10 「今はそれでいい」

文字数 2,219文字

 炎のような輝きに包まれたルカの大剣が、赤い光の軌跡を描いてグリードに叩きこまれた。

 弾ける、閃光と爆光。

「ぐぉぉぉぉっ……!? おおおぅぅぅぅううおおおぉぉぉぉぉぉぉっ……!」

 グリードは驚愕混じりの苦鳴を上げた。

 黄金色の巨躯が十メティルほど後退する。
 人間離れした膂力だった。

「なんという重い斬撃だ……異空間での訓練よりも、さらに……!」

 グリードがうなる。
 爆裂したように砕けた鱗や裂けた肉から白煙が上がっていた。

「俺にここまで深い一太刀を浴びせるとは、な。あるいは戦神との戦い以来かもしれん」

「……あなたの教えがあったからこそ、よ」

 ルカは静かに大剣を構え直した。
 その刃はなおも赤い光に包まれたままだ。

「認めてやるぞ、人間。お前の力と、才を。あるいは人の身であれば、最強の剣士かもしれん」

 竜の傷口から淡い光があふれた。

 鱗の亀裂が塞がり、肉が盛り上がる。
 徐々に傷が治っていく。

「だが、それでも俺には勝てん。最強を体現する存在──古き竜の一族である俺にはな」

 グリードが体を一揺すりすると、すでに傷は完全に元通りになっていた。

「俺は何度でも再生できる。攻撃するお前とその都度回復する俺──体力勝負になれば、人が竜に敵う道理はない」

「──でしょうね。戦いを続ければ、負けるのは私」

 ルカはあっさりと己の敗北を認めた。

「私は、あなたのおかげで強くなれた。感謝しているわ。だけどそれでもまだ、あなたには届かない」

「……ほう?」

「今はそれでいい」

「──むっ!?

「ふふ、()を忘れてもらっては困るわね」

 一体、いつの間に現れたのか。
 グリードの頭上にサロメがいた。

「この俺がいっさいの気配を感じなかった……だと……!?

「さっきの教えが役に立ったわ。『因子』の使い方のさらなる先──礼を言うわね、古き竜」

 サロメの瞳に暗い光が宿る。
 いつもの朗らかさからは考えられない、殺意の輝き。

 振り下ろされたナイフがグリードの頭頂部を切り裂いた。
 ──いや、

「だが、非力なお前では俺に傷をつけることなどできん」

 静かに告げるグリード。
 その言葉通り、ナイフの刃は簡単に弾かれてしまう。

「確かにあなたの鱗は硬すぎる。これを切り裂けるルカが異常なのよ」

 ナイフを手に、サロメが苦笑した。

「でも、私の目的はあなたへの攻撃じゃない」

 懐から取り出した何かを竜の額に叩きつけた。

「むっ……!?

 周囲が黒煙に覆われ、何も見えなくなる。
 煙玉だ。

「注意を引きつける。あなたの隙を作る。それが私たちの役目」

 ルカが告げた。

「そういうこと。ハルトくんの『準備』が終わるまでの間、ね」

 いつの間にか竜の額から降りたサロメが、その隣にいる。

「これは──」

 グリードは驚いたように周りを見回した。

 気づいたんだろう。
 竜の周りに虹色の輝きがあふれ出したのを。

「ありがとう、二人とも」

 俺はルカとサロメを──頼もしい仲間たちを見つめた。

「おかげで準備は整った」

 すでに俺は七つの光球を竜の周囲に配置している。

 虹色の輝きは互いに共鳴するように明滅し、さらにその光量を増した。

 よりまぶしく。
 より鮮烈に。
 より神々しく──。

 神のスキルは互いに共鳴することで、その力を高める。
 かつてグレゴリオやジャックさん、エレクトラと出会ったことで、俺のスキルは強まっていった。

 じゃあ、俺自身のスキルを分割し、共鳴させて、威力を高めることはできないだろうか、と考えたのだ。

 その共鳴と、スキルを高めるための時間を得るために、ルカとサロメにはグリードを引きつけてもらった。



『思い描き、形を与えるのです。あなたが望む、力の形を』



 かつて魔将ガイラスヴリムと戦ったときの、女神さまの言葉を思い出す。

 みんなを護りたい。
 だから力が欲しい。

 それだけを考えて、ここまで来た。

 だけど、俺は少し思い違いをしていたのかもしれない。

 俺はみんなを護り、同時に、みんなに護られて。
 ここまで来たんだ、と。

 そして、これからも。

「力が、高まっている……!?

 グリードが訝る。



『そうすれば至るでしょう──やがて不可侵の存在へと』



 俺の想いに反応したように──七つの光球の輝きがさらに増していた。
 その色彩が虹色から太陽を思わせる黄金の輝きへ変化する。

「これは、神の力──だけではない……!?

 グリードが驚きの声を上げた。

 俺はさらに集中を深める。

 想いを高める。
 想いを強める。
 想いを象る。

 支え合うことこそが大切なんだ、と。



 ──突然、俺の眼前に不思議な光景が現れた。



 白い神殿。
 その最奥にある扉。

 俺の意識の中の世界が、現実の世界と二重写しになっている……のか?

 扉の奥には、力の根源が眠っている。
 かつて女神さまにそう教わった。

 俺は手を伸ばして扉に手をかける。
 ゆっくりと、押した。

 堅く閉じていた扉が──。
 少しずつ、左右に割れるように開いていく。

 淡い輝きが、向こう側からあふれる。



 そして──。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み