3 「誰にも渡さん」
文字数 2,098文字
「『氷刃』のルカ・アバスタか。久しぶりだな。一年前の共同討伐クエスト以来か」
ルドルフさんがこっちを振り向いた。
ルカも基本は無表情だけど、それとも感じが違う。
なんていうか──ものすごく無機質な雰囲気。
まるで感情そのものがすっぽりと抜け落ちたような──。
「ハルト・リーヴァ。アリス・ラフィール。リリス・ラフィール……いずれも最近、頭角を現してきた冒険者らしいな」
ルドルフさんが俺たちを順番に見据える。
暗紫色の瞳には、どこか他人を品定めするような光が宿っていた。
好意も悪意も何もない。
感情の発露がまったく感じられない、冷たい瞳。
人というより機械のようだ。
「クエストではよろしく頼む」
「おい、あれ『氷刃』のルカだぞ」
「まじかよ、三強が二人も呼ばれてるなんて──」
周囲のざわめきが大きくなる。
「思ったより小さいんだな、『氷刃』って。さっきまで存在に気づかなかったぞ」
「……ちょっと失礼」
冒険者の誰かが言った声が聞こえたのか、ルカがぽつりとつぶやいた。
彼女は極端に背が低いわけじゃないけど、ルドルフさんが巨漢なだけに、その対比でやたらと小さく見えるのは事実だ。
「ルカちゃん、落ち着いてください」
アリスがなだめた。
「私は平均より少し背が低いだけ……」
「可愛らしくていいと思いますよ」
「……本当?」
「ええ、強くて可愛いなんて最高です」
アリスがはしゃいだ。
「それなら、いいかも……小さくても」
ルカの頬がわずかに緩む。
「そういえば──三強って、ルカもその中に入っていたのか」
「正式な格付けじゃないし、別に」
俺の問いに、ルカはこともなげに言った。
「ルカちゃん、すごいです~」
はしゃぐアリス。
「……それほどでも」
「あ、照れてますね」
「いや、表情変わってないだろ」
「いいえ、この眉の角度と口角のかすかな震えは、ルカちゃんの照れを示しています!」
力説するアリス。
「あたしには全然違いが分からないんだけど……」
「正直、俺も」
「ボクも」
「みなさん、何を言ってるんですか。大違いですよ、大違い」
俺やリリス、サロメに対して、アリスはますます力説する。
「──馴れ合いに加わる気はない。旧知のルカや新進気鋭の君たちに挨拶をしたかっただけだ」
ふいに、ルドルフさんが冷めた声で告げた。
馬鹿にするとか、不機嫌になるとかじゃない。
どこまでも淡々として機械的な態度だ。
「私はこれで失礼させてもらう」
背を向けるルドルフさん。
全身鎧を重厚に揺らしながら、赤い戦士は去っていった。
と、その足が止まり、
「言い忘れていた。一つ忠告しておく」
振り返ったルドルフさんが、俺たちを見据えた。
その瞳に、初めて感情らしきものが宿る。
さっきまでの冷然とした光とは違う。
燃える炎のように爛々とした眼光。
「私の獲物を取るな。魔族だろうと魔獣だろうと、一度ターゲットに定めた相手は──私が斬る。誰にも渡さん」
「全冒険者中で、彼が魔の者の撃破数一位なの」
ルドルフさんが去った後、ルカがそう説明した。
「一位……」
つまり冒険者の中で一番多く魔の者を倒した人、ってことか。
さすがに──三強と呼ばれるだけはある。
「普段は冷静で感情に乏しいけど、戦闘になれば激情家に変わる、と聞いているわ」
「ちょっとルカに似てるんじゃないか?」
「……いえ、彼は私とは違うわ。戦いに充実感を覚えるとか、そういうタイプでもないの」
俺の言葉に答えるルカ。
「それと、忘れないで。彼が言ったことは脅しじゃない。邪魔をすると本当に斬られるから気をつけて」
「こ、怖いこと言うなよ」
「私も斬られかけたことがあるわ。一年前、彼や他のランクSたちとの共同クエストで」
「ルカちゃんが……」
アリスが心配そうに彼女を見つめる。
「そのときは大丈夫だったんですか」
「反応がもう少し遅れたら、斬り殺されていたわ」
……やっぱりけっこう危ない人かもしれない。
戦場では、あまり近づかないほうがいいのかな。
まあ、俺は防御スキルがあるから大丈夫だと思うけど。
万が一、リリスたちがそういう巻き添えを受けたら心配だ。
「リリスもアリスもハルトくんの側にいて守ってもらった方がいいかもね」
サロメがにっこりと笑った。
「それと──ボクも守ってほしいかな」
言いながら、グラマラスな体を密着させてくる。
「ち、ちょっと、どさくさにまぎれてひっつかないでよ」
リリスが叫んだ。
「あ、羨ましいんだ? じゃあ、リリスもひっついたら」
「むー……負けない……っ」
なぜか対抗心を燃やし、サロメとは反対側から俺にくっついてくるリリス。
と──、
「リリスちゃんにアリスちゃん、それにハルトくんも。また会えたね」
今度は別方向から四人の冒険者が近づいてきた。
ルドルフさんがこっちを振り向いた。
ルカも基本は無表情だけど、それとも感じが違う。
なんていうか──ものすごく無機質な雰囲気。
まるで感情そのものがすっぽりと抜け落ちたような──。
「ハルト・リーヴァ。アリス・ラフィール。リリス・ラフィール……いずれも最近、頭角を現してきた冒険者らしいな」
ルドルフさんが俺たちを順番に見据える。
暗紫色の瞳には、どこか他人を品定めするような光が宿っていた。
好意も悪意も何もない。
感情の発露がまったく感じられない、冷たい瞳。
人というより機械のようだ。
「クエストではよろしく頼む」
「おい、あれ『氷刃』のルカだぞ」
「まじかよ、三強が二人も呼ばれてるなんて──」
周囲のざわめきが大きくなる。
「思ったより小さいんだな、『氷刃』って。さっきまで存在に気づかなかったぞ」
「……ちょっと失礼」
冒険者の誰かが言った声が聞こえたのか、ルカがぽつりとつぶやいた。
彼女は極端に背が低いわけじゃないけど、ルドルフさんが巨漢なだけに、その対比でやたらと小さく見えるのは事実だ。
「ルカちゃん、落ち着いてください」
アリスがなだめた。
「私は平均より少し背が低いだけ……」
「可愛らしくていいと思いますよ」
「……本当?」
「ええ、強くて可愛いなんて最高です」
アリスがはしゃいだ。
「それなら、いいかも……小さくても」
ルカの頬がわずかに緩む。
「そういえば──三強って、ルカもその中に入っていたのか」
「正式な格付けじゃないし、別に」
俺の問いに、ルカはこともなげに言った。
「ルカちゃん、すごいです~」
はしゃぐアリス。
「……それほどでも」
「あ、照れてますね」
「いや、表情変わってないだろ」
「いいえ、この眉の角度と口角のかすかな震えは、ルカちゃんの照れを示しています!」
力説するアリス。
「あたしには全然違いが分からないんだけど……」
「正直、俺も」
「ボクも」
「みなさん、何を言ってるんですか。大違いですよ、大違い」
俺やリリス、サロメに対して、アリスはますます力説する。
「──馴れ合いに加わる気はない。旧知のルカや新進気鋭の君たちに挨拶をしたかっただけだ」
ふいに、ルドルフさんが冷めた声で告げた。
馬鹿にするとか、不機嫌になるとかじゃない。
どこまでも淡々として機械的な態度だ。
「私はこれで失礼させてもらう」
背を向けるルドルフさん。
全身鎧を重厚に揺らしながら、赤い戦士は去っていった。
と、その足が止まり、
「言い忘れていた。一つ忠告しておく」
振り返ったルドルフさんが、俺たちを見据えた。
その瞳に、初めて感情らしきものが宿る。
さっきまでの冷然とした光とは違う。
燃える炎のように爛々とした眼光。
「私の獲物を取るな。魔族だろうと魔獣だろうと、一度ターゲットに定めた相手は──私が斬る。誰にも渡さん」
「全冒険者中で、彼が魔の者の撃破数一位なの」
ルドルフさんが去った後、ルカがそう説明した。
「一位……」
つまり冒険者の中で一番多く魔の者を倒した人、ってことか。
さすがに──三強と呼ばれるだけはある。
「普段は冷静で感情に乏しいけど、戦闘になれば激情家に変わる、と聞いているわ」
「ちょっとルカに似てるんじゃないか?」
「……いえ、彼は私とは違うわ。戦いに充実感を覚えるとか、そういうタイプでもないの」
俺の言葉に答えるルカ。
「それと、忘れないで。彼が言ったことは脅しじゃない。邪魔をすると本当に斬られるから気をつけて」
「こ、怖いこと言うなよ」
「私も斬られかけたことがあるわ。一年前、彼や他のランクSたちとの共同クエストで」
「ルカちゃんが……」
アリスが心配そうに彼女を見つめる。
「そのときは大丈夫だったんですか」
「反応がもう少し遅れたら、斬り殺されていたわ」
……やっぱりけっこう危ない人かもしれない。
戦場では、あまり近づかないほうがいいのかな。
まあ、俺は防御スキルがあるから大丈夫だと思うけど。
万が一、リリスたちがそういう巻き添えを受けたら心配だ。
「リリスもアリスもハルトくんの側にいて守ってもらった方がいいかもね」
サロメがにっこりと笑った。
「それと──ボクも守ってほしいかな」
言いながら、グラマラスな体を密着させてくる。
「ち、ちょっと、どさくさにまぎれてひっつかないでよ」
リリスが叫んだ。
「あ、羨ましいんだ? じゃあ、リリスもひっついたら」
「むー……負けない……っ」
なぜか対抗心を燃やし、サロメとは反対側から俺にくっついてくるリリス。
と──、
「リリスちゃんにアリスちゃん、それにハルトくんも。また会えたね」
今度は別方向から四人の冒険者が近づいてきた。