4 「穿て、雷神の槍」

文字数 2,442文字

「ち、ちょっと待って! 冒険者でもないあなたに、そんな危険な真似をさせるわけには──」

 背後の声を無視して、俺は走った。

「頼むぞ、リリス!」

 今は説明している場合じゃない。

「こっちだ!」

 大声で叫びながら、竜の足元まで駆けていく。

 緊張で、心臓の音が異様なほど高鳴っていた。

 どくん、どくん──どくんっ!
 痛いくらいの鼓動が耳元まで響く。

 がるる……とうなり声を上げて、竜が俺に視線を向けた。

 紅蓮の炎を思わせる真紅の瞳。
 鋭角的なフォルムをした漆黒の体躯。

 恐ろしくも美しい姿をした竜だった。

 あらためて、思う。
 とても人間が立ち向かえる相手じゃない、って。

 目が合っただけで失神しそうなほどの威圧感。
 そして、根源的な恐怖感。

 それでも──俺ならやれる!

 無理やり気持ちをポジティブに持っていく。
 燃えたつ気持ちのままに、とにかく一直線に走った。

 竜との距離が十メティル(約十メートル)ほどにまで迫った。
 巨大な竜からすれば、もはや目と鼻の先。

 俺をうるさい羽虫だとでも思ったのか、竜が不快げに体を揺らす。
 ゴミでも払いのけるように、尾の一撃を繰り出してきた。

「くっ……!」

 猛スピードで迫る尾は、そのすさまじい質量自体が凶悪な破壊力を備えている。

 直撃すれば絶対死ぬ……!

 刹那、俺の眼前で極彩色の光が弾けた。

 翼を広げた天使を思わせる紋様。
 その天使を中心に俺の周囲をドーム状の輝きが覆う。

 竜の尾はそのドームに触れると、

 がいんっ!

 耳が痛くなるような強烈な音響とともに、弾き返された。

 衝撃波が吹き荒れ、俺は両足を踏ん張って耐えた。

 俺自身には傷一つない。
 ダメージは、まったくない。

「嘘……」

 背後で、リリスとアリスが呆然とつぶやく声が聞こえた。

 ……まあ、驚くよな。

「やっぱりダメージなしだ。よかった」

 ちなみに、服にも裂け目一つない。

 どうやら俺の『ダメージを受けないスキル』は生身の体だけじゃなく、身に着けている衣服にまで作用しているらしかった。
 服がボロボロになるのは勘弁願いたいところだったから、これはありがたい。

「リリス、アリス。マジックミサイルの準備を!」

 叫ぶ俺。

「──魔力チャージに三分かかるの。無理はしないでね」

 ようやく驚きから立ち戻ったのか、リリスが凛とした声で応える。

「いくよ、姉さん。あたしたちで竜を倒す」

「ですぅ。あの、あなたもお気をつけて……」

 と、俺を気遣う美少女姉妹。

 俺は背中を向けたまま、軽く片手を上げてみせた。

 同時に、背後から呪文の詠唱が聞こえてきた。
 きっとマジックミサイルの起動儀式を行っているんだろう。

 リリスとアリス、姉妹が同時に唱える呪文はまるで美しい音楽の旋律のようだ。
 こんな状況じゃなかったら、いつまででも聞き惚れていただろう。

 だけど今は、俺も自分の役目を果たさなきゃいけない。
 魅惑的な歌声に似た二人の呪文から意識を離し、俺は竜を見据えた。

 よし、引き続き奴の気を引きつけるぞ。
 さっきまではあんなに威圧感たっぷりだった黒竜に、今は落ち着いた気持ちで対峙できた。

 こいつの攻撃は、俺にダメージを与えられない。
 その実感が、安心感を与えてくれていた。

「ほら、こっちだ!」

 俺は竜の横に回りこむような動きで、さらなる攻撃を誘う。

「もっと強烈な一撃で来い。俺を殺せるくらいの、な!」

 竜は挑発されたことを感じ取ったらしく、怒りの雄たけびを上げた。
 巨大な足で俺を踏みつぶそうとする。

 すかさずスキル発動。
 俺の意志に応じて、さっきみたいに天使の紋様が現れ、竜の攻撃を跳ね返す。

 当然、ぺしゃんこに圧殺されることもなく、俺は無事だ。

 続いて、黒炎のドラゴンブレス。

 これもスキルを発動して弾き返す。
 焦げ目一つなく、俺は無事。

 さらに爪が、牙が、立て続けに繰り出される。
 それらをことごとくスキルで防ぐ俺。

 すごい、いくら食らってもノーダメージだ。

 しかも、これで十回ほどスキルを使ったが、特に回数制限はなさそうな感じだ。
 まだまだ何度でもスキルを発動できそうだ、と感覚で分かる。

 もっとも、これ以上俺がスキルを使う必要はなさそうだった。

「──そろそろ頃合いだな」

 にやりと口の端を吊り上げ、笑う。

 俺は自分自身と竜の位置関係を確認した。
 ちらりと背後に目をやると、リリスがうなずいた。

 どうやら準備は終わったらしい。

「撃てっ!」

 合図を送り、同時に横っ飛びで射線を開ける俺。

「天空の城より降臨せよ。祖は九天の雷撃を司りし者。十字の翼、至尊の冠、閃光の衣。従えしは三十七の聖天使」

 リリスの呪文が朗々と響いた。
 金色のツインテールや黒いマントが風にはためく。

 右手に構えているのは、芸術品のような装飾がされた銀色の杖。
 その先端には巨大な矢じりに似た真紅のパーツが取りつけられていた。

 マジックミサイル。
 通常級魔法(コモンスペル)超級魔法(レアスペル)の威力にまで引き上げるというアイテム。

 強い魔力の高まりを感じたのか、竜がわずかに後ずさる。
 だけど、一瞬遅かった。

穿(うが)て、雷神の槍──烈皇雷撃破(ライトニングストライク)!」

 リリスの呪文が今、完成する。

 俺の視界をまばゆい閃光が埋めた。

 天空から降り注ぐ稲妻が、さながら黄金の槍のように黒竜を撃ちすえる。
 絶大な防御力を備えた竜鱗をものともせず、雷撃呪文が竜の体を貫いた。

 グガ……ァァァ……ァァ……ァ……ッ!

 小さな苦鳴を上げて、巨体がゆっくりとかしぐ。
 地響きとともに竜は倒れ伏した。
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