8 「真の魔将」
文字数 2,272文字
ゴスロリドレスの少女。
岩石の巨人。
黒ずくめの死神少年。
俺は三人の魔将と対峙していた。
さっきみたいに俺じゃなくリリスやアリスを狙ってくるかもしれないから、そっちへの注意も逸らさないようにする。
魔将たちも攻めあぐねているのか、俺を見据えたまま微動だにしない。
不気味な沈黙が異空間に流れた。
──俺はあらためて状況を確認する。
まず、防御面は問題ないはずだ。
俺も、そしてリリスとアリスにも、それぞれ護りの障壁 を『重ね掛け』している。
時間差で張った二つのスキルがあるかぎり、弱点である効果時間切れを突かれることはない。
「問題は……攻撃面か」
つぶやく俺。
こちらからできる攻撃は、主に『相手の攻撃の反射』だ。
だから、魔将から攻撃してこないかぎり、俺には何もできない。
このまま時間が過ぎるのを待てば、異空間自体が消えて、魔将たちも去っていくんだろうか。
その前に、俺の集中力が途切れ、防御スキルが甘くなり──そこを突いてくるつもりだろうか。
俺は緊張を切らさず、魔将たちの動きを注視する。
そのとき──ふいに、轟音が響き渡った。
「なんだ……!?」
メリエルでもビクティムでもザレアでもない。
魔将がまだいるのか!?
俺の緊張感はさらに高まり、
「いや、これは──」
その緊張はすぐに解けた。
この感じは、違う。
敵じゃない。
もっと温かな気配だ。
次の瞬間、轟音がもう一発。
続いて破砕音が響く。
空間の一部が割れ、青黒いシルエットが現れた。
「また会ったな……ハルト」
狼の顔を思わせる仮面。
全身を覆う甲冑。
長大な尾。
獣騎士ともいうべき、その人物は──、
「ジャックさん……!?」
※
魔王の眼前に、戦いの光景が映し出されていた。
魔王が自らが作り出した異空間での、魔将たちと護りの女神 の力を持つ者との戦い──。
メリエルの魔法も。
ビクティムの巨大な拳も。
ザレアの鎌も。
そのことごとくが、ハルトの生み出した虹色の障壁に跳ね返される。
傷一つ負わせることさえ、できない。
まさしく絶対防御。
まさしく不可侵──。
「さすがに神の力を持つ者……魔将といえど、簡単にはいかんな」
魔王がうなる。
その視線が前方に向けられた。
「汝のほうはどうだ、イオ。進展はあったか?」
かつ、かつ、と足音が響き、スラリとしたシルエットが進み出る。
流麗な黒髪をツーサイドアップにした十代半ばくらいの少女。
もちろん、彼女も魔族だから外見通りの年齢ではないが。
その瞳は右目が赤、そして左目は──まばゆい金色だった。
「天翼の女神 の力を持つ者──バネッサ・ミレットはすでにその素性も所在も突き止めています。もう一人は行方が分からず調査中です」
イオと呼ばれた黒髪の美少女は玉座の前まで来ると、事務的な口調で告げた。
怜悧な美貌には、感情の類がまったく浮かんでいない。
まるで人形のようだ。
「ほう、そこまで進んでいたか」
「地と風の王神 の力を持つ者──セフィリア・リゼ。その二人を我らが手中に収めれば」
「いよいよ、始められるな。神と魔の大戦を──」
魔王が感慨深げにつぶやいた。
「神の力を持つ者を相手に、魔将を何人も失ってしまったが」
「わたしがいます、魔王様」
イオが無表情のまま、だがその声音にわずかな熱を込めて言った。
「他の魔将などしょせんは手駒。神との戦いにおける決定打にはなり得ません。ですが、わたしは違います」
「……そうだな」
「わたしこそが──真の魔将。魔王様に忠実に従い、その意志を確実に実行する。魔界でただ一人の」
イオの言葉にみなぎる強烈な誇りと自負に、魔王は満足げにうなずいた。
「汝さえいれば、すべては事足りるだろう」
他の五人の魔将はしょせん替えの利く駒。
魔王にとって、真の腹心と呼べるのは彼女だけだ。
「これから始まる戦いでは、大いに働いてもらうとしよう。期待しているぞ、イオ」
「必ずやご期待に応えてみせましょう、魔王様──いえ」
無表情だったイオの顔に、初めて微笑みが浮かんだ。
「お父様」
魔将としてではなく。
父に対する娘としての、穏やかな笑顔。
可愛い娘にうなずき返したところで、魔王はわずかに眉をひそめた。
「──むっ!?」
新たな気配を察知したのだ。
異空間に強大な力を持つ者が近づいている。
外からは入れないはずの隔絶された空間。
それを力任せの拳打で打ち砕き、侵入する。
青黒い甲冑をまとった騎士──。
いや、獣騎士だ。
「戦神 の気配……神の力を持つ者がもう一人、か」
だが、少し妙だった。
新たに現れた獣騎士は、何か不安定なものを感じる。
強大な力が澱んでいるような、あるいは──。
「わたしも出ましょうか、魔王様?」
イオが進み出る。
「『冥天門 』の力をもってすれば、たとえ神の力が相手でも──」
「いや、汝の力は軽々しく振るってはならぬ」
魔王は首を振った。
「ここは他の魔将たちに任せよ。勝てばよし。たとえ敗れても、それもまたよし──」
岩石の巨人。
黒ずくめの死神少年。
俺は三人の魔将と対峙していた。
さっきみたいに俺じゃなくリリスやアリスを狙ってくるかもしれないから、そっちへの注意も逸らさないようにする。
魔将たちも攻めあぐねているのか、俺を見据えたまま微動だにしない。
不気味な沈黙が異空間に流れた。
──俺はあらためて状況を確認する。
まず、防御面は問題ないはずだ。
俺も、そしてリリスとアリスにも、それぞれ
時間差で張った二つのスキルがあるかぎり、弱点である効果時間切れを突かれることはない。
「問題は……攻撃面か」
つぶやく俺。
こちらからできる攻撃は、主に『相手の攻撃の反射』だ。
だから、魔将から攻撃してこないかぎり、俺には何もできない。
このまま時間が過ぎるのを待てば、異空間自体が消えて、魔将たちも去っていくんだろうか。
その前に、俺の集中力が途切れ、防御スキルが甘くなり──そこを突いてくるつもりだろうか。
俺は緊張を切らさず、魔将たちの動きを注視する。
そのとき──ふいに、轟音が響き渡った。
「なんだ……!?」
メリエルでもビクティムでもザレアでもない。
魔将がまだいるのか!?
俺の緊張感はさらに高まり、
「いや、これは──」
その緊張はすぐに解けた。
この感じは、違う。
敵じゃない。
もっと温かな気配だ。
次の瞬間、轟音がもう一発。
続いて破砕音が響く。
空間の一部が割れ、青黒いシルエットが現れた。
「また会ったな……ハルト」
狼の顔を思わせる仮面。
全身を覆う甲冑。
長大な尾。
獣騎士ともいうべき、その人物は──、
「ジャックさん……!?」
※
魔王の眼前に、戦いの光景が映し出されていた。
魔王が自らが作り出した異空間での、魔将たちと
メリエルの魔法も。
ビクティムの巨大な拳も。
ザレアの鎌も。
そのことごとくが、ハルトの生み出した虹色の障壁に跳ね返される。
傷一つ負わせることさえ、できない。
まさしく絶対防御。
まさしく不可侵──。
「さすがに神の力を持つ者……魔将といえど、簡単にはいかんな」
魔王がうなる。
その視線が前方に向けられた。
「汝のほうはどうだ、イオ。進展はあったか?」
かつ、かつ、と足音が響き、スラリとしたシルエットが進み出る。
流麗な黒髪をツーサイドアップにした十代半ばくらいの少女。
もちろん、彼女も魔族だから外見通りの年齢ではないが。
その瞳は右目が赤、そして左目は──まばゆい金色だった。
「
イオと呼ばれた黒髪の美少女は玉座の前まで来ると、事務的な口調で告げた。
怜悧な美貌には、感情の類がまったく浮かんでいない。
まるで人形のようだ。
「ほう、そこまで進んでいたか」
「
「いよいよ、始められるな。神と魔の大戦を──」
魔王が感慨深げにつぶやいた。
「神の力を持つ者を相手に、魔将を何人も失ってしまったが」
「わたしがいます、魔王様」
イオが無表情のまま、だがその声音にわずかな熱を込めて言った。
「他の魔将などしょせんは手駒。神との戦いにおける決定打にはなり得ません。ですが、わたしは違います」
「……そうだな」
「わたしこそが──真の魔将。魔王様に忠実に従い、その意志を確実に実行する。魔界でただ一人の」
イオの言葉にみなぎる強烈な誇りと自負に、魔王は満足げにうなずいた。
「汝さえいれば、すべては事足りるだろう」
他の五人の魔将はしょせん替えの利く駒。
魔王にとって、真の腹心と呼べるのは彼女だけだ。
「これから始まる戦いでは、大いに働いてもらうとしよう。期待しているぞ、イオ」
「必ずやご期待に応えてみせましょう、魔王様──いえ」
無表情だったイオの顔に、初めて微笑みが浮かんだ。
「お父様」
魔将としてではなく。
父に対する娘としての、穏やかな笑顔。
可愛い娘にうなずき返したところで、魔王はわずかに眉をひそめた。
「──むっ!?」
新たな気配を察知したのだ。
異空間に強大な力を持つ者が近づいている。
外からは入れないはずの隔絶された空間。
それを力任せの拳打で打ち砕き、侵入する。
青黒い甲冑をまとった騎士──。
いや、獣騎士だ。
「
だが、少し妙だった。
新たに現れた獣騎士は、何か不安定なものを感じる。
強大な力が澱んでいるような、あるいは──。
「わたしも出ましょうか、魔王様?」
イオが進み出る。
「『
「いや、汝の力は軽々しく振るってはならぬ」
魔王は首を振った。
「ここは他の魔将たちに任せよ。勝てばよし。たとえ敗れても、それもまたよし──」