2 「シンプルでいい」

文字数 2,266文字

「また会ったな……ハルト」

 青黒い甲冑を思わせる外殻。
 狼を思わせる仮面。
 腰から伸びた長大な尾。

「ジャックさん……!?

 突然現れた獣騎士に、俺は驚きの声を上げた。

 以前、王都を襲った六魔将ディアルヴァを相手に共闘した、神のスキル保持者(ホルダー)だ。

 あらゆるものを『強化』できる能力者──。
 その力を攻撃に転化すれば、圧倒的な破壊力を発揮することができる。

 これ以上ないほど頼もしい味方だった。

「どうしてここに……?」

「気配を感じたんだ。だから、来た」

 ジャックさんの返答はシンプルだった。

「奴らを倒す……殺す……そのために」

 ……ん?

 俺はわずかな違和感を覚えた。

 ジャックさんの雰囲気が、以前とは微妙に違う。

 獣騎士の姿は一見凶悪だけど、ジャックさんの人柄なのか、どこか温かい雰囲気があったはずだ。
 なのに今は、異様なほど禍々しく見える。

 まるで、俺の前にいる魔将たち以上に──。

「どうかしたか、ハルト?」

 ジャックさんが怪訝そうにたずねた。

 狼の赤い双眸には、柔らかな光が浮かんでいる。
 禍々しい気配がいつのまにか消えていた。

 ……気のせいだったのかな。

「なんでもありません」

 俺は首を左右に振った。

「あいつらも王都を狙ってきたのか?」

 たずねるジャックさん。

「いえ、どうやら神の力を持つ者を倒しに来たみたいです」

「……つまり俺やお前の敵、か」

 ジャックさんがどう猛に吠える。

「だったら──滅ぼすしかないな」

「っ……!」

 また、さっきの禍々しい気配がにじみ出した。
 思わず息が詰まるほどのプレッシャー。

 ……やっぱり様子が変だ。
 だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 ジャックさんは味方なんだ。
 連携して、どうにかこの状況を乗り越えないと。

 俺はあらためて魔将たちと向かい合う。

「どうする、ハルト?」

「前にディアルヴァと戦ったときと同じで、ジャックさんが攻撃。俺が防御とそのサポート──それがベストの布陣だと思います」

 ジャックさんの問いに、俺は答えた。

「だな。シンプルでいい」

 うなずくジャックさん。

「君も神の力を持つ者か──だが、そこの少年のような絶対的な防御力はあるまい」

 ビクティムが静かに俺たちを見下ろす。

「潰れて消えよ、矮小な人間たちよ──鉄槌の拳撃(ハンマーブラスト)

 巨大な岩の拳を振り下ろした。
 緑の燐光をまとった拳が、大気を粉砕しながら迫る。

 俺はジャックさんをスキルで守ろうとするが──、

「問題ない」

 言って、獣騎士は無造作に拳を振り上げた。

 巨人とジャックさんの拳がぶつかり合う。
 がいんっ、と金属同士がぶつかるような重厚な音が響く。

「むうっ……!?

 二十メティルを超えるビクティムの巨体が揺らいだ。
 ジャックさんと拳をぶつけ合い、パワー負けしたのだ。

 これだけの体格差があってなお、膂力で勝る──『強化』の力は圧倒的だった。



 一方で、リリスたちは──。

「メリエルさん、やめてください!」

「ねえ、嘘だって言ってよ!」

「……この期に及んで、本当に甘いですわね」

 悲痛なアリスとリリスに、メリエルは苦々しい表情を浮かべている。

「そういうのウザいんですけどぉ」

 ザレアがへらへらと笑いながら、無数の鎌を放った。

「とりあえず殺してもいいですか~? ふひひひ」

 だけど、無駄だ。

 俺が張った防御スキルの前では──。

天翼転移(フィオルート)

 つぶやいたのは、ビクティムだった。

 こいつ、魔法も使うのか!?

「えっ……!?

 リリスとアリスの驚きの声。
 同時に、二人の姿が消えた。

「違う、これは──」

 瞬間移動の魔法か!?
 以前に戦った魔族『空間食らい(Dイーター)』と同系統の術だろう。

 一瞬にして転移させられた二人は、俺の防御スキルの範囲外に出てしまう。
 そこへ、

「ナイスアシストです、ビクティム。ほら、死んで~」

 ザレアが鎌の群れを放った。
 魔将をも切り裂く鎌が数百単位で二人を襲う。

 くっ、間に合うか──。

 俺は虹色の光球を生み出し、リリスとアリスの元へと飛ばす。

 が、それよりも一瞬早く。

「がっ……!」

 鮮血が、散った。

 青い鮮血が。

「えっ……?」

 リリスとアリスの、そして俺の──呆けたような声。

 二人をかばうように立ちはだかる人影があった。

「さっさと……逃げて、くださ……い……」

 無数の鎌に切り裂かれ、倒れたのは──。

 メリエルだ。

 どうして、彼女が二人をかばったんだ──。
 俺は驚いて魔将の少女を見つめた。

「はあ、はあ、はあ……」

 そのメリエルは、黒いドレスを青い血に染めながら立っている。
 斜めに切り裂かれた衣装から白い肌が露出していた。

「メリエルさん!?

「メリエル!」

 アリスとリリスの悲痛な声に、

「心配は……いりませんわ」

 答えたメリエルの頭上で一本の杖が明滅する。

 何かの魔法を使ったのか、衣装も肌もすぐに元通りに戻った。

 とはいえ、ダメージまで元通りというわけではないらしい。
 メリエルは苦しげな表情のままだ。

 足元には青い血だまりができていた。
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