5 「差し出しなさい」

文字数 2,429文字

 轟音が、響く。

 ジャックさんがいきなり真下に拳を叩きつけたのだ。
 床に亀裂が走り、陥没する。

「一体何を──!?

 訝り、俺はすぐに気づいた。

「まさか、ジャックさん……」

「沈め……!」

 ジャックさんが、床に向かってさらに拳の連打を浴びせる。

 石造りの床は爆裂するように砕け散り、その下の地面が露出する。
 なおも拳の連打は続き、地面をどんどん掘削していく──。

「地の底まで落として生き埋めにする。それでも生きていられるか……?」

 青黒い竜戦士が俺を見据えた。

 ゾッとする。

 俺にはあらゆる攻撃が通じない。
 だけど地面の底に埋められれば、やがて空気が尽きて死ぬだろう。

「さあ、沈め」

「無理だよ、ジャックさん」

 俺は静かに告げた。

 さっきから待っていたのは、このタイミングだ。
 ジャックさんが動きを止め、俺たち以外のものに攻撃の意識を向けた──この一瞬を。



 ──形態変化(アルター)

 ──虚空への封印(ヴォイドシール)



 俺は防御スキルの種類を切り替えた。
 自分たちを囲む防壁を解除し、代わりにジャックさんに『破壊エネルギー無効』のスキルをかける。

 竜戦士の全身が虹色のオーラで覆われた。

「……むっ!?

 ジャックさんの動きが止まった。

 地面に拳を叩きつけても掘れなくなったのだ。
 対象の破壊力をゼロにするスキル──虚空への封印(ヴォイドシール)

「これでもう、あんたは何も壊せない」

 今まではジャックさんの動きが速すぎて、なかなかこのスキルを仕掛けるタイミングをつかめなかった。
 地面の掘削にジャックさんが意識を向けた一瞬は、俺にとって千載一遇の好機だった。

「なるほど……お前のスキルにはこういう使い方もあるのか」

 ジャックさんがうなる。

「もうやめてくれ、こんなことは」

「俺は……すべてを破壊する……」

 俺の言葉を拒絶するように、竜戦士は全身を震わせた。

 装甲の亀裂からまばゆい赤光がほとばしる。
 破壊衝動の高まりを示すかのように。

「ジャックさんは、前に俺と一緒に戦ってくれた。人を守るために。なのにどうして今、人を傷付けようとする!?

「俺の中で何かが言っている……すべてを壊せ、滅ぼせと……」

「何を……言って……!?

 つぶやいたところで、ハッと気づく。

『支配』のスキルを持つというレヴィンが残した呪い。
 セフィリアが治したって言っていたけど、やっぱり解除できていないみたいだ。

 それがジャックさんを蝕み、暴走させている──?

「お前の防御は鉄壁……だけど、いくつかの『使用制限』があるはずだ」

 どう猛な竜の顔が俺を見据えた。

 俺の力を見透かすように。
 どこかに弱点がないかと探るように。

「以前に魔将と戦ったときも、そうだったな……あらゆる場所を完全に防げるわけじゃない……なら、それを打ち破る手立てはあるはずだ……」

「俺たちが戦ってどうするんだよ。目を覚ましてくれ」

「とっくに目覚めている……」

 ジャックさんは重々しい声で告げた。

「……魔の気配を持つ者はすべて滅ぼす……それを邪魔する奴もすべて……」

 一種の洗脳状態なのか。
 レヴィンが残した『支配』はそれだけ強力なのか。

 言葉で、ジャックさんを止めることは不可能なのかもしれない。

 なら、どうする──。



「そこまでよ、二人とも」



 ふいに声が響いた。

 前方の空間に黒い染みのようなものが広がっていく。

 まさか、これは……!?

 そこからにじみ出るように現れる、人影。
 薔薇色の豪奢なドレスをまとった、金髪の美女。

『移送』のスキルを持つ能力者、バネッサ・ミレット──。

「この前の女か……一緒にいたセフィリアという女はどうした?」

 ジャックさんがバネッサさんをにらむ。

「俺のこの落ち着かない感じは……あいつの仕業じゃないのか」

「あたしにとっても予想外だったわ。セフィリアさんのやったことは」

 バネッサさんは気品のある美貌を苦々しく歪めた。

「くだらない気まぐれや遊び心で、あたしの計画を狂わせた──でも、あの子の始末は後でいい。今はあなたを止める」

「邪魔をするなら、お前も破壊するだけだ」

 竜の視線が俺からバネッサさんへと向き直る。

「あなたと正面切って戦うつもりはないわ。あたしの能力は戦闘向きじゃないもの」

 艶然と微笑むバネッサさん。

 一見冷静だけど、その頬にはうっすらと汗がにじんでいた。
 それだけの威圧感を、目の前の竜戦士は放っているんだ。

「ここに来る前に見ていたわ。あなたの目的は魔の気配を持つ者を倒すこと。そして、それは──彼女たち二人のことよね?」

 と、バネッサさんがリリスとアリスを指差す。

「あたしたちが……」

 リリスが唇を噛んだ。

「トリガーはその二人でしょう? ならば差し出しなさい」

「えっ」

 平然と告げた彼女を、俺は呆然と見つめた。

「彼女たちを殺せば、ジャックさんの衝動が収まるかもしれない」

「そ、そんなことできるわけないでしょう!」

 俺は思わず叫んだ。

 ふざけるな。
 胸の奥が煮えたぎるような怒りが込み上げる。

「でなければ、彼は止まらないわよ。あなたのスキルで防ぐことはできても、止めることや、最悪の場合は──殺すこともできないでしょう」

「殺す? 冗談じゃない」

 俺は猛然と反発した。

 バネッサさんはあいかわらず笑みを浮かべたまま。
 だけど、その目は恐ろしく冷たい。

 人の情みたいなものが感じられないんだ。

「俺が、あの人を止めればいいだけだ」

 女神さまから授かった力の、すべてを懸けて。

 必ず──止めてみせる。
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