11 「誓え」

文字数 2,354文字

 さあ、僕のしもべになれ──。

 先ほどのレヴィンの声が、脳内で反響する。

「ぐっ……ぅぅぅぅ……ぅぁぁぁああああ……っ……!」

 意識が薄れ、別の何かに塗り替わっていくような感覚に、ジャックはうめいた。

 苦痛はない。
 不快もない。

 むしろ、甘美な心地さえある。

(これが、あいつの……力……!)

 レヴィンにすべてを委ねたいという衝動が込み上げる。
 彼の足元に跪き、忠誠を誓いたいという願望が湧きあがる。

 あまりにも甘く、妖しい誘惑だった。

 あらゆるものを隷属させる、絶対支配の力──。

 それに抗うすべはないのかもしれない。
 レヴィンのスキルの効力が及べば、自分も彼のしもべになってしまうのだろう。

 彼の命令のままに動き、意に沿わぬ言動を強いられ、あるいは戦い、殺し、壊し──。

 レヴィンの王国実現のための手駒にされる。

(俺は、そんなことはしたくない……絶対に!)

 ジャックは意志を振り絞り、強化スキルをかけ直した。

 まず自身の脚力と、触覚を強化する。

 同時に、自身の視力と聴力をマイナス方面に(・・・・・・・)強化した。
 何も見えず、聞こえない状態へと。

「くっ……ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 ジャックは咆哮した。

 視覚と聴覚を閉じた状態で、全身をたわめ、四足獣さながらの姿勢を取る。

 床を撃ち抜くほどの勢いで、駆け出した。
 たとえ目と耳が効かなくても、強化された触覚で空気の動きを感じ取り、爆発的な脚力で疾走する。

 体にぶつかる空気の抵抗感が、流れが、自身の速度と位置を教えてくれる。
 前方に漂うわずかな空気の揺らぎは、おそらくレヴィンの声だろう。

 驚きの声か、動揺か。
 それとも怒号か。

 いずれにせよ、ジャックの行動に対して反応し、声を発しているのは間違いない。
 そこを目指して、黒き獣騎士は一直線に奔る──。



『僕と目を合わせ、言葉を聞いた者は、たとえ何者だろうと僕の支配下に置かれる。いずれは神や魔さえも従え、跪かせてみせる──』



 先ほどのレヴィンの言葉を思い返す。

 つまり支配のスキルは一定程度の時間、相手の目を見て、言葉を聞かせなければ効果を発しない。
 そして、おそらくある程度距離が近くなければ使えない。

 いずれも推論だ。

 だが、もしそういった制限がないのであれば、ジャックが冒険者たちと戦っている間に、レヴィンは容赦なく自分を支配していたはずである。

 だから、この推論が正しいと仮定すると──支配のスキルを防ぐ方法が見えてくる。

 視覚と聴覚を一時的に封じ、戦う。

 ジャックにはそれができた。
 触覚を強化し、封じた二つの感覚を補うことで。

 ──次の瞬間、何かにぶつかった感触があった。

 ジャックの体当たりがレヴィンを正面から捕えたのだ。
 死なない程度に加減してあるとはいえ、常人をはるかに超える速度を持つ彼の突進の勢いをまともに受け、レヴィンは大きく吹き飛ばされる。

 同時に、強化率をマイナスまで下げていた視覚と聴覚を元の状態に戻す。

「ぐ……ううぅ……ぅ……」

 前方には床に倒れてうめくレヴィンの姿があった。

 先ほどの体当たりの衝撃で苦痛にうめいている。
 ジャックはその胸板を足で踏みつけ、動きを封じた。

「終わりだ。この距離なら、お前が支配のスキルを使うより、俺の攻撃の方が速い」

「くっ……」

 劣勢を悟った少年は唇を噛みしめる。

「……待て、話し合おう。僕は君に、何も──ぐ、あっ!?

「妙な動きをするな。妙な言葉を話すな」

 ジャックは踏みつける力を強め、釘を刺した。

 少しでも気を抜けば、レヴィンは支配のスキルで即座に反撃するだろう。

 その前に封じる必要がある。
 彼の力を。

 そう、二度と使えないように。
 完全に──。

 そのためには、まず恐怖を与えておくことだろう。
 脅しなど柄ではないが、もはやそんなことは言っていられない。

「俺がほんの少しでも力を込めれば、お前の体なんて簡単に砕ける」

 みりっ、と足元で骨が軋む音がした。

「あ……がぁ……ぁぁっ……」

 レヴィンは秀麗な顔を歪ませ、苦痛の声をもらす。

 ジャックは容赦しない。
 本気で殺すつもりだという気迫をこめなければ、脅しにはならない。

「ま、待て、待ってくれ! こ、こ、殺すのか、僕を!? 駄目だ、僕はこんなところで死ぬわけにはいかない! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 レヴィンが絶叫した。

 もはや悠然とした、王者のような風格はそこにはない。

 ただみじめに。
 ただ必死に。
 ただもがき、あがき──。

 命乞いをする、哀れな少年の姿があった。

「嫌だ、殺さないでくれ! た、助けてくれ!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、レヴィンが叫んだ。

「お願いします、助けて……助けてぇぇぇぇぇ……!」

 完全にプライドが折れた様子だ。

 ──これだけ脅せば十分か。
 ジャックはため息交じりに、強化を解いた。

 獣騎士状態から人の姿へと戻る。
 レヴィンの胸を踏みつけていた足をどかした。

「……そうだな。じゃあ、『二度と他人を支配しない』ことを誓え」

「わ、分かった。誓う!」

 即答するレヴィン。

「いや、言葉だけじゃなく行動で示すんだ」

「えっ……?」

 呆けたようにたずねる少年に、ジャックは冷然と告げた。

「鏡を持ってこい。それを使って、お前はお前自身を支配して、こう命じるんだ。『二度と他人を支配しない』──と」
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