5 「あたしたちの実家よ」
文字数 2,582文字
「リリスの家に、俺が……?」
俺は戸惑い混じりにつぶやいた。
一緒にいるサロメやアリスも、俺とリリスを交互に見つめている。
『今度の週末、よかったら家に来てほしいの』
今日ギルドで出会ったリリスに突然そう言われたのだ。
貴族の家に招待されるなんて、もちろん生まれて初めてのことである。
「へえ、それって親に紹介するってこと?」
サロメがニヤニヤ顔で俺とリリスを交互に見た。
「いつの間にそんな関係になったのかなー?」
「えっ!? あ、い、いえ、ち、違っ、あの、そのっ……だから、そういう意味じゃないのっ、あわわわ……」
リリスはたちまち真っ赤になった。
「そういう意味って?」
キョトンとする俺。
一体、なんの話だろう。
「だから、結婚とかそういうの、まだ早いしっ。そもそもハルトがあたしをどう思っているのかも分からないし、気になるし、でもあのっ」
「はいはい、ちょっと落ち着こうね」
サロメは苦笑交じりにリリスを軽く抱きしめた。
「……サロメが変なこと言うからじゃない、もう」
「大胆だなーって思って」
リリスを抱きしめたまま、くすくす笑うサロメ。
「それに『まだ早い』ってことは、ちょっとは意識してるんだよねー?」
「サロメっ……」
リリスはさらに顔を赤くした。
耳元や首筋まで真っ赤だ。
と、
「あら、サロメさんはそれでいいんですか?」
今度はアリスが意味ありげに微笑む。
「うかうかしてると、ハルトさんを取られちゃいますよ?」
「なっ!?」
サロメの表情が固まる。
「内心では焦ったんじゃないですか? 先を越された、って」
「ボクは、別に、その……っ」
サロメまで赤くなった。
だから、さっきからなんの話なんだ……?
俺だけが女子トークについていけていない状態だ。
「別に、ハルトくんを意識してるとか、そういうのは、えっと、だから……っ」
「むー……やっぱりサロメもハルトのことを……」
と、リリスが何やらつぶやいている。
「えっと、なんで俺がリリスたちの家に招かれたんだ?」
俺は話題を軌道修正した。
「ハルトさんや私たちがランクAに上がったので、そのお祝いをしたいということです。お父様はハルトさんのことを以前から注目していたそうなので、いい機会だから招待したい、と」
アリスが説明する。
「俺を……注目?」
「魔将ガイラスヴリムやディアルヴァとの戦いで活躍したことを聞いている、と言っていたそうです。お父様はギルド長とも親交がありますし、実力のある冒険者たちを好んで招いたりもしますので」
「そうなのか……」
国を代表するような大貴族が俺に注目しているなんて、なんだか不思議な気持ちだ。
週末は特に仕事も入れてないし、せっかくのお招きだから行ってみるとするか──。
リリスとアリスの実家──ラフィール伯爵邸。
小高い丘の上にそびえる豪奢な城だ。
「ここが、あたしたちの実家よ」
と、リリス。
「すごい家だな……」
俺は巨大な城を見上げる。
そっか、リリスもアリスも貴族のお嬢様だもんな。
普段は冒険者仲間として接してるから、忘れそうになるけれど……。
「あたしたちもここに来たのは数えるくらいしかないけどね」
「ずっと冒険者生活ですし、そもそも……その、正妻の子ではありませんので」
二人が説明する。
複雑そうな家庭の事情が、彼女たちの表情から察せられた。
と、門の前で誰かが立っていた。
「お帰りなさいませ、アリスお嬢様、リリスお嬢様。ようこそいらっしゃいました、ハルト様」
黒いタキシード姿の老紳士が恭しく礼をする。
以前ガイラスヴリムとの戦いに出立する際、一度会ったことがある。
執事のゴードンさん、だったっけ。
「ただいま、ゴードン」
リリスの態度が普段よりも硬い。
隣のアリスもどことなく緊張している様子だ。
実家に帰ってきた安心感とか気楽さとか──そういうものが二人からは感じられない。
普段よりもずっと張り詰めたような雰囲気が伝わってくる。
「お父様は?」
「応接間でお待ちでございます」
恭しく答えるゴードンさん。
「どうぞこちらへ」
老執事の案内で、俺たちは進み出した。
応接間までは長い廊下が続いている。
その左右には、いかにも高価そうな絵画が飾られていた。
さながら美術館のようだ。
俺は廊下を進みながら、、一枚の絵に目を留めた。
黄金の剣を持った少年が黒い竜と対峙している姿が描かれた勇壮な絵。
すごい迫力が伝わってきて、素人の俺にも高価そうな代物だっていうことが分かる。
「それはミジェットの作品ね。千年前、黒焔魔竜 から世界を救うために戦った勇者を描いたものよ」
リリスが説明してくれた。
ミジェットというのは、画家の名前だろうか。
他の絵画も伝説や神話の一場面を描いたものらしい。
──三千の戦場で不敗を誇った無敵の傭兵。
──最難関迷宮と呼ばれる冥王遺跡を初めて踏破した伝説の探索者。
──かつて全世界の五分の三を支配したという最強の英雄王。
「お父様はこういう絵画が好きでコレクションしているのよ」
説明するリリス。
「半ば趣味、半ば税金対策らしいけど」
「これは──」
俺は一枚の絵画の前で足を止めた。
翼を持つ乙女や重甲冑をまとった騎士、炎のような人影など──黄金の光をまとった七つの異形が描かれた絵だ。
以前にリリスたちと一緒に探索したダンジョンで見た壁画とよく似ていた。
どくん、と胸が高鳴る。
何だろう、この感じは──。
「超古代の遺跡で見つかった壁画の模造品 だよ。七柱の神々を描いたものだ」
深みのあるバリトンに振り返ると、一人の男が歩いてきた。
年齢は四十代半ばくらいだろうか。
鋭いまなざしと豊かな口ひげ、精力にあふれた雰囲気の偉丈夫だ。
もしかして、この人は──。
「初めまして、ハルト・リーヴァくん」
男が傲然と笑った。
「私がここの当主──ベネディクト・ラフィールだ」
俺は戸惑い混じりにつぶやいた。
一緒にいるサロメやアリスも、俺とリリスを交互に見つめている。
『今度の週末、よかったら家に来てほしいの』
今日ギルドで出会ったリリスに突然そう言われたのだ。
貴族の家に招待されるなんて、もちろん生まれて初めてのことである。
「へえ、それって親に紹介するってこと?」
サロメがニヤニヤ顔で俺とリリスを交互に見た。
「いつの間にそんな関係になったのかなー?」
「えっ!? あ、い、いえ、ち、違っ、あの、そのっ……だから、そういう意味じゃないのっ、あわわわ……」
リリスはたちまち真っ赤になった。
「そういう意味って?」
キョトンとする俺。
一体、なんの話だろう。
「だから、結婚とかそういうの、まだ早いしっ。そもそもハルトがあたしをどう思っているのかも分からないし、気になるし、でもあのっ」
「はいはい、ちょっと落ち着こうね」
サロメは苦笑交じりにリリスを軽く抱きしめた。
「……サロメが変なこと言うからじゃない、もう」
「大胆だなーって思って」
リリスを抱きしめたまま、くすくす笑うサロメ。
「それに『まだ早い』ってことは、ちょっとは意識してるんだよねー?」
「サロメっ……」
リリスはさらに顔を赤くした。
耳元や首筋まで真っ赤だ。
と、
「あら、サロメさんはそれでいいんですか?」
今度はアリスが意味ありげに微笑む。
「うかうかしてると、ハルトさんを取られちゃいますよ?」
「なっ!?」
サロメの表情が固まる。
「内心では焦ったんじゃないですか? 先を越された、って」
「ボクは、別に、その……っ」
サロメまで赤くなった。
だから、さっきからなんの話なんだ……?
俺だけが女子トークについていけていない状態だ。
「別に、ハルトくんを意識してるとか、そういうのは、えっと、だから……っ」
「むー……やっぱりサロメもハルトのことを……」
と、リリスが何やらつぶやいている。
「えっと、なんで俺がリリスたちの家に招かれたんだ?」
俺は話題を軌道修正した。
「ハルトさんや私たちがランクAに上がったので、そのお祝いをしたいということです。お父様はハルトさんのことを以前から注目していたそうなので、いい機会だから招待したい、と」
アリスが説明する。
「俺を……注目?」
「魔将ガイラスヴリムやディアルヴァとの戦いで活躍したことを聞いている、と言っていたそうです。お父様はギルド長とも親交がありますし、実力のある冒険者たちを好んで招いたりもしますので」
「そうなのか……」
国を代表するような大貴族が俺に注目しているなんて、なんだか不思議な気持ちだ。
週末は特に仕事も入れてないし、せっかくのお招きだから行ってみるとするか──。
リリスとアリスの実家──ラフィール伯爵邸。
小高い丘の上にそびえる豪奢な城だ。
「ここが、あたしたちの実家よ」
と、リリス。
「すごい家だな……」
俺は巨大な城を見上げる。
そっか、リリスもアリスも貴族のお嬢様だもんな。
普段は冒険者仲間として接してるから、忘れそうになるけれど……。
「あたしたちもここに来たのは数えるくらいしかないけどね」
「ずっと冒険者生活ですし、そもそも……その、正妻の子ではありませんので」
二人が説明する。
複雑そうな家庭の事情が、彼女たちの表情から察せられた。
と、門の前で誰かが立っていた。
「お帰りなさいませ、アリスお嬢様、リリスお嬢様。ようこそいらっしゃいました、ハルト様」
黒いタキシード姿の老紳士が恭しく礼をする。
以前ガイラスヴリムとの戦いに出立する際、一度会ったことがある。
執事のゴードンさん、だったっけ。
「ただいま、ゴードン」
リリスの態度が普段よりも硬い。
隣のアリスもどことなく緊張している様子だ。
実家に帰ってきた安心感とか気楽さとか──そういうものが二人からは感じられない。
普段よりもずっと張り詰めたような雰囲気が伝わってくる。
「お父様は?」
「応接間でお待ちでございます」
恭しく答えるゴードンさん。
「どうぞこちらへ」
老執事の案内で、俺たちは進み出した。
応接間までは長い廊下が続いている。
その左右には、いかにも高価そうな絵画が飾られていた。
さながら美術館のようだ。
俺は廊下を進みながら、、一枚の絵に目を留めた。
黄金の剣を持った少年が黒い竜と対峙している姿が描かれた勇壮な絵。
すごい迫力が伝わってきて、素人の俺にも高価そうな代物だっていうことが分かる。
「それはミジェットの作品ね。千年前、
リリスが説明してくれた。
ミジェットというのは、画家の名前だろうか。
他の絵画も伝説や神話の一場面を描いたものらしい。
──三千の戦場で不敗を誇った無敵の傭兵。
──最難関迷宮と呼ばれる冥王遺跡を初めて踏破した伝説の探索者。
──かつて全世界の五分の三を支配したという最強の英雄王。
「お父様はこういう絵画が好きでコレクションしているのよ」
説明するリリス。
「半ば趣味、半ば税金対策らしいけど」
「これは──」
俺は一枚の絵画の前で足を止めた。
翼を持つ乙女や重甲冑をまとった騎士、炎のような人影など──黄金の光をまとった七つの異形が描かれた絵だ。
以前にリリスたちと一緒に探索したダンジョンで見た壁画とよく似ていた。
どくん、と胸が高鳴る。
何だろう、この感じは──。
「超古代の遺跡で見つかった壁画の
深みのあるバリトンに振り返ると、一人の男が歩いてきた。
年齢は四十代半ばくらいだろうか。
鋭いまなざしと豊かな口ひげ、精力にあふれた雰囲気の偉丈夫だ。
もしかして、この人は──。
「初めまして、ハルト・リーヴァくん」
男が傲然と笑った。
「私がここの当主──ベネディクト・ラフィールだ」