2 「我が分身たる竜牙獣」
文字数 2,814文字
魔王城の最奥──。
「……もう戻ってきたのですか、ディアルヴァ」
「仕掛けは終わったのであるよ。後はここで待つのみ──」
メリエルの問いに、魔将ディアルヴァは淡々と語った。
フードの奥にある虚無からは表情がうかがい知れない。
そもそも、顔に該当する器官があるのかどうかすら定かではないが。
「仕掛け、といいますと?」
「説明せよ、ディアルヴァ」
魔王の言葉に、ディアルヴァは恭しくうなずいた。
「はっ。ワタシは神の力を持つ者がいる場所──人間どもがグランアドニスと呼ぶ王都に結界を敷きました」
「結界?」
「ご覧あれ」
ディアルヴァの前方に映像が浮かび上がった。
どうやら王都グランアドニスを映し出したもののようだ。
王都の城壁付近に、等間隔で五本の柱が建っていた。
「この通り、王都外縁部に五芒星を描くように柱を建て、結界を作りました。これをすべて破壊しないかぎり、王都の人間は外へ出られません。また、外から王都に入ることもできません」
──つまり閉じこめた、ということか。
メリエルはごくりと喉を鳴らした。
無意識に握りしめた拳に汗がにじむ。
王都に住むアリスやリリスも、おそらく王都にいるだろう。
逃げることも、外から助けてもらうこともできず、あの中に──。
「また、柱を守護するために我が分身たる竜 牙 獣 を配置しております」
「竜牙獣……とは?」
「かつて、神や魔を屠るほどの力を誇った古の最強竜種──そのうちの一体、罪帝覇竜 の牙と我が魂を融合させて作り上げた特別製の魔獣です」
魔王の問いに答えるディアルヴァ。
古竜と高位魔族の力を併せ持つ魔獣は、確かに生半可な戦力ではない。
だが──。
(随分と自信がおありのようですけど、そう上手くいくでしょうか? 人間も案外、手ごわいかもしれませんよ)
メリエルは内心でつぶやいてからハッと気づく。
自分はいつの間にか人間の側に肩入れしているのではないか?
特に、あの双子姉妹のことを……心配している?
考えて、愕然となった。
(そんなはずはありませんわ。わたくしは魔将メリエル。人間ごときに情など抱くはずが……)
「どうかしたのか、メリエル。顔色が優れぬようだが」
「い、いえ……」
魔王の問いかけに、彼女は表情をこわばらせた。
「ワタシの作戦に何か問題でも? 心配は無用である」
ディアルヴァは彼女の沈黙を誤解したのか、説明を重ねる。
「ワタシ自身が人間への害意をむき出しにすれば、あっという間に人の世界にいられる制限時間を越えてしまう。だがワタシ自身はこうして魔界に戻り、分身たる竜牙獣たちに任せておけば──何も問題はないのである」
「……ふむ」
「無論、分身たちは人間の世界に直接害をもたらしているゆえ、そう長い時間は留まれないでしょうが……そもそも今回の術に多くの時間は必要ありませぬ」
うなずく魔王に、ディアルヴァが向き直った。
「まもなく、王都にいる者はすべて息絶えるでしょう。柱からあふれる毒が、王都を満たしたときに──生きていられる人間はおりません」
※
「事態は急を要する」
王都のギルド支部長は開口一番に言った。
あの後、建物内にいた冒険者は全員が広間に集められていた。
全部で百人弱くらいだろうか。
他の冒険者はすべて出払っているようだ。
「報告によれば、王都外縁部に出現した謎の柱は全部で五本。そのすべてから強い腐食性の毒霧が噴出されている」
険しい顔の支部長。
「すでに王都最外層──第五層の住民には少なくない犠牲が出ている。毒霧が王都の内部にこれ以上入ってくるのを防ぐため、魔法使いたちを総動員して結界を張っているが、その結界も少しずつ腐食されている。おそらく持って三時間といったところだろう」
「風系の魔法で毒の霧を王都の外まで吹き飛ばせばいいのでは?」
冒険者の一人が意見した。
「当然、真っ先に試した。だが駄目なのだ。五本の柱は結界装置も兼ねているらしく、王都全体が封鎖された状態だ。毒霧を外へ飛ばすことはできない」
「ということは、住民を王都の外へ避難させることもできないんですね」
「そうだ」
苦々しい顔でうなずく支部長。
「したがって我らが取るべき手段は一つ。柱をすべて破壊し、王都を封鎖している結界を解除。しかるのちに毒の霧を外部まで吹き飛ばす。できなければ、やがて毒霧は王都すべてを飲みこむ。住民は全滅するだろう。王族も含めてな……」
つまり、作戦を一言で要約すれば──。
『三時間以内に柱を全部壊す。できなければ王都の人間は全員死ぬ』
──ってことだな。
先月のガイラスヴリムの侵攻に続いて、王都の危機ふたたびってことか。
「それぞれの柱は魔獣が守っている模様だ。まずこれを倒してから、柱を破壊するという手はずになる。各部隊の健闘を祈る。以上だ!」
──作戦説明が終わり、俺たちは五つの班に振り分けられた。
今回の作戦は特別にランク制限をなくし、Dランクの俺もメンバーに加わることができた。
普通は敵の脅威度に応じて、作戦に参加できる冒険者のランクを制限するんだけど、今回は事態が事態だけに、できるだけ多くの人員が欲しいということらしい。
俺はリリスやアリスと同じA班に入った。
で、その隊長は、というと──。
「A班はこれで全員ですね。王都を救うために、必ず柱を破壊しましょうっ」
アイヴィが熱血口調で叫んだ。
「この任務をやり遂げて、お姉さまに褒めてもらいますわ……うふふふ」
「そういえば、ルカたちを呼び寄せることはできないのか? きっと戦力になってくれるだろうし」
「王都から外へ出られない以上、連絡を取ることもできませんわ。そもそも外から王都内に入ることもできないそうです」
「なるほど……」
じゃあ王都にいる冒険者たちでなんとかするしかないか。
いちおう王国の騎士団にも助力を要請したようだけど、彼らの専門はあくまでも対人間。
魔獣相手にはあまり戦力にならないだろう、っていうことだった。
魔法使いたちは毒霧を防ぐ結界を作るために、全員が出張っているから、助力を頼むことはできない。
実質、作戦の成否は冒険者たちにかかっている──と見ていいだろう。
十分後、手早く装備を調会えた俺たちA班は、王都の西外縁部に向かって出発した。
内訳はランクAの冒険者がアイヴィともう一人。
ランクBがリリスやアリスを含めて五人。
ランクC以下が俺も入れて十一人だ。
総勢十八人の部隊は一路、毒の霧を吹き出すという柱を目指す──。
「……もう戻ってきたのですか、ディアルヴァ」
「仕掛けは終わったのであるよ。後はここで待つのみ──」
メリエルの問いに、魔将ディアルヴァは淡々と語った。
フードの奥にある虚無からは表情がうかがい知れない。
そもそも、顔に該当する器官があるのかどうかすら定かではないが。
「仕掛け、といいますと?」
「説明せよ、ディアルヴァ」
魔王の言葉に、ディアルヴァは恭しくうなずいた。
「はっ。ワタシは神の力を持つ者がいる場所──人間どもがグランアドニスと呼ぶ王都に結界を敷きました」
「結界?」
「ご覧あれ」
ディアルヴァの前方に映像が浮かび上がった。
どうやら王都グランアドニスを映し出したもののようだ。
王都の城壁付近に、等間隔で五本の柱が建っていた。
「この通り、王都外縁部に五芒星を描くように柱を建て、結界を作りました。これをすべて破壊しないかぎり、王都の人間は外へ出られません。また、外から王都に入ることもできません」
──つまり閉じこめた、ということか。
メリエルはごくりと喉を鳴らした。
無意識に握りしめた拳に汗がにじむ。
王都に住むアリスやリリスも、おそらく王都にいるだろう。
逃げることも、外から助けてもらうこともできず、あの中に──。
「また、柱を守護するために我が分身たる
「竜牙獣……とは?」
「かつて、神や魔を屠るほどの力を誇った古の最強竜種──そのうちの一体、
魔王の問いに答えるディアルヴァ。
古竜と高位魔族の力を併せ持つ魔獣は、確かに生半可な戦力ではない。
だが──。
(随分と自信がおありのようですけど、そう上手くいくでしょうか? 人間も案外、手ごわいかもしれませんよ)
メリエルは内心でつぶやいてからハッと気づく。
自分はいつの間にか人間の側に肩入れしているのではないか?
特に、あの双子姉妹のことを……心配している?
考えて、愕然となった。
(そんなはずはありませんわ。わたくしは魔将メリエル。人間ごときに情など抱くはずが……)
「どうかしたのか、メリエル。顔色が優れぬようだが」
「い、いえ……」
魔王の問いかけに、彼女は表情をこわばらせた。
「ワタシの作戦に何か問題でも? 心配は無用である」
ディアルヴァは彼女の沈黙を誤解したのか、説明を重ねる。
「ワタシ自身が人間への害意をむき出しにすれば、あっという間に人の世界にいられる制限時間を越えてしまう。だがワタシ自身はこうして魔界に戻り、分身たる竜牙獣たちに任せておけば──何も問題はないのである」
「……ふむ」
「無論、分身たちは人間の世界に直接害をもたらしているゆえ、そう長い時間は留まれないでしょうが……そもそも今回の術に多くの時間は必要ありませぬ」
うなずく魔王に、ディアルヴァが向き直った。
「まもなく、王都にいる者はすべて息絶えるでしょう。柱からあふれる毒が、王都を満たしたときに──生きていられる人間はおりません」
※
「事態は急を要する」
王都のギルド支部長は開口一番に言った。
あの後、建物内にいた冒険者は全員が広間に集められていた。
全部で百人弱くらいだろうか。
他の冒険者はすべて出払っているようだ。
「報告によれば、王都外縁部に出現した謎の柱は全部で五本。そのすべてから強い腐食性の毒霧が噴出されている」
険しい顔の支部長。
「すでに王都最外層──第五層の住民には少なくない犠牲が出ている。毒霧が王都の内部にこれ以上入ってくるのを防ぐため、魔法使いたちを総動員して結界を張っているが、その結界も少しずつ腐食されている。おそらく持って三時間といったところだろう」
「風系の魔法で毒の霧を王都の外まで吹き飛ばせばいいのでは?」
冒険者の一人が意見した。
「当然、真っ先に試した。だが駄目なのだ。五本の柱は結界装置も兼ねているらしく、王都全体が封鎖された状態だ。毒霧を外へ飛ばすことはできない」
「ということは、住民を王都の外へ避難させることもできないんですね」
「そうだ」
苦々しい顔でうなずく支部長。
「したがって我らが取るべき手段は一つ。柱をすべて破壊し、王都を封鎖している結界を解除。しかるのちに毒の霧を外部まで吹き飛ばす。できなければ、やがて毒霧は王都すべてを飲みこむ。住民は全滅するだろう。王族も含めてな……」
つまり、作戦を一言で要約すれば──。
『三時間以内に柱を全部壊す。できなければ王都の人間は全員死ぬ』
──ってことだな。
先月のガイラスヴリムの侵攻に続いて、王都の危機ふたたびってことか。
「それぞれの柱は魔獣が守っている模様だ。まずこれを倒してから、柱を破壊するという手はずになる。各部隊の健闘を祈る。以上だ!」
──作戦説明が終わり、俺たちは五つの班に振り分けられた。
今回の作戦は特別にランク制限をなくし、Dランクの俺もメンバーに加わることができた。
普通は敵の脅威度に応じて、作戦に参加できる冒険者のランクを制限するんだけど、今回は事態が事態だけに、できるだけ多くの人員が欲しいということらしい。
俺はリリスやアリスと同じA班に入った。
で、その隊長は、というと──。
「A班はこれで全員ですね。王都を救うために、必ず柱を破壊しましょうっ」
アイヴィが熱血口調で叫んだ。
「この任務をやり遂げて、お姉さまに褒めてもらいますわ……うふふふ」
「そういえば、ルカたちを呼び寄せることはできないのか? きっと戦力になってくれるだろうし」
「王都から外へ出られない以上、連絡を取ることもできませんわ。そもそも外から王都内に入ることもできないそうです」
「なるほど……」
じゃあ王都にいる冒険者たちでなんとかするしかないか。
いちおう王国の騎士団にも助力を要請したようだけど、彼らの専門はあくまでも対人間。
魔獣相手にはあまり戦力にならないだろう、っていうことだった。
魔法使いたちは毒霧を防ぐ結界を作るために、全員が出張っているから、助力を頼むことはできない。
実質、作戦の成否は冒険者たちにかかっている──と見ていいだろう。
十分後、手早く装備を調会えた俺たちA班は、王都の西外縁部に向かって出発した。
内訳はランクAの冒険者がアイヴィともう一人。
ランクBがリリスやアリスを含めて五人。
ランクC以下が俺も入れて十一人だ。
総勢十八人の部隊は一路、毒の霧を吹き出すという柱を目指す──。