4 「お前も」
文字数 2,700文字
それは──あまりにも突然で、あまりにも唐突な殺人だった。
殺された冒険者の男を、俺は呆然と見つめる。
「どう見ても言いがかりじゃねーか。殺していいよな?」
また、さっきの声が響いた。
「殺意装填 」
どこだ!?
一体、どこから──。
「具象決殺 」
次の瞬間、またもや何もない空間に現れる赤い光球。
空中を滑るように進んだ光球が、冒険者の一人に向かっていく。
「こ、このっ!」
冒険者は剣を抜いて光球を叩き落そうとした。
だが光球は剣の刀身をすり抜け、そのまま彼の胸に吸いこまれる。
「ぐ……あ……」
苦悶の表情を浮かべる男。
たちまちそいつも、さっきの男と同様に倒れ──息絶えた。
さらに、
「殺意装填 ──」
お、おい、またなのか!?
新たな赤い光球が、次の男に向かう。
「く、くそぉっ!」
そいつは魔法使いらしく、攻撃呪文で光球を迎撃した。
だけど光球はその呪文をすり抜け、そのまま彼に命中する。
また一人が殺された。
剣でも、魔法でも、止められない。
「ひ、ひいっ……!」
最後の一人は恐怖に顔を引きつらせ、逃げようとする。
「助け──」
命乞いも空しく、続けて現れた四つ目の光球によって彼も犠牲になった。
時間にして、わずか数分。
リリスたちに因縁をつけてきた冒険者たちは全員が倒れていた。
全員が、死んでいた。
確かに嫌な連中だったけど……。
だからって、目の前で殺されてしまったのは、さすがにショックだった。
「ど、どうなっているの、これは!?」
「ひどい……」
リリスとアリスが青ざめた顔で周囲を見回す。
「まさか、これは──」
メリエルが険しい顔でつぶやく。
俺も犯人の姿を確かめようと、周りを見た。
冒険者や通行人の野次馬はさらに増え、人だかりになっていた。
そのうちの一人と目があった。
すらりとした細身の男だ。
逆立った赤い髪に、涼しげな目元。
その顔立ちは、やや造形が荒くて野性的な印象ながら、十分に美男子と呼べるものだった。
「なん……だ……こいつ……!?」
喉がからからに乾く。
目が合ったけで全身に悪寒が走ったのだ。
そう、さっきも一度覚えた、妙な悪寒だった。
俺を見据える双眸──その右の瞳に赤い何かが灯っていることに気づく。
「あれは──!?」
俺は小さな声でうめいた。
燃えさかる炎を意匠化したような、紋様。
ふいに、全身が燃えるような熱感が湧きあがった。
気力が、体力が、強烈に活性化するような感覚だ。
何かが──俺の中に宿るものが、あいつに共鳴しているような。
──来い。
男が視線でそう告げた気がした。
そいつは、野次馬から離れると、足早に去っていく。
「ま、待て──」
俺はほとんど本能的に追いかけた。
「ちょっと、ハルト! どこ行くのよ!」
慌てたようなリリスに答える余裕もなく、俺は走る。
やがて人影は路地裏に入っていった。
俺もそれに続き──、
「よう」
立っていたのは、さっきの男だった。
「テメェも持ってるんだろ、あの力を」
と、口の端を歪めて笑う。
顔立ちが整っているせいか、やけに軽薄そうに見える笑顔だった。
「テメェが冒険者を吹っ飛ばしたときに見えたんだよ。神の紋章 が」
俺がスキルを発動するときに浮かび上がる、天使の紋様のことを言ってるんだろうか。
「ん、さっきから黙ったままだな。無口なのか? それとも、スキルのことはおおっぴらに話せない、って思ってるのか? 心配するな」
男はニヤニヤと笑ったまま、
「ここにいるのは俺様とテメェだけ。こいつは推測だが、スキル持ち同士なら──話しても体にダメージは負わない」
「じゃあ、お前も神のスキルを……」
ごくりと喉が鳴った。
実際に今、神のスキルのことを口走ったけど、前みたいに体が苦しくなったりはしない。
「やっぱり……な。じゃあ、遠慮なく話せるか」
男は笑みを強めた。
右の瞳に、さっきと同じく赤い紋様が輝く。
「せっかく会えたんだ。親睦を深めようじゃねーか。俺様はグレゴリオ・ラーヴァ。王都にはこの間来たばかりで求職中だ」
「ハルト・リーヴァ。冒険者をやってる」
男が名乗ったので、俺も名乗り返す。
込み上げる緊張で、声が上ずってしまった。
「ああ、さっきのやり取りを見てたから、職業は分かってる。今をときめく冒険者様とは羨ましいかぎりだ。俺様なんてマイルズシティから王都まではるばる職を探しに来たんだぜ? あっちで色々あってよ、ははは」
グレゴリオは何が楽しいのか、さっきからニヤニヤしっぱなしだ。
「まあ、せっかくこうして出会えたんだ。仲良くしようや、ハルト」
正直言うと、本能的な嫌悪感が先立っていた。
「今日から俺様たちは友だちだ」
友だちって言われてもな。
そもそも、さっきの冒険者たちを皆殺しにしておいて、グレゴリオは平然としている。
とても仲良くしたくなる相手じゃない。
「──殺意装填 」
「えっ……?」
グレゴリオの瞳に、ふたたび赤い紋様が浮かぶ。
突然のことに一瞬、思考が停止した。
こいつ、いきなり何を──。
『それはそうと……最近、王都で通り魔事件が急増しているそうですね』
『少し前は、王都近くのマイルズシティでも同じように行方不明者が多かったとか』
リリスたちとの会話をふいに思い出した。
同時に、さっきのグレゴリオの言葉も。
『俺なんてマイルズシティから王都まではるばる職を探しに来たんだぜ? あっちで色々あってよ、ははは』
二つの会話から働く連想が、一つの答えを導き出す。
こいつは、まさか──。
「具象決殺 」
前方に現れた赤い光球が俺に向かってくる。
触れるだけで冒険者たちを殺した、『死』のスキルが。
「で、友だちになったばかりで残念だがサヨナラだ」
グレゴリオは、楽しげに笑っていた。
こんなにも平然と。
こんなにも自然と。
こんなにも冷然と。
容赦なく。
遠慮なく。
躊躇なく。
人を、殺すことができる奴なのか──。
「弾けっ!」
俺は反射的に叫ぶ。
出現した極彩色の輝きが、赤い光球を弾き返した。
殺された冒険者の男を、俺は呆然と見つめる。
「どう見ても言いがかりじゃねーか。殺していいよな?」
また、さっきの声が響いた。
「
どこだ!?
一体、どこから──。
「
次の瞬間、またもや何もない空間に現れる赤い光球。
空中を滑るように進んだ光球が、冒険者の一人に向かっていく。
「こ、このっ!」
冒険者は剣を抜いて光球を叩き落そうとした。
だが光球は剣の刀身をすり抜け、そのまま彼の胸に吸いこまれる。
「ぐ……あ……」
苦悶の表情を浮かべる男。
たちまちそいつも、さっきの男と同様に倒れ──息絶えた。
さらに、
「
お、おい、またなのか!?
新たな赤い光球が、次の男に向かう。
「く、くそぉっ!」
そいつは魔法使いらしく、攻撃呪文で光球を迎撃した。
だけど光球はその呪文をすり抜け、そのまま彼に命中する。
また一人が殺された。
剣でも、魔法でも、止められない。
「ひ、ひいっ……!」
最後の一人は恐怖に顔を引きつらせ、逃げようとする。
「助け──」
命乞いも空しく、続けて現れた四つ目の光球によって彼も犠牲になった。
時間にして、わずか数分。
リリスたちに因縁をつけてきた冒険者たちは全員が倒れていた。
全員が、死んでいた。
確かに嫌な連中だったけど……。
だからって、目の前で殺されてしまったのは、さすがにショックだった。
「ど、どうなっているの、これは!?」
「ひどい……」
リリスとアリスが青ざめた顔で周囲を見回す。
「まさか、これは──」
メリエルが険しい顔でつぶやく。
俺も犯人の姿を確かめようと、周りを見た。
冒険者や通行人の野次馬はさらに増え、人だかりになっていた。
そのうちの一人と目があった。
すらりとした細身の男だ。
逆立った赤い髪に、涼しげな目元。
その顔立ちは、やや造形が荒くて野性的な印象ながら、十分に美男子と呼べるものだった。
「なん……だ……こいつ……!?」
喉がからからに乾く。
目が合ったけで全身に悪寒が走ったのだ。
そう、さっきも一度覚えた、妙な悪寒だった。
俺を見据える双眸──その右の瞳に赤い何かが灯っていることに気づく。
「あれは──!?」
俺は小さな声でうめいた。
燃えさかる炎を意匠化したような、紋様。
ふいに、全身が燃えるような熱感が湧きあがった。
気力が、体力が、強烈に活性化するような感覚だ。
何かが──俺の中に宿るものが、あいつに共鳴しているような。
──来い。
男が視線でそう告げた気がした。
そいつは、野次馬から離れると、足早に去っていく。
「ま、待て──」
俺はほとんど本能的に追いかけた。
「ちょっと、ハルト! どこ行くのよ!」
慌てたようなリリスに答える余裕もなく、俺は走る。
やがて人影は路地裏に入っていった。
俺もそれに続き──、
「よう」
立っていたのは、さっきの男だった。
「テメェも持ってるんだろ、あの力を」
と、口の端を歪めて笑う。
顔立ちが整っているせいか、やけに軽薄そうに見える笑顔だった。
「テメェが冒険者を吹っ飛ばしたときに見えたんだよ。神の
俺がスキルを発動するときに浮かび上がる、天使の紋様のことを言ってるんだろうか。
「ん、さっきから黙ったままだな。無口なのか? それとも、スキルのことはおおっぴらに話せない、って思ってるのか? 心配するな」
男はニヤニヤと笑ったまま、
「ここにいるのは俺様とテメェだけ。こいつは推測だが、スキル持ち同士なら──話しても体にダメージは負わない」
「じゃあ、お前も神のスキルを……」
ごくりと喉が鳴った。
実際に今、神のスキルのことを口走ったけど、前みたいに体が苦しくなったりはしない。
「やっぱり……な。じゃあ、遠慮なく話せるか」
男は笑みを強めた。
右の瞳に、さっきと同じく赤い紋様が輝く。
「せっかく会えたんだ。親睦を深めようじゃねーか。俺様はグレゴリオ・ラーヴァ。王都にはこの間来たばかりで求職中だ」
「ハルト・リーヴァ。冒険者をやってる」
男が名乗ったので、俺も名乗り返す。
込み上げる緊張で、声が上ずってしまった。
「ああ、さっきのやり取りを見てたから、職業は分かってる。今をときめく冒険者様とは羨ましいかぎりだ。俺様なんてマイルズシティから王都まではるばる職を探しに来たんだぜ? あっちで色々あってよ、ははは」
グレゴリオは何が楽しいのか、さっきからニヤニヤしっぱなしだ。
「まあ、せっかくこうして出会えたんだ。仲良くしようや、ハルト」
正直言うと、本能的な嫌悪感が先立っていた。
「今日から俺様たちは友だちだ」
友だちって言われてもな。
そもそも、さっきの冒険者たちを皆殺しにしておいて、グレゴリオは平然としている。
とても仲良くしたくなる相手じゃない。
「──
「えっ……?」
グレゴリオの瞳に、ふたたび赤い紋様が浮かぶ。
突然のことに一瞬、思考が停止した。
こいつ、いきなり何を──。
『それはそうと……最近、王都で通り魔事件が急増しているそうですね』
『少し前は、王都近くのマイルズシティでも同じように行方不明者が多かったとか』
リリスたちとの会話をふいに思い出した。
同時に、さっきのグレゴリオの言葉も。
『俺なんてマイルズシティから王都まではるばる職を探しに来たんだぜ? あっちで色々あってよ、ははは』
二つの会話から働く連想が、一つの答えを導き出す。
こいつは、まさか──。
「
前方に現れた赤い光球が俺に向かってくる。
触れるだけで冒険者たちを殺した、『死』のスキルが。
「で、友だちになったばかりで残念だがサヨナラだ」
グレゴリオは、楽しげに笑っていた。
こんなにも平然と。
こんなにも自然と。
こんなにも冷然と。
容赦なく。
遠慮なく。
躊躇なく。
人を、殺すことができる奴なのか──。
「弾けっ!」
俺は反射的に叫ぶ。
出現した極彩色の輝きが、赤い光球を弾き返した。