4 「最大戦速」
文字数 2,827文字
「ダルトン、それに騎士たちも。もっと下がって。巻き添えを食わないように」
ルカは二本の剣を構えたまま、背後のダルトンと騎士団に指示を出した。
「ルカ、お前──一人で戦うつもりか」
「魔将に生半可な攻撃が通じないのは、さっきの一斉攻撃で実証済み。私が近接戦闘で倒す」
驚くダルトンに告げつつも、視線は前方の魔将に向けたままだ。
ガイラスヴリムが両手で赤い剣を握ったまま、ゆっくりと近づいてきた。
先ほどの攻防を思い出す。
彼が両手で放った斬撃は、ドクラティオの防御結界すら切り裂いた。
まともに受ければ、人間の体など消滅してしまうだろう。
そう──まともに受ければ。
「戦神 と罪帝覇竜 の名を冠した剣……かつての神魔大戦の《遺産》か。面白い」
魔将の視線がルカの双剣に向けられた。
美しくきらめく白銀の刃。
竜を模した柄頭。
全体的には武骨なフォルムでありながら、どこか芸術品に似た気品を漂わせる武具。
(遺産……?)
彼女の剣は以前とあるダンジョンで見つけたものだ。
刻まれた銘からして、ドワーフの名工が作ったものだろう。
もっとも、今は剣の由来などどうでもいい話だった。
目の前の敵を斬る。
倒す。
討つ。
ルカが考えるのは、それだけだ。
「確かにあなたの斬撃の威力は桁違い。だけど一つ分かった」
二刀をだらりと下げ、無表情のまま魔族を見据える。
数メティルの距離を挟み、二人の視線が中空でぶつかり、火花を散らした。
「ほう……何が分かったというのだ?」
「それは──」
ルカの姿が消える。
常人には視認すらできない超々速の疾走。
「……速いな」
だが、さすがに魔将は超越した反射速度で、ルカの打ちこみを受け止める。
銀の双剣と赤い巨剣がぶつかり合い、腹に響くような金属音が鳴った。
ルカは鍔迫り合いには移らず、すぐに跳び下がった。
ガイラスヴリムの周囲を、円を描くようにして移動。
先ほどに倍するスピードでふたたび斬りかかる。
「さらに加速したか……」
「あの斬撃には一定時間の『溜め』が必要。だから──力を溜める時間を与えない連続攻撃なら封じられる」
ルカは矢継ぎ早に攻撃を仕掛けた。
斬り下ろし。
薙ぎ払い。
刺突。
二本の刃が舞うように閃き、踊るように撃ちこまれる。
「……なるほど。確かにこれでは……気力 を溜めることはできんな」
ガイラスヴリムはわずかに笑ったようだった。
巨大な剣を自在に操り、ルカの超速斬撃をすべて凌いでいた。
(パワー馬鹿ではない、ということね)
町を一振りで破壊するほどの膂力に加え、卓越した剣の腕の兼ね備えているようだ。
まさに──超絶の剣士。
ルカはそれでもひるまず、さらに踏みこんだ。
二刀を体の前で交差するようにして、渾身の一撃を叩きこむ。
「しょせんは人間……」
だがその一撃も、ガイラスヴリムは赤剣で易々と弾き返した。
「その身体能力には限度がある……たとえ超常の血脈に連なり、その力を発現できる因子持ちとはいえ……」
「……強い」
実感する。
今まで戦った、どんな剣士よりも。
目の前の魔族はあまりにも圧倒的で、超越的だ。
ぞくりと全身が粟立った。
恐怖ではない。
絶望でもない。
血潮がたぎるような狂おしい興奮だ。
「じゃあ、もっと速くするわ」
告げて、ルカは加速する。
さらに速く。
もっと速く。
速く。
速く──。
光双瞬滅形態 の限界加速率である7.7431倍まで──ルカは速力を引き上げていく。
「くぅ、うううぅ……っ」
全身の肉が、骨が、激しく軋んだ。
後で反動が来るだろうが、どのみちこの場で倒せなければ、ルカも、他の冒険者や兵たちも全滅だ。
「まだ加速できる……だと……!?」
「これなら──」
ルカは痛みを無視して斬撃を繰り出した。
魔将の剣をかいくぐるようにして、甲冑の胴体部に一撃を浴びせる。
「……くっ」
青い血が、散る。
先ほどの一斉爆撃を受けてなお無傷だった防御力も、それを上回る威力の斬撃を叩きこめば切り裂けるのだ。
さらに二撃、三撃──。
ルカの斬速は、ガイラスヴリムのそれをわずかに上回り、腕を、足を、胸を、胴を──次々と斬りつけていく。
挟み撃ちのために移動しているサロメたちが来るにももう少し時間がかかるだろう。
本当ならドクラティオが防御魔法で魔将を足止めするつもりだったのだが、ガイラスヴリムの攻撃力はこちらの想定をさらに超えていた。
守勢に回れば押し切られる。
攻めあるのみ。
挟み撃ちの準備が整うまで待っていたら、その前にこちらの部隊は全滅する──。
「なんだ、これは……残像……!?」
ガイラスヴリムの声に戸惑いの色が混じった。
言葉通り、ルカが動いた後には彼女の姿がわずかな時間、残っていた。
分身に限りなく近い、残像だ。
しかもその数が、一つ、また一つと増えていく。
「どこまでもスピードが上がっていく……馬鹿な……!?」
魔将の斬撃はルカに当たらない。
当たったように見えても、それは彼女の残像。
本体にはかすりもしない。
縦横に振り回される赤い巨剣を避けながら、ルカはガイラスヴリムに斬りつけた。
斬り続けた。
避けては、斬る。
斬っては、避ける。
一撃一撃はそれほどのダメージではないが、蓄積すれば少しずつでもガイラスヴリムの体力を奪えるはずだ。
そして、隙ができた瞬間に首を刎ねるなり、心臓を突き刺すなり、致命的な箇所に攻撃を加える。
ルカは一撃離脱戦法 に徹しながら、そのチャンスを待った。
やがて、魔将の動きがわずかに鈍る。
(このまま押しきる)
ルカは一気に加速し、加速し、加速し、加速し──、
「絶技、双竜咢 ──最大戦速」
最高速へと到達する。
生み出された残像分身の数は、全部で十六。
「これは亜光速の動き……! まさか人間ごときがここまで……」
さすがのガイラスヴリムも驚きの声を上げる。
「これが最終形『氷皇輪舞 』」
分身と本体──合わせて十七人のルカが、同時に、そして静かに告げた。
「終わりね、ガイラスヴリム」
十七方向から放たれた最速最強の一撃が、黒き魔将に叩きつけられる。
青い鮮血が、盛大に散った。
※ ※ ※
「面白かった」と思っていただけましたら、「いいね」や「作品お気に入り」を押していただけると励みになります(*´∀`*)
ルカは二本の剣を構えたまま、背後のダルトンと騎士団に指示を出した。
「ルカ、お前──一人で戦うつもりか」
「魔将に生半可な攻撃が通じないのは、さっきの一斉攻撃で実証済み。私が近接戦闘で倒す」
驚くダルトンに告げつつも、視線は前方の魔将に向けたままだ。
ガイラスヴリムが両手で赤い剣を握ったまま、ゆっくりと近づいてきた。
先ほどの攻防を思い出す。
彼が両手で放った斬撃は、ドクラティオの防御結界すら切り裂いた。
まともに受ければ、人間の体など消滅してしまうだろう。
そう──まともに受ければ。
「
魔将の視線がルカの双剣に向けられた。
美しくきらめく白銀の刃。
竜を模した柄頭。
全体的には武骨なフォルムでありながら、どこか芸術品に似た気品を漂わせる武具。
(遺産……?)
彼女の剣は以前とあるダンジョンで見つけたものだ。
刻まれた銘からして、ドワーフの名工が作ったものだろう。
もっとも、今は剣の由来などどうでもいい話だった。
目の前の敵を斬る。
倒す。
討つ。
ルカが考えるのは、それだけだ。
「確かにあなたの斬撃の威力は桁違い。だけど一つ分かった」
二刀をだらりと下げ、無表情のまま魔族を見据える。
数メティルの距離を挟み、二人の視線が中空でぶつかり、火花を散らした。
「ほう……何が分かったというのだ?」
「それは──」
ルカの姿が消える。
常人には視認すらできない超々速の疾走。
「……速いな」
だが、さすがに魔将は超越した反射速度で、ルカの打ちこみを受け止める。
銀の双剣と赤い巨剣がぶつかり合い、腹に響くような金属音が鳴った。
ルカは鍔迫り合いには移らず、すぐに跳び下がった。
ガイラスヴリムの周囲を、円を描くようにして移動。
先ほどに倍するスピードでふたたび斬りかかる。
「さらに加速したか……」
「あの斬撃には一定時間の『溜め』が必要。だから──力を溜める時間を与えない連続攻撃なら封じられる」
ルカは矢継ぎ早に攻撃を仕掛けた。
斬り下ろし。
薙ぎ払い。
刺突。
二本の刃が舞うように閃き、踊るように撃ちこまれる。
「……なるほど。確かにこれでは……
ガイラスヴリムはわずかに笑ったようだった。
巨大な剣を自在に操り、ルカの超速斬撃をすべて凌いでいた。
(パワー馬鹿ではない、ということね)
町を一振りで破壊するほどの膂力に加え、卓越した剣の腕の兼ね備えているようだ。
まさに──超絶の剣士。
ルカはそれでもひるまず、さらに踏みこんだ。
二刀を体の前で交差するようにして、渾身の一撃を叩きこむ。
「しょせんは人間……」
だがその一撃も、ガイラスヴリムは赤剣で易々と弾き返した。
「その身体能力には限度がある……たとえ超常の血脈に連なり、その力を発現できる因子持ちとはいえ……」
「……強い」
実感する。
今まで戦った、どんな剣士よりも。
目の前の魔族はあまりにも圧倒的で、超越的だ。
ぞくりと全身が粟立った。
恐怖ではない。
絶望でもない。
血潮がたぎるような狂おしい興奮だ。
「じゃあ、もっと速くするわ」
告げて、ルカは加速する。
さらに速く。
もっと速く。
速く。
速く──。
「くぅ、うううぅ……っ」
全身の肉が、骨が、激しく軋んだ。
後で反動が来るだろうが、どのみちこの場で倒せなければ、ルカも、他の冒険者や兵たちも全滅だ。
「まだ加速できる……だと……!?」
「これなら──」
ルカは痛みを無視して斬撃を繰り出した。
魔将の剣をかいくぐるようにして、甲冑の胴体部に一撃を浴びせる。
「……くっ」
青い血が、散る。
先ほどの一斉爆撃を受けてなお無傷だった防御力も、それを上回る威力の斬撃を叩きこめば切り裂けるのだ。
さらに二撃、三撃──。
ルカの斬速は、ガイラスヴリムのそれをわずかに上回り、腕を、足を、胸を、胴を──次々と斬りつけていく。
挟み撃ちのために移動しているサロメたちが来るにももう少し時間がかかるだろう。
本当ならドクラティオが防御魔法で魔将を足止めするつもりだったのだが、ガイラスヴリムの攻撃力はこちらの想定をさらに超えていた。
守勢に回れば押し切られる。
攻めあるのみ。
挟み撃ちの準備が整うまで待っていたら、その前にこちらの部隊は全滅する──。
「なんだ、これは……残像……!?」
ガイラスヴリムの声に戸惑いの色が混じった。
言葉通り、ルカが動いた後には彼女の姿がわずかな時間、残っていた。
分身に限りなく近い、残像だ。
しかもその数が、一つ、また一つと増えていく。
「どこまでもスピードが上がっていく……馬鹿な……!?」
魔将の斬撃はルカに当たらない。
当たったように見えても、それは彼女の残像。
本体にはかすりもしない。
縦横に振り回される赤い巨剣を避けながら、ルカはガイラスヴリムに斬りつけた。
斬り続けた。
避けては、斬る。
斬っては、避ける。
一撃一撃はそれほどのダメージではないが、蓄積すれば少しずつでもガイラスヴリムの体力を奪えるはずだ。
そして、隙ができた瞬間に首を刎ねるなり、心臓を突き刺すなり、致命的な箇所に攻撃を加える。
ルカは
やがて、魔将の動きがわずかに鈍る。
(このまま押しきる)
ルカは一気に加速し、加速し、加速し、加速し──、
「絶技、
最高速へと到達する。
生み出された残像分身の数は、全部で十六。
「これは亜光速の動き……! まさか人間ごときがここまで……」
さすがのガイラスヴリムも驚きの声を上げる。
「これが最終形『
分身と本体──合わせて十七人のルカが、同時に、そして静かに告げた。
「終わりね、ガイラスヴリム」
十七方向から放たれた最速最強の一撃が、黒き魔将に叩きつけられる。
青い鮮血が、盛大に散った。
※ ※ ※
「面白かった」と思っていただけましたら、「いいね」や「作品お気に入り」を押していただけると励みになります(*´∀`*)