9 「そのための力だ」

文字数 3,117文字

「いくぞ、魔獣! 伝説級と謳われる力、存分に見せてみろ!」

 吠えてルドルフさんが突進する。
 重い全身鎧(フルプレートアーマー)を身に付けているとは信じられないほどの、猛スピードだった。

 赤い閃光と化したルドルフさんはフェニックスに肉薄し、

「ちいっ……」

 舌打ち混じりにサイドステップする。

 次の瞬間、フェニックスの口から熱線が吐き出され、直前までルドルフさんがいた地点を薙ぎ払った。

 ──周囲一面が、紅蓮の輝きに覆われた。

 まるで世界が紅一色に染まったかのような錯覚。
 圧倒的な熱量と光量は、神々しささえ感じさせる。

 赤い輝きはそのまま大地を削りながら突き進んだ。

 直撃すれば、人間なんて骨も残さず灰にしてしまう一撃──。
 その一撃は俺の眼前まで迫ったところで、虹色の輝きに阻まれて霧散した。

 すでに護りの障壁(アーマーフェイズ)を張っておいたのだ。
 当然、アリスやサロメも効果範囲に収まるようにしてあるから、二人も無傷だった。

 一方のルドルフさんは、素早い動きでフェニックスの背後に回りこんでいる。

 攻撃の余波を受けたはずだけど、ものともしない。
 人間離れした耐久力である。

「終わりだ!」

 雄たけびとともに突き出された槍は、

 (こう)っ!

 あふれたまばゆい赤光に弾き返された。

「くっ……!?

 ルドルフさんの巨体が数十メティルも吹っ飛ばされる。

 こいつ、熱線を口から吐くだけじゃなく、全身から放つこともできるのか!

「なるほど……さすがにクラスLS(レジェンドエス)というだけのことはある」

 ルドルフさんがゆっくりと立ち上がった。

 全身にまとう鎧は半分溶けかかり、白煙を上げている。
 わずかに露出した肌は痛々しく火傷している。

「認めよう。貴様は強い。とてつもなく」

 なのに──兜から除くその顔は、笑っていた。

 嬉しそうに。
 楽しそうに。

 ただ、あれは戦いを楽しむ顔じゃない。

 おそらくは破壊や暴力への悦びを──渇望を表わした顔。

「壊し甲斐がある! 貴様は私が狩る! 必ず──」

「一人じゃ無理です、ルドルフさん!」

 俺が叫んだ。
 右手に虹色の光球を生み出す。

 宝珠の飛翔(ウイングスフィア)──防御スキルを任意の位置に飛ばすための準備だ。

 複数個所にスキルを使うためには、いつもより集中を深める必要がある。
 その集中をどうにか終え、俺は自分たちの周囲にスキルを張ったまま、ルドルフさんの周囲にもスキルを発動させる──。

 いや、その寸前、

「……防御魔法で加勢する気か? 不要だ」

 ルドルフさんが俺を振り返った。

「そいつの攻撃力は見たでしょう? 直撃すれば終わりです」

「直撃させなければよいだけのこと。そして──手出しするなといったはずだ」

 静かな、だが異様なまでの迫力がこもった声で告げる。

「私の邪魔をするなら斬る、とも。警告はしたはずだが?」

「そいつは強い。全員で戦った方がいい」

 強烈な威圧感のこもった視線を、俺は正面から受け止めた。

「一番まずいのは各個撃破されることだ。あるいは取り逃がして、王都に入ってしまったら──」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる。

「多くの人が犠牲になる」

「くだらん」

 俺の言葉をルドルフさんは一言で切って捨てた。

「私は魔を狩るために冒険者になった。倒し、壊し、滅ぼすために。『力』を振るうために。周囲の被害など興味はない」

 その目には昏い光が宿っていた。
 魔族以上に暗く澱んだ光。

「人より大きな力、優れた力を持つなら、それを振るいたいと思うのは当然。そのための力だ」

 ぶんっ、と槍を振る。
 ただそれだけで衝撃波が生まれ、周囲に突風が吹き荒れた。

 人間離れした──いや、人間を越えた膂力の為せる技だ。

「君自身も感じたことはないか? 人を超えた力を振るう喜びを? 優越感を。万能感を。ないとは言わせんぞ」

「俺は人を守るために冒険者になった。だから、周囲に被害は出したくない」

 俺は真っ向からルドルフさんを見据える。

「力を振るうためじゃない。力に酔いしれるためじゃない」

「偽善者め」

 吐き捨て、ルドルフさんは俺から背を向ける。

 フェニックスがふたたび全身から赤光を放った。
 全方位から放たれる回避不可能かつ超火力の攻撃。

 それを避けようともせず、ルドルフさんは無造作に進んでいく。

 いくらあの人の耐久力が並はずれていたとしても、何度も耐えられるのか?

 いや、ルドルフさんはそんなことには興味がないのかもしれない。

 ただ己の中の闘争心や破壊本能に従って、目の前の敵を倒す。
 壊す。
 狩る。
 屠る。

 それだけに特化した──純粋に特化した、破壊の化身。

「でも、それじゃ駄目だ」

 俺は虹色の光を飛ばし、ルドルフさんの周囲を護りの障壁(アーマーフェイズ)で包んだ。

 もちろん俺やアリス、サロメの周囲にも同じ防壁を張っている。
 かつて古竜の神殿で会得した『複数箇所でのスキル発動』も、今やすっかり慣れたものだった。

 フェニックスの赤光は俺のスキルによって、あっさりと吹き散らされる。
 と、

「貴様の防御魔法か? 余計な真似をするな」

 ルドルフさんが振り返った。
 憤怒の表情を浮かべて。

 その威圧感は、あるいはフェニックス以上かもしれない。

「私の戦いを邪魔するなら、まずは貴様から斬り伏せる。魔獣はその後だ」

 言うなり、赤い戦士はこっちへ突進してきた。
 ──って、フェニックスを無視して、俺を襲う気か!?

「冒険者同士で戦ってどうするんだ!」

「報いを受けろ、ハルト・リーヴァ!」

 俺の言葉を無視して、ルドルフさんが向かってくる。

「私の戦いの邪魔をした報いを!」

 大気を粉砕しながら長大な槍が迫った。

「さあ、砕け散れ!」

「──言葉は、通じないか」

 俺はその一撃を見据えるのみ。

 一歩も動かず。
 一歩も退かず。

 ただ、見据え──受け止める。

 がいんっ、と金属同士がぶつかるような音とともに、ルドルフさんの槍撃は俺が生み出した虹色の輝きに弾かれた。

「硬いな──だが!」

 ルドルフさんはなおも槍を叩きつける。

 ルカのような亜光速のスピードはないけど、破壊力は彼女以上かもしれない。
 それが何十何百と撃ちこまれる。

 でも、いくらやっても無駄だった。
 俺の防壁は小揺るぎもしない。

 それでもなお、ルドルフさんは打ちこみ続ける。

「そろそろ──気は済んだか」

 俺は冷然と告げた。

「ふざけるな! 攻撃が通じないなら、通じるまで攻撃し続けるのみだ!」

「力でねじ伏せられたいなら、望みどおりにしてやる」

 防壁の種類を変え、ルドルフさんの槍を乱反射して跳ね返す。

「ぐあっ……!?

 数十数百の衝撃が、赤い戦士を吹き飛ばした。

 第三の形態──反響万華鏡(カレイドスコープシフト)

「お、おのれ……っ!」

 さすがに自分の攻撃を一度に何十何百と浴びて、ルドルフさんは少なからずダメージを負ったみたいだ。
 槍を支えに弱々しく立ち上がるものの、それ以上、俺に向かってこようとはしない。

 俺はルドルフさんを一瞥して背を向けた。

「アリス、サロメ。俺たちで奴を倒すぞ」

 二人に告げ、フェニックスと対峙する──。
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