバネッサたちと同じく神の力を持つ使徒の可能性がある。

(不肖の娘たちを利用してもいいかもしれん)

 アリスとリリスは先日ランクAになったと聞いた。
 その辺りを口実に使えば、彼を屋敷に呼べるだろう。

 来たるべき日に備え、手駒は多ければ多いほどいい──。

    ※

 いよいよ、始まるのか──。

 エレクトラは地下室への道を歩きながら、内心でつぶやいた。

 神のスキルを持つ者が三人。
 そして冒険者を統べるギルド長と、アドニス王国の実力者。

「『実験』が上手くいけば、我らの計画を次の段階に進められるわけだな」

「かつて、神話の時代に繰り広げられたという神と魔の大戦……その再現かねぇ」

 ラフィールの言葉にテオドラが笑う。

 二人に神のスキルのことを直接話すことは禁じられている。
 話そうとすれば体に激痛が走るのだ。

 あるいは──試したことはないが──死ぬことになるかもしれない。

 スキル保持者(ホルダー)たちに課せられた制約だった。

 だが察しのいい二人は、すでに大半のことは分かっているのだろう。
 太古の遺跡や古文書などから、自分たちの知らない情報まで集めているかもしれない。

 だから、神のスキルのことを直接話せなくても、計画を進めるのに大した支障はなかった。

「いいえ、今度は少し違いますわ」

 バネッサが微笑みを返した。
 気品と色香を兼ね備えた、艶やかな笑顔。

「神と魔と、人の大戦の──第一歩です」

 その下準備として、アドニス王国を起点に『ある実験』をする──。
 今日、彼らが集まったのはそのためだった。

「ここだね」

 テオドラが扉を開く。

 冒険者ギルド本部の地下最深部──。
 そこは巨大な石室になっていた。

 壁には七つの宝玉がはめこまれている。
 そのうちの五つは明滅し、二つは輝きを失っていた。

「……なるほど、スキル保持者(ホルダー)の状態を表わしているのね」

 つぶやくバネッサ。

 集めた情報によると、七人のスキル保持者(ホルダー)のうち、『殺戮』と『支配』の力を持つ者はそれぞれ他の保持者(ホルダー)と戦い、死んだようだ。

 残っているのは、エレクトラを含めて五人──。

「ねーねー、あの石綺麗だね。チカチカして」

 無邪気にたずねたのは、セフィリアだった。
 にっこりと笑いながら、こちらに近づき、

「おねーさんもそう思わない? えいっ」

 むに、むに、とエレクトラの胸元を両手で揉んでくる。

「……ナチュラルにわたしの胸を揉みしだくのはやめてくれないか、セフィリア」

 憮然と彼女をにらむエレクトラ。

「えー、けちー」

「隙あらば触ってくるな、君は……」

「スキンシップだってば、えへへへ」

 笑うセフィリア。

 今一つ、真意の読めない笑顔だった。
 一見して人畜無害に思える。

 だが、その目にはなぜか底知れない闇が潜んでいる気がするのだ。

 何度か予知をしたものの、セフィリアについて多くを知ることはできなかった。

 予知の精度の問題もあるが、もしかしたら神のスキル保持者(ホルダー)に対しては、予知の効力が薄いのかもしれない。

 どちらにせよ、警戒は必要だ。
 セフィリアに対してだけでなく、バネッサに対しても。

 そしてもちろん、残り二人の能力者に対しても──。

「仲良くじゃれ合うのもいいけど、そろそろ始めましょうか」

「別にじゃれ合ってない」

「いいよー」

 ますます憮然とするエレクトラと、朗らかに答えるセフィリア。

「あたしがまず異相空間を出すわ。この術はかなり不安定で崩れやすいので、セフィリアさんは修復や補強をお願い。最初は小規模なものから始めましょうか」

「んー、小難しくいお話はセフィリアよくわかんなーい」

「……あたしが今から出すものを『直し』てくれればいいのよ。後は逐一、指示させてもらうから」

「んー、まだよくわかんないけど、わかったー」

 気楽にうなずくセフィリア。

 ──そして二人のスキルによる『実験』が始まった。
 エレクトラは、この段階では手伝えることがないため、ただ見守るだけだ。

(上手くいくのだろうか。この計画は)

 自問する。

 胸騒ぎが大きくなった。
 不吉な予感が、このところひっきりなしにやってくる。

(わたしの未来は明るいのだろうか。それとも)

 最近は、以前にもまして未来の映像がはっきり見えるようになった。

 もともとエレクトラの予知には二つの種類がある。

 運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)
 これは、数秒から数日程度の近い未来を見通し、かなりの精度でその情報を知ることができる。

 運命の女神は(マニューバ・ナイ)虚無を夢見る(トメアヴィジョン)
 こちらは、数か月から数年後の未来まで見通せる代わりに、精度は低い。
 見えるのは、基本的に断片的な映像か、あるいはイメージのみ。

 エレクトラが自身の破滅らしきものを予知したのは、後者によるものだ。
 だから、正確にどんな状況で、誰によって彼女が滅ぼされるのかは分からない。

 しかも、その映像が微妙に変化を始めている。

(未来が変わり始めている……? ではこれから先、何が起こるのだ……?)

 エレクトラは自問を続けた。

 もともと未来というのは不確定なものである。
 彼女自身、予知した未来をもとに行動し、その未来を変えてしまうこともある。

 実際、能力に目覚めたときも自身が騙され、ひどい目に遭わされる運命を改変して難を逃れたのだ。

 だが──嫌な予感は消えない。
 予知ではなく、ただの予感だ。

「わたしは……わたしの破滅を逃れるために、世界そのものを危機に陥れようとしている……?」

 気にならないわけではない。
 多くの人間が犠牲になるのは、やはり心が痛む。

 しかし、自身の命には代えられない。

 エレクトラにあるのは強烈な生存欲求だ。

 たとえどれだけの犠牲を払おうとも、わたしは絶対に生き残ってみせる。
 生き延びてみせる──。
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