5 「始めましょうか」
文字数 2,161文字
「ぐ、あぁ……っ!?」
セフィリアが発する光──『修復』のスキルに触れたとたん、ジャックさんが苦鳴をもらした。
「ジャックさん!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。動かないでね~」
驚く俺をセフィリアが制する。
「もうちょっとで終わるから」
言葉通り、次の瞬間には輝きは収まった。
「はあ、はあ、はあ……」
汗びっしょりのジャックさんがその場に崩れ落ちる。
「どうかな? 神のスキルに干渉するのは初めてだったけど、上手くいったはずだよ」
「……ああ、違和感は消えた」
ふうっと息をついて立ち上がるジャックさん。
「えへへ、驚かせちゃってごめんね~」
セフィリアが俺ににっこりと笑った。
地味な風貌だけど、よく見るとその顔は驚くほど整っていた。
たぶんちゃんと化粧とかすれば、すごい美人だと思う。
「魔族の一大侵攻に向けて、これで万全の体調で挑めるわね」
バネッサさんが告げた。
「突然のことで悪かったけれど、ジャックさんをここまで運んだのはそれが理由よ。魔族に今までとは違う動きがある。対抗するためには、冒険者だけではなく──あたしたち神の力を持つ者も必要だと思って」
「今までとは違う動き……」
「あいにく、あたしやセフィリアさんの力は戦闘向きではないから前線には出られない。でも支援はさせてもらうわ。陰ながら、ね」
「あたしもー。治すのは得意だけど、直接戦うのはからっきしなの。そもそもランクCだから、今回のクエストに呼ばれなかったし、えへへ」
セフィリアが笑う。
「戦いが好きじゃないのは分かるわ」
バネッサさんがジャックさんを見つめた。
「けれど魔族の手が世界中に伸びれば、あなたの身近な人間にも危険が及ぶでしょう。ここで叩いておくのがベストではないかしら?」
「俺の……身近な人間にも……」
うめくジャックさん。
「バネッサさんの言う通りだね。自分の大切なものを脅かすものは、滅ぼし、壊すべきじゃないかな」
セフィリアがにやりと笑みを深くした。
「すべて、塵一つ残さず──すべて、ね」
朗らかな笑顔に似合わない、厳かな口調だ。
「すべて……すべてを……」
つぶやいたジャックさんの体から、ふたたびバチッと火花が散った──ように見えた。
※
アドニス王国。
バネッサの屋敷──ミレット公爵邸の地下室に、エレクトラはいた。
バネッサとセフィリアも一緒である。
昨日、二人はルーディロウム王国に送りこんだスキル保持者 と会ってきたそうだ。
もちろん彼らの居場所はエレクトラの予知で突きとめた。
予知通り、ハルトはもちろんジャックも戦う気になっているようだった。
もっとも、ジャックはその前に『ちょっとしたトラブル』に巻きこまれるはずだが──。
神の力を持つ者が、それくらいでつまずくはずもない。
トラブルを乗り越え、ハルトとジャックは魔の者に対して共闘する。
必ず大きな戦果を挙げるだろう。
この世界を守るために。
そして──戦いが終わった後、彼女たちは動き出す。
(そう、すべては計画通りに推移している)
エレクトラは内心でつぶやいた。
(計画通りに。そしてわたしが視た未来の通りに……推移する、はずだ)
何度も、何度も。
自分自身に言い聞かせるように。
と、
「では、始めましょうか。セフィリアさん」
「おっけー」
貴族の夫人と美少女僧侶が笑顔でうなずき合った。
「座標固定。空間歪曲。変異。収束──」
謳うように告げるバネッサ。
わざわざ言葉に出しているのは、スキルを使用するためのイメージ強化だろう。
「黒幻洞 現出開始」
バネッサが右手を突き出した。
前方に黒い染みのようなものが広がっていく。
一つ、また一つと染みの数が増えていく。
『移送』のスキルを操るバネッサが生み出した亜空間通路だ。
魔の者の大攻勢まであと二日──。
バネッサは順調に『黒幻洞 』を増殖させている。
本来なら不安定で、長時間の維持などできないその亜空間を、セフィリアが『修復』のスキルを使って絶えず補強し、維持する。
そして二日後には、大量に出現させた『黒幻洞 』から魔の者の軍勢がこの世界に降り立つ。
当然、ギルドの方もレーダーでそれを察知しているから、迎撃態勢を整えているはずだ。
(冒険者たちと魔の者たちの一大決戦……か)
エレクトラは二人の作業を手伝うことはできない。
とはいえ、ただ無為にそれを見つめているだけではない。
──運命の女神は 虚無を夢見る 。
スキルを発動させ、未来を予知する。
かつて予知した、自身が破滅する未来──。
それを回避するため、エレクトラは動いてきた。
ハルトと戦い、敗れ、バネッサと手を組み──。
自分が生き残る道を模索してきた。
(私は、必ず成し遂げる。生き残ってみせる)
堅い決意を胸に、エレクトラはもう何度目かも分からない未来予知を開始した。
セフィリアが発する光──『修復』のスキルに触れたとたん、ジャックさんが苦鳴をもらした。
「ジャックさん!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。動かないでね~」
驚く俺をセフィリアが制する。
「もうちょっとで終わるから」
言葉通り、次の瞬間には輝きは収まった。
「はあ、はあ、はあ……」
汗びっしょりのジャックさんがその場に崩れ落ちる。
「どうかな? 神のスキルに干渉するのは初めてだったけど、上手くいったはずだよ」
「……ああ、違和感は消えた」
ふうっと息をついて立ち上がるジャックさん。
「えへへ、驚かせちゃってごめんね~」
セフィリアが俺ににっこりと笑った。
地味な風貌だけど、よく見るとその顔は驚くほど整っていた。
たぶんちゃんと化粧とかすれば、すごい美人だと思う。
「魔族の一大侵攻に向けて、これで万全の体調で挑めるわね」
バネッサさんが告げた。
「突然のことで悪かったけれど、ジャックさんをここまで運んだのはそれが理由よ。魔族に今までとは違う動きがある。対抗するためには、冒険者だけではなく──あたしたち神の力を持つ者も必要だと思って」
「今までとは違う動き……」
「あいにく、あたしやセフィリアさんの力は戦闘向きではないから前線には出られない。でも支援はさせてもらうわ。陰ながら、ね」
「あたしもー。治すのは得意だけど、直接戦うのはからっきしなの。そもそもランクCだから、今回のクエストに呼ばれなかったし、えへへ」
セフィリアが笑う。
「戦いが好きじゃないのは分かるわ」
バネッサさんがジャックさんを見つめた。
「けれど魔族の手が世界中に伸びれば、あなたの身近な人間にも危険が及ぶでしょう。ここで叩いておくのがベストではないかしら?」
「俺の……身近な人間にも……」
うめくジャックさん。
「バネッサさんの言う通りだね。自分の大切なものを脅かすものは、滅ぼし、壊すべきじゃないかな」
セフィリアがにやりと笑みを深くした。
「すべて、塵一つ残さず──すべて、ね」
朗らかな笑顔に似合わない、厳かな口調だ。
「すべて……すべてを……」
つぶやいたジャックさんの体から、ふたたびバチッと火花が散った──ように見えた。
※
アドニス王国。
バネッサの屋敷──ミレット公爵邸の地下室に、エレクトラはいた。
バネッサとセフィリアも一緒である。
昨日、二人はルーディロウム王国に送りこんだスキル
もちろん彼らの居場所はエレクトラの予知で突きとめた。
予知通り、ハルトはもちろんジャックも戦う気になっているようだった。
もっとも、ジャックはその前に『ちょっとしたトラブル』に巻きこまれるはずだが──。
神の力を持つ者が、それくらいでつまずくはずもない。
トラブルを乗り越え、ハルトとジャックは魔の者に対して共闘する。
必ず大きな戦果を挙げるだろう。
この世界を守るために。
そして──戦いが終わった後、彼女たちは動き出す。
(そう、すべては計画通りに推移している)
エレクトラは内心でつぶやいた。
(計画通りに。そしてわたしが視た未来の通りに……推移する、はずだ)
何度も、何度も。
自分自身に言い聞かせるように。
と、
「では、始めましょうか。セフィリアさん」
「おっけー」
貴族の夫人と美少女僧侶が笑顔でうなずき合った。
「座標固定。空間歪曲。変異。収束──」
謳うように告げるバネッサ。
わざわざ言葉に出しているのは、スキルを使用するためのイメージ強化だろう。
「
バネッサが右手を突き出した。
前方に黒い染みのようなものが広がっていく。
一つ、また一つと染みの数が増えていく。
『移送』のスキルを操るバネッサが生み出した亜空間通路だ。
魔の者の大攻勢まであと二日──。
バネッサは順調に『
本来なら不安定で、長時間の維持などできないその亜空間を、セフィリアが『修復』のスキルを使って絶えず補強し、維持する。
そして二日後には、大量に出現させた『
当然、ギルドの方もレーダーでそれを察知しているから、迎撃態勢を整えているはずだ。
(冒険者たちと魔の者たちの一大決戦……か)
エレクトラは二人の作業を手伝うことはできない。
とはいえ、ただ無為にそれを見つめているだけではない。
──
スキルを発動させ、未来を予知する。
かつて予知した、自身が破滅する未来──。
それを回避するため、エレクトラは動いてきた。
ハルトと戦い、敗れ、バネッサと手を組み──。
自分が生き残る道を模索してきた。
(私は、必ず成し遂げる。生き残ってみせる)
堅い決意を胸に、エレクトラはもう何度目かも分からない未来予知を開始した。