8 「答えを出すよ」

文字数 2,950文字

 男たちがさっきの発言を謝罪し、逃げるように去ってから十分ほどして──。

「あ、お待たせ、ハルト」

 リリスとアリスが中庭にやって来た。

「必要な書類はもらってきたから、一緒に報酬を受け取りに行きましょ……ふう」

「はあ……」

 説明しつつ、ため息をつく二人。

「……なんかげっそりしてないか、二人とも」

「えへへ、支部長にかなり絞られたのよ」

「本来、竜のような上級魔獣はSランクの冒険者でなければ対処してはいけないんです。私たちはその規則を破って、ハルトさんの町まで行きましたので──」

 リリスとアリスが苦笑交じりに告げる。
 ああ、それならさっきの男たちが言ってた通りだな。

「だって、見殺しになんてできないじゃない。ランクは低くても、あたしたちだって冒険者なんだからっ」

 リリスが拳を振り上げ、熱血口調で叫んだ。

「ああ、二人のおかげで俺の町は助かったんだ。感謝してる」

 俺はあらためて二人に礼を言った。
 と、

「あ、よかったぁ。竜から町を守るために出動したって聞いたから、心配したよ。リリスもアリスも無事だったんだね」

 俺たちの元に駆け寄ってきたのは、一人の女の子だった。

 紫色をした長い髪は腰の辺りまで届いている。
 年齢は一つ二つ上だろうか、薄く化粧しているのもあって、艶めいた印象が強い。

 身に着けているのは、ビキニタイプの水着を思わせる衣装だった。
 どうやら踊り子らしい。

 肌もあらわ──っていうか、限りなく全裸に近い半裸って感じ。
 大事なところがかろうじて隠れているだけで、あとは褐色の肌が丸出しだ。

 ……スタイルいいな、この子。
 しかも、おっぱい大きいし。

「ん? こっちの男の子は誰? ボクのおっぱいジーッと見てるけど」

 と、紫髪の女の子が俺を見る。
 どうやら一人称は『ボク』らしい。

 俺を非難するっていう感じじゃなく、どこか小悪魔めいた笑みを浮かべていた。

「い、いや、俺は別に……」

 おっぱいなんて見てませんよ!
 心の中で弁解しつつも、ちらちらと彼女の胸元に視線を引き寄せられてしまう。

「ふーん……?」

 彼女はそんな俺を挑発するように、豊かな胸をぶるんと揺らしてみせた。
 ダイナミックに上下動しつつ、柔らかそうに変形するその乳揺れがまたエロい。

 俺じゃなくても、年ごろの男ならガン見せずにはいられない絶景だ。

「ハールートー、やっぱり凝視してるんじゃないかな?」

 リリスが俺をにらんだ。
 強烈な怒気のこもった声に、ギクッと顔をこわばらせる俺。

「この子みたいなお色気系が好みなんだ?」

「うふふ、リリスちゃん、ヤキモチ焼いてますね~」

「や、焼いてないよっ」

 アリスのツッコミに、なぜかちょっとだけ顔を赤くして反論するリリス。

「彼はハルト。竜退治であたしたちを助けてくれたの」

 こほん、と咳払いをして、彼女に俺を紹介する。

「へー。ボクはサロメ。よろしく~」

 女の子……サロメはやたら軽いノリで俺に自己紹介をした。

「露出度が高いのは踊り子だからなんですよ」

 と、アリスが説明した。
 あ、やっぱりそうなんだ。

「竜退治かぁ……じゃあ凄腕なんだね」

 サロメがジッと俺を見た。

 まるでキスしそうなくらいに顔を近づけてきて、ドキッとする。
 女の子とここまで至近距離で話したことなんてない。

 甘ったるい吐息が俺の顔をくすぐった。

「けっこう可愛い顔してるねぇ。ボクは好きだよ、キミみたいな子」

「えっ? えっ?」

 ますますドキッとする俺。

「でも、キミにちょっかいかけたら、リリスに怒られるかな?」

「だ、だから、そういうのじゃないってば!」

 リリスが声を上ずらせる。
 竜退治のときの凛々しい態度とは大違いだ。

「さっき二人のために荒くれ男たちに言い返してたでしょ。本当はボクが出ようと思ったんだよね。キミの行動を見てスカッとしたよ」

「荒くれ男たち、って何の話?」

「何かあったんですか、ハルトさん~?」

 リリスとアリスがキョトンとする。

「実はね……」

 サロメがさっきの一部始終を話した。

「……もしかして、あたしたちのために怒ってくれたの?」

「いや、まあ……リリスもアリスも命がけで町を守ってくれたわけだし、悪く言うのは許せないっていうか。名誉を守りたかったっていうか」

 言いながら照れてくる。

「ありがとう、ハルト」

 リリスがとびっきりの笑顔を浮かべた。
 俺はますます照れてしまう。

「これは……二人に恋の予感? ふふふ」

 サロメが興味津々といった様子で俺とリリスを等分に見やる。

「ち、ちょっと、何言い出すのよっ!」

 リリスが真っ赤になった。

「リリスちゃんは恋愛関係の免疫ゼロですからねー。あんまりからかっては駄目ですよ、サロメさん~」

 と、アリス。

「なんといっても初恋すらまだですし」

「姉さんまで! だ、だいたい初恋がまだなのは姉さんも同じでしょ!」

「えへへ、そうでした~。私も人のことは言えませんね」

 アリスがてへっと笑った。
 それをニヤニヤと見ているサロメ。

 なんだか微笑ましくて癒される。



 ──その後、俺は竜退治の報酬を受け取った。

 全部で金貨600枚というとんでもない大金だ。
 ちなみに一般的な家庭が一年間暮らすのに必要な額はおおよそ30~40枚くらいである。

 で、俺はその3分の1である200枚を受け取ることになった。
 報酬を受け取る、という目的を果たし、俺はいったん町に戻ることにした。

「冒険者のこと、考えておいてね。その気になったらいつでも連絡して」

 別れ際にリリスが告げる。

 ギルドとは町にある魔導通信機で連絡が取れるそうだ。
 リリスやアリスの名前を言えば、直接連絡することもできるだろう。

「相談ならいつでも乗るし、一緒に戦えるなら嬉しい」

「私もです~」

 と、アリスがほんわかとした笑みを浮かべる。

 冒険者になる……か。
 俺は心の中でつぶやいた。

 正直、まだ自分の中で明確な答えは出ていない。

 リリスやアリス以外にも色んな冒険者がいるんだよな。
 さっきの荒くれたちみたいな嫌な奴もいるし。
 サロメみたいな感じのいい子もいるし。

 ただ、冒険者になるってことなら、学校は続けられないだろう。
 就職みたいなもんだし。

「二人ともありがとう。町に帰ったら、もう一度ゆっくり考えて──それから答えを出すよ」

 俺はリリスとアリスに礼を言う。

 いや、あるいは──もう半分くらいは自分の中で答えが出ているような気もした。

 あらためてリリスやアリスを見つめる。

 ──思い出す。
 必死で町を守って、戦ってくれた二人の顔を。

 ──思い浮かべる。
 俺に感謝し、冒険者に誘ってくれた二人の顔を。

 期待され、必要とされる実感──それをこんなにも強く感じたのは、生まれて初めてだったんだ。

 だから、俺は。
 俺が目指したい道は──。
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