1 「無理じゃないかな?」

文字数 2,747文字

 漆黒の雲が空一面に広がっている。
 館には、三人の女がたたずんでいた。

 東方風の巫女衣装をまとった少女──『予知』の力を持つエレクトラ・ラバーナ。
 豪奢な薔薇色のドレス姿の美女──『移送』の力を持つバネッサ・ミレット。
 僧侶姿のあどけない少女──『修復』の力を持つセフィリア・リゼ。

「さあ、存分に戦いなさい、冒険者たち」

 謳うように告げるバネッサを、エレクトラは静かに見つめる。

(とうとう計画が、本格的に動き出した)

 後は突き進むだけだ。

 エレクトラの望みである、破滅の回避を。
 その先にある、平穏な未来を。

「そしてハルト・リーヴァ、ジャック・ジャーセ。あなたたちの力で魔の者たちを退けて。露払いよ、ふふ」

「んー、ハルトくんとジャックくんは無理じゃないかな?」

 セフィリアが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あら、どういうことかしら?」

「だって、あの二人ってさ、魔族とか関係なしに戦い始めたみたいだよ?」

 セフィリアは冗談めいた笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。

 いや、そもそも──このあどけない少女は、いつもそうだ。
 顔では笑みを浮かべても、目だけは常に冷たく底冷えのするような光を浮かべている気がする。

「……確認してみるわ」

 バネッサが右手の人差し指で前方を指差した。

異相転写(フィオラーグ)

 二メティル四方ほどの空間が変異し、映像が浮かび上がる。
 冒険者ギルドの建物の中のようだ。

 青黒いシルエットが見えた。
 獣を思わせるフォルムをした戦士──ジャック・ジャーセの戦闘形態。

 対峙している十数人の冒険者の中には、ハルトの姿もある。

 これから現れる魔の者に対して共闘する──という雰囲気ではなかった。
 ハルトたちとジャックの間に流れる空気は、明らかに戦闘時のそれだ。

「馬鹿な……どうなっている……!?

 エレクトラはうめいた。

「先日予知したときには、こんな光景はなかった……」

「未来は絶えず変化するんでしょ? おねーさんが言ってた通りだね」

「だ、だが、これほど急激に変わるのはおかしい」

 セフィリアの言葉に首を振るエレクトラ。

 自分たちの計画が、運命そのものを狂わせているのか。

 生き延びるための、起死回生の一手が。
 逆に、すべてを滅ぼす最悪の一手へと変じようとしているのか──。

「まさか、君の仕業か……?」

 エレクトラはセフィリアを見据えた。

「うん、『修復』のスキルでジャックくんの中にくすぶっていた『支配』の残滓を完全な形に戻したの。時間が経ったら効果が発動するようにして、ね。ジャックくんには『治療してあげる』なんて嘘ついちゃったけど」

 悪びれもせず、少女はうなずいた。

「だから今のジャックくんは『すべてを壊せ』『滅ぼせ』っていう言葉に『支配』された状態なんだよね、えへへ」

「君は、なんてことを……!」

 エレクトラが苦々しい顔で舌打ちする。

 戦神から『強化』のスキルを授かった最強の戦士が、すべてを滅ぼす暴走状態と化した──考えただけでも、ゾッとする話だ。

「だって、面白そうだったんだもん」

「ふ、ふざけないで! そんな理由で──あたしたちの計画が狂えば、世界そのものが危険にさらされるのよ!」

 こわばった表情で話に割って入るバネッサ。

 エレクトラもまた険しい視線をセフィリアに向けた。

 何を考えているのか、まったく分からない。
 少なくとも、こちらの計画には協力的だと思ったのだが──。

「退屈してたんだよね、あたし。スキル保持者(ホルダー)になる前から、ずーっと」

 セフィリアがつぶやく。

「でも、この力をもらって……どうせなら世界に大混乱をもたらしたい、なんてね。大丈夫、まだどう転ぶか分からないから」

 あっけらかんと笑うセフィリアに神経を逆撫でされる。

(この女はすべてを危険にさらす。存在してはならない。わたしが、生き延びるためには……!)

 いっそのこと精霊を召喚して攻撃すれば、と考えてみる。

 セフィリアは僧侶の力を持っているが、しょせんはランクCの冒険者。
 戦闘能力という点では、見るべきものはないだろう。

 厄介なのは、やはり『修復』のスキルだ。
 エレクトラにもまだその全貌は見えない、神の力──。

「あ、でもおねーさんには視えてるのかな? 結末が」

 相変わらずの朗らかな笑顔だが、やはり、その瞳は笑っていない。
 こちらの内心を見透かすような、底の見えない光が浮かんでいた。

「……わたしにも分からない」

 エレクトラはその眼光から逃れるように顔を背ける。

「未来が揺らぎ続けている。おそらくは不確定要素が多すぎるか、あるいは──」

 神の力同士の戦いには、予知の力も及ばないのか……?

「確かジャックくんは獣騎士形態(コードビースト)を操るんだよね」

 セフィリアが楽しげに言った。
 獣騎士形態(コードビースト)──高位魔族が使う近接系最強クラスの戦闘形態だ。

「ハルトくんの防御能力は確かに絶大だよ。女神さまから授かったものだからね。でも、ジャックくんの力も同じく戦神さまからもらったもの。神の攻撃と神の防御──勝つのはどっちなのか、セフィリア、とっても興味あるなー」

 嬉しそうに語るセフィリア。
 まるで子供のように無邪気に、語る。

「できれば共倒れがいいかな。お互いに絶望して、苦悶して、すべてを呪って、憎んで死んでよ。あたし、そういうのを見るのが大好きなんだー、ふふ」

「冗談じゃないわ。今のタイミングでスキル保持者(ホルダー)同士が潰しあうなんて意味がない!」

 バネッサが険しい表情で叫んだ。
 常に泰然としている彼女にしては珍しく、感情をあらわにしている。

「あたしが行かなければ──」

「大変だねー。空間転移で行ったり来たり。いくらおねーさんでも精神力が持つのかな?」

 笑うセフィリア。

「そのスキルって、けっこう消耗が激しいんでしょ? セフィリア、知ってるよ」

「……この戦いは微妙なパワーバランスの上に成り立っているわ。彼らが共倒れしてはバランスが崩壊する。行くしかないのよ」

 バネッサがセフィリアをにらんだ。

「あなたがしたことを糾弾するのは後にしておくわ。あたしは彼らのところへ──」

 告げて、その姿が消える。
『移送』の力でハルトたちの元へ向かったのだろう。

 揺らぎ続ける未来の果てに、どんな結末が訪れるのか。
 もはやエレクトラにも読み切れない──。
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