8 「人が誰しも持つ、その本能に」

文字数 2,668文字

「向こうの攻撃が通じないなら、あたしたちで──」

「ジャックさんの動きを封じましょう」

 リリスとアリスが杖を構えた。

「全員で一斉攻撃を」

「了解よ」

 ルカとサロメが目配せをする。

 四人は同時に動いた。

 ルカとサロメが二方向から襲いかかる。
 リリスとアリスの魔法が続けざまに叩きこまれる。

「無駄だ……」

 だけど、そのすべてが当たらない。
 かすりさえ、しない。

 確かに俺のスキルで守られているから、リリスたちがダメージを負うことはない。
 ただ、ジャックさんの超速の前には四人の攻撃は当たらない。

 互いに決定打を与えられない状況だ。

「自らの意志にかかわらず、完全自動で発動する防御……とはね」

 バネッサさんが俺の側に寄った。

「スキル保持者(ホルダー)が反応や知覚できない攻撃を放っても、すべてを封殺し、絶対にダメージを受けない空間──なるほど、まさに『封絶の世界(エリュシオンゲート)』ね。この空間内であなたを傷つけられる者はいない」

「いえ、少し違います」

 俺は首を振る。

「俺が護ろうとする者──護りたい者すべてに対する攻撃を封殺する空間です」

 そう、これ以上リリスたちに危害を加えることはできない。
 俺が『封絶の世界(エリュシオンゲート)』を展開した範囲内では、もう誰も傷つけさせない。

「お前がすべてを護るというなら……俺はすべてを破壊する……!」

 ジャックさんがどう猛にうなった。

「魔の気配を持つ杖を、それを持つ者を、それを護る者を──すべてを……!」

 全身の甲冑の亀裂から漏れ出る赤光が、さらに輝きを増す。

 ぐるるる……おおおおお……ぉぉぉぉぉぉぉぉ……んっ!

 竜そのものの咆哮が響く。

 無限に強化されていく竜戦士の攻撃が、再開された。

 無数の拳が、蹴りが、牙や爪、尾が──。
 赤い流星のような軌跡を描いて叩きこまれる。

 俺だけじゃなく、リリスたちも含めて、無差別に。
 竜戦士の打撃は黄金の障壁とぶつかり合い、美しいきらめきを周囲に生み出した。

 黄金の空間がなければ、周辺は塵も残さず消滅するのでは、と思わせるほどの膨大な破壊力──。

「壊せない……!?

「もう、終わりだ。ジャックさん」

 俺は竜戦士を見据えた。

「頼む、止まってくれっ」

 言って、俺はジャックさんに突進する。

 攻撃──ではない。
 正面から羽交い絞めにして、ジャックさんに呼びかける。

 俺に攻撃手段はない。
 声を届けることしかできないから──届け続ける。

「こんなことはもう……終わりにしよう」

「離れろ……俺は……」

 ジャックさんが苦々しい声でうめく。

 ふいに──。
 竜戦士の頭部に輝く紋様が浮かび上がった。

 翼を広げた竜のような意匠。
『支配』の紋様か。

「……見つけたわ、打開策を」

 ふいに、バネッサさんがつぶやいた。

「ハルトさん、跳ぶわよ」

「えっ、跳ぶ?」

「備えて」

 告げて、バネッサさんが呪言を唱えた。

天翼転移(フィオルート)



 一瞬の後、周囲は純白の空間に変わっていた。

 俺の側にはバネッサさんが、そして前方にはジャックさんがいる。

「ここは──」

 もしかして、意識内の世界(インナースペース)……?
 バネッサさんの『移送』の力で俺たち全員が異空間に移動したのか。

「くっ……うう……頭が、割れる……ぐうぅぅぅぅっ……!」

 ジャックさんは両手で頭を抱え、苦悶の声をもらした。
 額に、ふたたび竜のような紋様が浮かんでいる。

「あなたがジャックさんに最大限まで力を使わせたおかげで、はっきりと浮かび上がってきたようね。今その姿を映し出してあげる──」

 バネッサさんが竜戦士の紋様を見据え、人差し指で指し示した。

異相転写(フィオラーグ)

「ぐあ……ぁぁぁっ……!」

 ジャックさんの苦悶の声が一際大きくなった。

 同時に、その背後にすらりとしたシルエットが浮かび上がる。

 流麗な黒髪に、紅玉を思わせる紅の瞳をした美しい少年。
 年齢は俺と同じくらいだろうか。

「君たちは──そうか、護りと移送の力を持つ者、だね」

 少年が俺とバネッサさんを見て薄く笑った。

「現世で相まみえることはなかったけど、僕の名前はレヴィン・エクトール。初めまして、ハルト・リーヴァくん、バネッサ・ミレット公爵夫人」

「……『支配』のスキル保持者(ホルダー)か」

 俺はレヴィンをまっすぐに見据えた。

「ああ、ひどい話だよ。僕の遠大なる野望を、彼はすべて打ち砕いた」

「……お前が、俺の周囲に手を出したからだ」

 肩をすくめるレヴィンを、ジャックさんがにらむ。

「僕は君と仲間になりたかっただけさ」

「仲間? 支配し、されるだけの関係を仲間とは呼ばない」

 竜戦士がうなる。

「俺の大切な者にまで侵食してくる奴は許せん……破壊する……!」

 ジャックさんの拳がレヴィンに叩きつけられた。

 だけど、しょせんは映像。
 超音速の拳は空しくレヴィンの姿を通過する。

「随分攻撃的だね。まあ、いいさ。僕が最後に残した呪いは君を蝕んでいる。せいせいするよ」

 と、支配を司る美少年はほくそ笑んだ。

「どうして、こんなことをする──」

 俺は苛立ちを隠せずに問いかけた。

「彼に支配の呪いを残したことかい? それとも僕が世界のすべてを支配しようしていたこと?」

 レヴィンが俺に向き直る。

「どちらも理由は一つ。本能だよ」

「本能……?」

「それが、僕らの持つ力の意味。他者より恵まれたい。他者に優越したい。他者を貪りたい。他者を支配したい──僕はその本能に従い、神から与えられた力を振るっただけさ。人が誰しも持つ、その本能に従ってね」

 何が、本能だ。
 傲岸に笑う美少年を見て、苦々しい思いが込み上げた。

 今は、ジャックさんと戦っている場合じゃないのに。

 他の区域では、冒険者たちが魔の者との決戦に臨んでいる。
 俺たちも加勢しなきゃいけないのに──。

「僕はただの残留思念。レヴィン・エクトールが最後に残した憎悪、憤怒、無念、そして──絶望」

 レヴィンが凄惨な笑みを浮かべた。

「すべての原因を作ったジャック・ジャーセが破滅するまで、この思念が晴れることは決してない」
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