1 「聖王国ルーディロウム」

文字数 3,206文字

「ここが聖王国ルーディロウム──か」

 俺は、初めて訪れた都を見回した。

 人通りが多く、活気にあふれている。
 アドニスの王都以上に栄えている様子だ。

 ルーディロウムは至高神(ガレーザ)の信仰が盛んな国で、聖王国と呼ばれるゆえんだった。
 道行く人々の中には僧侶や修道女なども混じっているし、遠くには異国風の建築様式で作られた神殿がいくつも見える。

 アドニスほど華やかじゃないけど、荘厳な雰囲気が漂っていた。

「ギルド本部ってどこにあるんだっけ?」

「ええと、この先の通りを左みたいね」

 地図を見ながら告げるリリス。

「広いので迷子にならないようにしてくださいね、二人とも~」

 と、アリスが言った。
 まるで引率のお姉さんだった。

「大規模クエストに向けて、ギルドには各地から続々と冒険者が集まっているはずです」

「あたしたちも遅刻しないようにしないとね。まだ集合の時間にはだいぶ余裕があるから大丈夫とは思うけど」

 微笑むリリス。

 ──ランクSやランクA上位の冒険者を招集しての大規模クエスト。

 俺たちがルーディロウムまでやって来たのは、その参加要請が来たからだった。

 なんでも、ギルドの大型レーダーが特殊な『黒幻洞(サイレーガ)』の予兆を感知したらしい。
 通常のように少数の魔族や魔獣が現れるのではなく、数十から数百の魔の者がいっせいに出現する可能性があるという。

 それに対抗するため、実力の高い冒険者を多く集めるんだとか。

 ここ百年ほどで数百単位の魔の者が出現した記録は一度もない。
 かつてない脅威、といってよかった。
 と、

「──邪悪な気配がします」

 アリスがふいに足を止めた。
 普段は温和な表情が、引き締められている。

「えっ」

「あれは──」

 上空を指さしたのはリリスだった。

 雲一つない青空に、小さな黒点が出現する。
 その点は次第に大きく広がっていった。

黒幻洞(サイレーガ)』。
 この世界と魔界とをつなぐ亜空間通路。

 あれが現れたってことは、つまり──。

 黒い穴から稲妻が降り注ぐ。

 王都のすぐ外に落ちたその稲妻の中から、三つの巨大な影が現れた。

 いずれも、体長は二十メティル近くあるだろうか。
 全体的なフォルムは蜥蜴と人間の中間──リザードマンのような姿。
 黄玉色の全身に重厚な甲冑をまとい、右手には身の丈を超える巨大な斧を携えていた。

「ランクSの魔獣、戦王蜥蜴(キングリザード)です」

 アリスが硬い声で告げた。

「しかも三体も同時に……!」

 ランクSってことは、以前に戦った竜と同格の強さだ。

 キングリザードはゆったりとした動きで歩き出した。
 ずしん、ずしん、と奴が歩くたびに地面が揺れる。

 進行方向には、この都があった。

「あいつ、王都に入ってこようとしてる!」

 リリスが叫んだ。

「俺たちで食い止めるぞ!」

 言って、俺は城壁に向かって走り出す。
 その後に、リリスとアリスが続いた。



 ──俺たちは城壁の門までやって来た。
 通行証にもなるギルドカードを見せて門を通り、城壁の外に出る。

 他にも十数人の冒険者たちがすでに来ていた。

 キングリザードは百メティルほど前方だ。
 城のように巨大な体を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 ここに集まっているのは、ランクSやAの冒険者たちばかりだろう。
 相手がクラスSの魔獣三体とはいえ、勝てない相手じゃない。

 とはいえ、王都に被害を出したくない。
 できるだけ近づけずに倒す必要がある。

 と、その瞬間、前方に白い輝きが生まれた。

「あれは──!?

 氷結の吐息(ブリザードブレス)

 キングリザードが吐き出す息は、あらゆるものを凍らせる魔力を備えている。
 ここへ来る途中で、俺はリリスとアリスからそう教わっていた。

魔導防壁(マナシールド)!」

 何人かの魔法使いがすかさず魔力の防壁を生み出す。
 だけど白い吐息はそれらを一瞬で氷結させ、砕き、なおも突き進んだ。

「馬鹿な、止められない!?

「普通のキングリザードより強いぞ、気を付けろ!」

 ざわめく冒険者たち。

 ──防げ。

 迫りくる白い吐息は、虹色のきらめきに弾かれ、霧散した。
 俺が展開した防御スキルの輝きだ。

「あれを防いだ……だと!?

 ふたたび冒険者たちがざわめく。

「聞いたことがあるぞ。あいつが噂のハルト・リーヴァ──」

「ランクAまで一気に駆け上がってきた新人か……!」

 と、冒険者たちが俺を見る。

「防御は俺が。アリスは弱体化を頼む」

「はい」

 短い打ち合わせの後、アリスが呪文を発動させた。

減速(スロウ)

 紫色の輝きがキングリザードを包むと、その動きが極端に鈍った。
 いわゆる弱体化(デバフ)系魔法──俊敏性を減少させる呪文だ。

 キングリザードたちはノロノロと動きつつ、白い吐息を放ってくる。
 そのことごとくを、俺の生み出した虹色の防壁がブロックした。

 いくら撃ってきても、無駄だ。

「射程内に入った──後は、あたしが」

 リリスが前に出る。
 手にした巨大な杖をまっすぐに構え、

「焼き尽くせ、殺戮(さつりく)の炎──天殺焔陣(メルギアスフレア)!」

 放たれた炎が、キングリザードたちに炸裂する。
 火炎系の最上級呪文だ。

 並の魔獣なら跡形もなく消滅させるレベルの火炎は、だけど、

 バチィッ!

 魔獣たちの前方に八角形の光の波紋のようなものが広がり、弾かれてしまう。

「跳ね返された……!?

 リリスが眉を寄せる。

「最上級呪文でも効かないなんて」

「いや、少し違うみたいだ」

 つぶやく俺。

 呪文の威力が完全に届いていないわけじゃない。
 その証拠に、キングリザードたちは鱗のあちこちが爆砕し、焼け焦げていた。

 ただ、傷ついた箇所は白煙を上げ、あっという間に修復されていくのだ。
 魔法に対する防御力に加えて、再生力も持ち合わせているってことか。

「これでは、一撃で仕留めきれませんね……」

 つぶやくアリス。

 俺のスキル形態に魔法の発動を封じるものがあるけど、キングリザードの場合は体質として魔法への耐性自体が強い。
 だから、俺のスキルでは封じられないだろう。

「だったら──連打で決めるっ」

 リリスは勝気に叫んで、杖を構え直した。

 雷撃が、旋風が、氷弾が──おそらくは超級魔法クラスかそれ以上の威力を備えた攻撃呪文を、言葉通りに連発する。
 爆音が轟き、キングリザードたちの前面で八角形の波紋が何度も広がり──、

「まだまだっ!」

 さらに呪文を連発するリリス。

 この二ヶ月で、魔将メリエルから受け継いだ魔力を操る術にも磨きがかかっているみたいだ。
 高火力魔法を次々と浴びて、さすがのキングリザードたちも耐えきれずに後退し始めた。

「終わりよ、烈皇雷撃破(ライトニングストライク)!」

 輝く雷撃が、キングリザードたちをまとめて打ち倒した。

 ──いや、まだだ。

 爆炎の中から、巨大な影が飛び出してくる。
 一体だけ討ち漏らしたか。

「はあ、はあ、はあっ……」

 さすがにリリスも呪文を連発しすぎたのか、肩で息をしていた。

 あの一体をどうやって止めるか。
 俺が防御壁を張って、進行を抑えるか──。

 そう考えた刹那。

 閃いた赤い輝きが、キングリザードの尾を半ばから切断した。

「これは──」

「手伝いに来たわ」

 涼やかな声が響く。
 騎士鎧を着た青い髪の少女──。

「ルカ!」
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