7 「理由なんてない」
文字数 2,832文字
クラスS冒険者ならば、大国への仕官も望むままだ。
他にも膨大な富や権力、名声などが自然とついてくる。
だが、ルドルフはそのどれにも興味がなかった。
彼が冒険者として望むのは、強敵との戦いのみ。
己の力を存分に振るい、敵を破壊することのみ。
シンプルな──ただそれだけの理由で彼は冒険者を続けている。
大規模クエストに参加したのも、強大な魔の者との戦いを求めてのことだ。
だが、今はそれ以上の存在──ハルトに執心していた。
絶対の自信を持っていた己の攻撃を、破壊力を、彼は完封してみせた。
屈辱だった。
絶対に晴らさなければならない。
とはいえ、普通の状況では、彼は自分とは戦わないだろう。
どうすれば、ハルトと再戦できるのか……。
そう思案していたところで、彼の知り合いらしき男が来た。
人質に使ってみるか、とふと考えた。
ハルトなら──あの性格の甘い少年ならば、効果はありそうだ。
彼の怒りを引き出し、本気の戦いを仕掛ける。
考えただけでゾクゾクした。
噂によれば、彼は伝説の魔将の攻撃すら完封したという。
その無敵の防御を自分の攻撃で打ち破る──。
「……どういうつもりだ」
一瞬の後、ジャックは数メティルほど前方に出現していた。
まるで瞬間移動だ。
「なんだと……!?」
ルドルフはわずかに眉を寄せる。
隙を見せたつもりはなかった。
ジャックは今、ルドルフの反射神経をも超えるすさまじいスピードでバックステップし、こちらの攻撃射程圏から離れてみせたのだ。
人間離れした速力だった。
「何者だ、貴様は」
ルドルフはあらためてジャックを見据える。
なんの変哲もない中年男から、不思議な気配が漂っていた。
しかも、彼がまとう気配はどことなくハルトに似ている。
強烈な威圧感と、荘厳な神々しさ。
その二つを兼ね備えたオーラが、彼の全身から立ち上っていた。
「名のある戦士なのか」
「俺はただの運送会社勤務だ」
ジャックの言葉に、ルドルフはふたたび眉を寄せた。
すさまじいまでの運動能力。
そして、それに似合わぬ素人のような構え方。
(武術の類ではない。魔法の気配もない。ならば、こいつの『力』はなんだ……?)
「興が乗ってきたぞ」
ルドルフは口の端を吊り上げて笑った。
「人質程度に考えていた者が、まさか奴と同じ匂いのする猛者だとは」
天をも砕く槍──自らが『天槍 』と名付けた奥義を持ってすら、傷一つ与えることができなかった少年冒険者の。
ルドルフに屈辱の敗北を与えた、あのハルト・リーヴァと同じ気配を感じ取り、喜悦が込み上げる。
「奴に借りを返す前に、貴様で試させてもらう」
「どういうことだ。俺はあんたと戦う理由なんてない」
戸惑ったような彼──ジャック・ジャーセにルドルフは笑った。
「貴様になくても、私にはある。戦士としての矜持と、破壊者としての本能だ!」
吠えて、槍を繰り出すルドルフ。
すでにイメージを収束し、『因子』の力を引き出し始めたその一撃は、先ほどに倍する速度を備えていた。
だが──当たらない。
ジャックはやすやすと避けてみせる。
信じられないほどのスピードと反射神経だった。
「……なるほど。あんたは、ただ戦いたいだけなんだな。人を守るとか、使命感とかそういうのじゃなしに」
ジャックが苦々しげな顔でうめいた。
「力を振るうことに酔いしれている──そういうことなんだな?」
「当然だ。私や貴様のように人を超えた力を持つ意味とは──それを振るうこと。他に何がある」
ルドルフは槍を手に突進する。
喜悦の笑みがこぼれるのを止められない。
超常の力──『因子』。
その力をぶつけるのに値する相手に出会えた喜び。
その力で破壊する対象を得られた悦び。
ルドルフは歓喜に包まれながらジャックに打ちかかった。
「ただの破壊者、か」
ジャックは悲しげにつぶやき、槍撃をかわす。
「いつまでも避けられると思うな!」
吠えてルドルフはさらに踏みこんだ。
巧みなフェイントを織り交ぜ、単純な反射神経では絶対に避けられない複雑な軌道を描いた連撃を繰り出す。
だが、まったく当たらない。
明らかに戦闘の素人であるこの男は──反射神経のみで避けているのだ。
「人間離れした反射速度だな。なら、これでどうだ……!」
ルドルフは右手一本で槍を繰り出しつつ、懐からナイフを放った。
「……くっ」
ノーモンションで放った飛び道具に、しかしジャックは超反応で避ける。
とはいえ、体勢が崩れるのは避けられない。
「もらった!」
ルドルフが狙いすました槍の一撃を放った。
がきん、と金属音がして、弾き返される。
「なんだ、それは……!?」
ルドルフは眉をひそめた。
ジャックの腕が腕甲 を連想させる青黒い何かに覆われている。
いや、腕だけではない。
青黒い何かは甲冑のように彼の全身を包み、さらに顔の部分は狼のような形をした仮面に覆われる。
異形の、獣戦士。
「獣人ではない。魔法でもない。一体、貴様は──」
「俺はただ普通に暮らせれば、それでいいんだ」
ジャックが狼の仮面からうめき声をもらした。
「それを邪魔する奴は排除するしかない。そうだ、俺は──」
赤い眼光が、ルドルフを捕える。
「っ……!」
背筋に電流のような痺れが走った。
強敵を前にした緊張と──かすかな恐怖感が同時に湧く。
久しく覚えたことのない感覚だった。
「面白い! 面白いぞ、ジャック・ジャーセ!」
ルドルフの喜びは最高潮に達した。
自分を恐怖させるほどの者と相対できることは、彼にとって至上の幸せだ。
と、
「あくまでも戦うつもりなら、俺はあんたを──」
ジャックの声音が変わる。
「壊す……殺す……コロス……」
ぼこっ、ぼこっ、と青黒い甲冑の各所が内側から爆発するように盛り上がった。
「これは──」
異形の戦士が、さらなる何かに変じようとしている。
「すべてを壊すものを、俺は壊す。俺の日常を邪魔する奴を……平和を、幸せを守るために、壊す……すべてを……」
ジャックの全身がまばゆい赤光を発し、その姿が変わっていく。
異形の獣戦士から、さらなる異形へと。
背から翼が伸び、狼を模した仮面は竜のそれへと変わった。
腰から生えた尾が地面を叩き、深い亀裂を作り出す。
ほとばしるエネルギーが赤いオーラとなり、ジャックの全身を覆った。
「これは……!?」
ルドルフが驚きの声をもらす。
「──死ね」
異形の竜戦士が冷ややかに言い放った。
他にも膨大な富や権力、名声などが自然とついてくる。
だが、ルドルフはそのどれにも興味がなかった。
彼が冒険者として望むのは、強敵との戦いのみ。
己の力を存分に振るい、敵を破壊することのみ。
シンプルな──ただそれだけの理由で彼は冒険者を続けている。
大規模クエストに参加したのも、強大な魔の者との戦いを求めてのことだ。
だが、今はそれ以上の存在──ハルトに執心していた。
絶対の自信を持っていた己の攻撃を、破壊力を、彼は完封してみせた。
屈辱だった。
絶対に晴らさなければならない。
とはいえ、普通の状況では、彼は自分とは戦わないだろう。
どうすれば、ハルトと再戦できるのか……。
そう思案していたところで、彼の知り合いらしき男が来た。
人質に使ってみるか、とふと考えた。
ハルトなら──あの性格の甘い少年ならば、効果はありそうだ。
彼の怒りを引き出し、本気の戦いを仕掛ける。
考えただけでゾクゾクした。
噂によれば、彼は伝説の魔将の攻撃すら完封したという。
その無敵の防御を自分の攻撃で打ち破る──。
「……どういうつもりだ」
一瞬の後、ジャックは数メティルほど前方に出現していた。
まるで瞬間移動だ。
「なんだと……!?」
ルドルフはわずかに眉を寄せる。
隙を見せたつもりはなかった。
ジャックは今、ルドルフの反射神経をも超えるすさまじいスピードでバックステップし、こちらの攻撃射程圏から離れてみせたのだ。
人間離れした速力だった。
「何者だ、貴様は」
ルドルフはあらためてジャックを見据える。
なんの変哲もない中年男から、不思議な気配が漂っていた。
しかも、彼がまとう気配はどことなくハルトに似ている。
強烈な威圧感と、荘厳な神々しさ。
その二つを兼ね備えたオーラが、彼の全身から立ち上っていた。
「名のある戦士なのか」
「俺はただの運送会社勤務だ」
ジャックの言葉に、ルドルフはふたたび眉を寄せた。
すさまじいまでの運動能力。
そして、それに似合わぬ素人のような構え方。
(武術の類ではない。魔法の気配もない。ならば、こいつの『力』はなんだ……?)
「興が乗ってきたぞ」
ルドルフは口の端を吊り上げて笑った。
「人質程度に考えていた者が、まさか奴と同じ匂いのする猛者だとは」
天をも砕く槍──自らが『
ルドルフに屈辱の敗北を与えた、あのハルト・リーヴァと同じ気配を感じ取り、喜悦が込み上げる。
「奴に借りを返す前に、貴様で試させてもらう」
「どういうことだ。俺はあんたと戦う理由なんてない」
戸惑ったような彼──ジャック・ジャーセにルドルフは笑った。
「貴様になくても、私にはある。戦士としての矜持と、破壊者としての本能だ!」
吠えて、槍を繰り出すルドルフ。
すでにイメージを収束し、『因子』の力を引き出し始めたその一撃は、先ほどに倍する速度を備えていた。
だが──当たらない。
ジャックはやすやすと避けてみせる。
信じられないほどのスピードと反射神経だった。
「……なるほど。あんたは、ただ戦いたいだけなんだな。人を守るとか、使命感とかそういうのじゃなしに」
ジャックが苦々しげな顔でうめいた。
「力を振るうことに酔いしれている──そういうことなんだな?」
「当然だ。私や貴様のように人を超えた力を持つ意味とは──それを振るうこと。他に何がある」
ルドルフは槍を手に突進する。
喜悦の笑みがこぼれるのを止められない。
超常の力──『因子』。
その力をぶつけるのに値する相手に出会えた喜び。
その力で破壊する対象を得られた悦び。
ルドルフは歓喜に包まれながらジャックに打ちかかった。
「ただの破壊者、か」
ジャックは悲しげにつぶやき、槍撃をかわす。
「いつまでも避けられると思うな!」
吠えてルドルフはさらに踏みこんだ。
巧みなフェイントを織り交ぜ、単純な反射神経では絶対に避けられない複雑な軌道を描いた連撃を繰り出す。
だが、まったく当たらない。
明らかに戦闘の素人であるこの男は──反射神経のみで避けているのだ。
「人間離れした反射速度だな。なら、これでどうだ……!」
ルドルフは右手一本で槍を繰り出しつつ、懐からナイフを放った。
「……くっ」
ノーモンションで放った飛び道具に、しかしジャックは超反応で避ける。
とはいえ、体勢が崩れるのは避けられない。
「もらった!」
ルドルフが狙いすました槍の一撃を放った。
がきん、と金属音がして、弾き返される。
「なんだ、それは……!?」
ルドルフは眉をひそめた。
ジャックの腕が
いや、腕だけではない。
青黒い何かは甲冑のように彼の全身を包み、さらに顔の部分は狼のような形をした仮面に覆われる。
異形の、獣戦士。
「獣人ではない。魔法でもない。一体、貴様は──」
「俺はただ普通に暮らせれば、それでいいんだ」
ジャックが狼の仮面からうめき声をもらした。
「それを邪魔する奴は排除するしかない。そうだ、俺は──」
赤い眼光が、ルドルフを捕える。
「っ……!」
背筋に電流のような痺れが走った。
強敵を前にした緊張と──かすかな恐怖感が同時に湧く。
久しく覚えたことのない感覚だった。
「面白い! 面白いぞ、ジャック・ジャーセ!」
ルドルフの喜びは最高潮に達した。
自分を恐怖させるほどの者と相対できることは、彼にとって至上の幸せだ。
と、
「あくまでも戦うつもりなら、俺はあんたを──」
ジャックの声音が変わる。
「壊す……殺す……コロス……」
ぼこっ、ぼこっ、と青黒い甲冑の各所が内側から爆発するように盛り上がった。
「これは──」
異形の戦士が、さらなる何かに変じようとしている。
「すべてを壊すものを、俺は壊す。俺の日常を邪魔する奴を……平和を、幸せを守るために、壊す……すべてを……」
ジャックの全身がまばゆい赤光を発し、その姿が変わっていく。
異形の獣戦士から、さらなる異形へと。
背から翼が伸び、狼を模した仮面は竜のそれへと変わった。
腰から生えた尾が地面を叩き、深い亀裂を作り出す。
ほとばしるエネルギーが赤いオーラとなり、ジャックの全身を覆った。
「これは……!?」
ルドルフが驚きの声をもらす。
「──死ね」
異形の竜戦士が冷ややかに言い放った。