7 「血がたぎる」
文字数 3,166文字
真紅の空間で、俺は七つの頭を持つ黄金竜と対峙する。
「最初に言っておくぞ。これは戦闘訓練だ。お前の力をさらに高めるための、な」
グリードの声が大気を震わせた。
「そして俺の目的は楽しむこと。何せ数千年以上の封印生活で退屈を極めているからな」
七対の双眸に強烈な光が宿る。
「竜は気性が激しい。興が乗り、昂ぶれば──あるいは命を懸けた戦いに発展するかもしれん。勢いあまって殺してしまうこともあろう」
恐ろしいことを平然と告げる古竜。
「心せよ。存分に俺を楽しませてくれ。少年──いや、お前の名前を聞いておこうか」
「……ハルト・リーヴァだ」
俺は古竜を見据えて告げた。
正直、訓練気分なんて吹き飛んでいた。
これは──少しでも気を抜けば、殺されるような戦いになるかもしれない。
「覚えておくぞ。神の力を持つ少年よ」
グリードがうなずいた。
「ここにいる俺は、異空間に投影した分身体だ。だが戦闘能力は本体 となんら変わらん」
神や魔と同等か、それ以上の力を持つ古竜──。
俺はごくりと息を飲んだ。
「まずは──これでどうだ」
七つの口がいっせいに開き、口中がまばゆく発光する。
来る、と思ったときには、半ば無意識に防御スキルを発動していた。
あらゆる攻撃を防ぐ基本形態、護りの障壁 。
二枚の翼を広げた女神の紋様が眼前に浮かび、虹色のドームが俺の周囲を包む。
次の瞬間、
轟!
グリードがブレスを放った。
七発の竜滅砲 が赤い大地を薙ぎ、赤い大気を焼き払い、俺の体を飲みこんだ。
俺はその破壊力を受け止めつつ、機を伺う。
ただ防ぐだけじゃない。
防御から攻撃へと転じるために。
「ほう、並みの天使や魔族なら消し炭になるレベルのブレスでも無傷か」
グリードはうなりつつ、第二波のブレスを撃ってきた。
「どこまで防げるか、見せてもらうぞ」
七種のブレスが辺り一面に爆光や衝撃波をまき散らす。
これが現実世界なら町の一つや二つは焦土になっているかもしれない。
「まだまだ──」
今度は第三波が来る。
──今だ。
七本のブレスが俺を飲みこみ、周囲が爆光に包まれた直後。
俺はスキルの種類を切り替えた。
予測通り、すぐに第四波が来る。
だけど、今度はただ『受け止める』わけじゃない。
「第三の形態、反響万華鏡 」
すべてのブレスを乱反射する。
七本から数千数万に分散するドラゴンブレス。
「何っ……!?」
まだ周囲に残っている爆光が目くらまし代わりになり、一瞬反応が遅れるグリード。
「くっ……」
無数のブレスを避けきれず、直撃され、グリードは大きく後退した。
「やってくれるな……」
その全身から白煙が立ち上っていた。
さすがの古竜も、自身の絶大な攻撃力をまともに食らえば、ダメージを受けるらしい。
いける──。
相手が古竜といえども、その攻撃は俺には通じない。
そして俺が跳ね返した攻撃は、相手にある程度の痛撃を与えられる。
だけど、まだ足りない。
もっと奴を──決定的に封じこめるんだ。
俺は前方に虹色の光球を生み出した。
攻撃エネルギーを無効化するスキル、虚空への封印 。
こいつは強力なスキルではあるけれど、一カ所にしか放てないという欠点がある。
──いや、待てよ。
俺は思い直した。
グレゴリオやジャックさんと出会い、俺のスキルはその効果時間や範囲が増大した。
そしてエレクトラとの出会いで、さらにスキルは強化されたはずだ。
今なら、あるいは──。
「……試してみるか」
集中する。
イメージする。
力の形を、思い描く。
一つ。
俺の眼前に、虹色の光球が浮かんだ。
二つ──。
その光球が分裂する。
三つ……四つ……。
集中を深める。
光球がさらに分裂する。
「むう……!」
グリードが小さくうなるのが聞こえた。
構わず、さらに集中。
そして──。
俺の前には七つに分裂した光球群が浮かんだ。
今は、これが限界みたいだ。
「ほう、今度はなんだ?」
「今、見せてやるよ」
俺はすべての光球を飛ばし、グリードの七つの頭部を包みこんだ。
そして、順番にスキルを発動していく。
「ブレスが……!?」
かまわずに攻撃しようとしたグリードが、訝しげにうなった。
「虚空への封印 。そいつの内部ではあらゆる攻撃エネルギーが無効化される。お前のブレスはもう撃てない」
俺は冷然と言い放った。
「なるほど、発生自体を封じてしまうわけか。それも複数の箇所を、とは。なかなか器用なやつだ」
グリードは感心したようにうなる。
「今まではできなかったんだけどな」
スキルの共鳴と、この場での緊張感が──俺のイメージを加速、増強してくれたらしい。
「ふむ、実戦こそ最良の訓練ということか。面白い」
グリードの口の端が大きく吊り上がった。
「興が乗ってきた。俺はこの感覚を求めていた。くくく、本気で戦ってみたくなったぞ、人間」
ふいに周囲を激しい震動が襲った。
「なんだ──!?」
赤い空間に無数の亀裂が走る。
そして、砕け散った。
空も、大地も。
視界がふっと切り替わり、
「ハルト……?」
「ハルトくん、早かったんだね……」
目の前には驚いたようなルカとサロメの姿。
どうやら、俺は元の場所に戻ってきたみたいだ。
次の瞬間、すさまじい爆音が響き、前方に据え付けられた巨大水槽が砕け散った。
あふれる水が一面に広がり、俺たちは膝辺りまで浸かった。
砕けた水槽の中から、七つの頭を持つ竜が現れる。
「血がたぎる……! これほど高ぶるのは、ヴィム・フォルスと戦ったとき以来だ。よもや人間を相手にこのような心地になれるとは」
ぐるるるぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉんんんんんっ!
グリードが歓喜の雄たけびを上げた。
「本来ならこの世界に影響を及ぼせない俺だが、今は違う。わずかな時間だけ実体化し、真の力で戦うことができる──」
咆哮が大気を震わせる。
全身が凍りつくような感覚。
心臓を鷲づかみにされ、握りしめられるような圧迫。
異空間で向き合ったときとは、桁違いのプレッシャーだった。
これがオリジナルの罪帝覇竜 ──。
これが、古竜 ──!
「新月の夜にのみ使える竜魔法 だ。今宵、お前が俺の元を訪れたのは運命かもしれんな。疑似空間での模擬戦ではなく、全力を持ってお前と戦うことができる──」
「運命……」
俺が新月の夜に神殿を訪れたのは、エレクトラの予知があったからだ。
運命によって定められた光景を予知したのか。
予知に従ったことで、こういう運命になったのか。
いや、考えても仕方がない。
今は──最強と称される古竜に、どう立ち向かうのかだけを考えるんだ。
「勝利か、敗北か。もっとも敗北とは、すなわち死だがな」
「……訓練じゃなかったのか」
俺はグリードを見据える。
古竜は楽しげに巨躯を揺すった。
「最初に言ったはず。興が乗り、昂ぶれば──命を懸けた戦いになることもある、と。かつて戦神 とそうしたように。生きるか死ぬかの戦いを楽しませてもらうぞ」
「最初に言っておくぞ。これは戦闘訓練だ。お前の力をさらに高めるための、な」
グリードの声が大気を震わせた。
「そして俺の目的は楽しむこと。何せ数千年以上の封印生活で退屈を極めているからな」
七対の双眸に強烈な光が宿る。
「竜は気性が激しい。興が乗り、昂ぶれば──あるいは命を懸けた戦いに発展するかもしれん。勢いあまって殺してしまうこともあろう」
恐ろしいことを平然と告げる古竜。
「心せよ。存分に俺を楽しませてくれ。少年──いや、お前の名前を聞いておこうか」
「……ハルト・リーヴァだ」
俺は古竜を見据えて告げた。
正直、訓練気分なんて吹き飛んでいた。
これは──少しでも気を抜けば、殺されるような戦いになるかもしれない。
「覚えておくぞ。神の力を持つ少年よ」
グリードがうなずいた。
「ここにいる俺は、異空間に投影した分身体だ。だが戦闘能力は
神や魔と同等か、それ以上の力を持つ古竜──。
俺はごくりと息を飲んだ。
「まずは──これでどうだ」
七つの口がいっせいに開き、口中がまばゆく発光する。
来る、と思ったときには、半ば無意識に防御スキルを発動していた。
あらゆる攻撃を防ぐ基本形態、
二枚の翼を広げた女神の紋様が眼前に浮かび、虹色のドームが俺の周囲を包む。
次の瞬間、
轟!
グリードがブレスを放った。
七発の
俺はその破壊力を受け止めつつ、機を伺う。
ただ防ぐだけじゃない。
防御から攻撃へと転じるために。
「ほう、並みの天使や魔族なら消し炭になるレベルのブレスでも無傷か」
グリードはうなりつつ、第二波のブレスを撃ってきた。
「どこまで防げるか、見せてもらうぞ」
七種のブレスが辺り一面に爆光や衝撃波をまき散らす。
これが現実世界なら町の一つや二つは焦土になっているかもしれない。
「まだまだ──」
今度は第三波が来る。
──今だ。
七本のブレスが俺を飲みこみ、周囲が爆光に包まれた直後。
俺はスキルの種類を切り替えた。
予測通り、すぐに第四波が来る。
だけど、今度はただ『受け止める』わけじゃない。
「第三の形態、
すべてのブレスを乱反射する。
七本から数千数万に分散するドラゴンブレス。
「何っ……!?」
まだ周囲に残っている爆光が目くらまし代わりになり、一瞬反応が遅れるグリード。
「くっ……」
無数のブレスを避けきれず、直撃され、グリードは大きく後退した。
「やってくれるな……」
その全身から白煙が立ち上っていた。
さすがの古竜も、自身の絶大な攻撃力をまともに食らえば、ダメージを受けるらしい。
いける──。
相手が古竜といえども、その攻撃は俺には通じない。
そして俺が跳ね返した攻撃は、相手にある程度の痛撃を与えられる。
だけど、まだ足りない。
もっと奴を──決定的に封じこめるんだ。
俺は前方に虹色の光球を生み出した。
攻撃エネルギーを無効化するスキル、
こいつは強力なスキルではあるけれど、一カ所にしか放てないという欠点がある。
──いや、待てよ。
俺は思い直した。
グレゴリオやジャックさんと出会い、俺のスキルはその効果時間や範囲が増大した。
そしてエレクトラとの出会いで、さらにスキルは強化されたはずだ。
今なら、あるいは──。
「……試してみるか」
集中する。
イメージする。
力の形を、思い描く。
一つ。
俺の眼前に、虹色の光球が浮かんだ。
二つ──。
その光球が分裂する。
三つ……四つ……。
集中を深める。
光球がさらに分裂する。
「むう……!」
グリードが小さくうなるのが聞こえた。
構わず、さらに集中。
そして──。
俺の前には七つに分裂した光球群が浮かんだ。
今は、これが限界みたいだ。
「ほう、今度はなんだ?」
「今、見せてやるよ」
俺はすべての光球を飛ばし、グリードの七つの頭部を包みこんだ。
そして、順番にスキルを発動していく。
「ブレスが……!?」
かまわずに攻撃しようとしたグリードが、訝しげにうなった。
「
俺は冷然と言い放った。
「なるほど、発生自体を封じてしまうわけか。それも複数の箇所を、とは。なかなか器用なやつだ」
グリードは感心したようにうなる。
「今まではできなかったんだけどな」
スキルの共鳴と、この場での緊張感が──俺のイメージを加速、増強してくれたらしい。
「ふむ、実戦こそ最良の訓練ということか。面白い」
グリードの口の端が大きく吊り上がった。
「興が乗ってきた。俺はこの感覚を求めていた。くくく、本気で戦ってみたくなったぞ、人間」
ふいに周囲を激しい震動が襲った。
「なんだ──!?」
赤い空間に無数の亀裂が走る。
そして、砕け散った。
空も、大地も。
視界がふっと切り替わり、
「ハルト……?」
「ハルトくん、早かったんだね……」
目の前には驚いたようなルカとサロメの姿。
どうやら、俺は元の場所に戻ってきたみたいだ。
次の瞬間、すさまじい爆音が響き、前方に据え付けられた巨大水槽が砕け散った。
あふれる水が一面に広がり、俺たちは膝辺りまで浸かった。
砕けた水槽の中から、七つの頭を持つ竜が現れる。
「血がたぎる……! これほど高ぶるのは、ヴィム・フォルスと戦ったとき以来だ。よもや人間を相手にこのような心地になれるとは」
ぐるるるぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉんんんんんっ!
グリードが歓喜の雄たけびを上げた。
「本来ならこの世界に影響を及ぼせない俺だが、今は違う。わずかな時間だけ実体化し、真の力で戦うことができる──」
咆哮が大気を震わせる。
全身が凍りつくような感覚。
心臓を鷲づかみにされ、握りしめられるような圧迫。
異空間で向き合ったときとは、桁違いのプレッシャーだった。
これがオリジナルの
これが、
「新月の夜にのみ使える
「運命……」
俺が新月の夜に神殿を訪れたのは、エレクトラの予知があったからだ。
運命によって定められた光景を予知したのか。
予知に従ったことで、こういう運命になったのか。
いや、考えても仕方がない。
今は──最強と称される古竜に、どう立ち向かうのかだけを考えるんだ。
「勝利か、敗北か。もっとも敗北とは、すなわち死だがな」
「……訓練じゃなかったのか」
俺はグリードを見据える。
古竜は楽しげに巨躯を揺すった。
「最初に言ったはず。興が乗り、昂ぶれば──命を懸けた戦いになることもある、と。かつて