2 「俺にできることをしたいから」

文字数 3,057文字

「一週間ぶりですね、ハルトさん」

「ボクも来たよっ、ハルトくん」

 リリスの背後には銀髪ショートボブの美少女と、紫髪ロングヘアの同じく美少女──アリスとサロメがいる。

 ちなみにリリスとアリスは初めて会ったときと同じく、体のラインが浮き出る黒い上衣にスカート、その上から黒いローブを羽織った黒ずくめという格好だ。

 サロメの方は体をすっぽり覆う外套を身に着けていた。
 踊り子風の露出度の高い衣装だと、さすがに外を歩くのは寒いからだろうか。

「三人とも久しぶり」

 俺は挨拶を返した。
 思わず頬が緩む。

 彼女たちにまた会えたのは、俺としても嬉しい。
 あらためて対面すると、リリスやアリスはもちろん、サロメも負けず劣らず可愛いな。

「もしかして、また冒険者の仕事か? まさか町に魔獣が出るとか……」

 いや、いくらなんでも二週連続で魔獣に襲われたりしないか。

「ええ、出るのよ」

「出るのかよ!?

 ……この町、呪われてるんじゃないだろうか。

 魔獣っていうのは、『魔界』と呼ばれる異空間から突然現れるモンスターのことだ。
 出現時期も、場所も、ランダムだって言われてる。

 だから世界中のあちこちで現れるんだけど、出現頻度はそれほど高くなかった。
 数日に一体現れるかどうか、ってところ。

 世界中に百以上ある国の中で、一つの都市が二週連続で襲われるとは──運が悪いなんてレベルじゃないな。

「冒険者ギルドの虚無闇測盤(ヴォイドレーダー)によると、あと三日でタイラスシティ郊外の南東数百メティル内に出現するはずよ。正確には魔獣じゃなくて魔族が、ね」

「魔族……? 魔獣とは違うのか?」

「ええ、一般的にはひとくくりに『魔獣』と呼ばれることもあるけど、ギルドでは二種に分類されているの。簡単にいえば、知能の低いモンスタータイプを『魔獣』、人間並みの知能を持つタイプを『魔族』と呼称しているのよ。あくまでも便宜上の分類で両者は基本的に同質の存在なんだけどね」

 俺の問いに答えるリリス。

「で、今回現れるだろうと予測されているのは魔族の方よ。種族名は『空間食らい(Dイーター)』。脅威評価はクラスA」

「クラスA……?」

「クラスっていうのは魔獣や魔族の強さを表すために、ギルドが分類したもの。最強のSから最弱のEまで六段階に分かれているの。ちょうど冒険者のランク分けと対応してる形ね」

 と、説明を続けるリリス。

「ちなみにこの間の竜はクラスSよ」

「じゃあ前回より弱いってことか」

「単純な戦闘能力だけならそう。だからといって──楽な戦いになるとは限らない」

 リリスが険しい表情になった。

「前回の竜は魔法が使えないタイプだったし、ブレスや爪、牙などの直接攻撃力は高いけど、城壁があれば侵入を防ぐことができたの。でも、今回の魔族は違う」

 と、物憂げな吐息。

「Dイーターは空間操作系の魔術を操るの。空間を歪めて攻撃したり、あるいは瞬間移動のような術まで使えるそうよ」

「瞬間移動……ってことは、城壁が役に立たないのか?」

 今度は俺が険しい表情になる番だった。
 それって敵がどこに現れるか分からない、ってことだよな。

「魔族が町に侵入してくるのは確実でしょうね」

 リリスがうなずく。

「つまり──戦いは町中で行われることになる。もちろん町長さんを通じて避難勧告は出してもらうけど、神出鬼没の敵だから確実に迎撃できるとは限らない。もしも魔族があたしたちの防衛ラインをすり抜けて、住民の避難先まで移動してきたら」

 そこまで言って、リリスの表情に暗い影が浮かんだ。

「虐殺、でしょうね」

「虐殺……」

 俺はごくりと息を呑んだ。

「魔族には殺戮を好む者が多い。人の持つ負の感情──恐怖や絶望は、彼らにとってエネルギー源だから。実際にそうやって一つの町の住人が皆殺しにされた事例も、いくつもあるから……」

 背筋がゾッとなった。

 俺の身近な誰かが襲われるかもしれない。
 殺される、かもしれないんだ。

 ある意味では、竜よりもずっと脅威である。
 少なくとも『守り難さ』という点においては……。

「魔獣や魔族には、それと同格以上の冒険者でなければ対処してはいけない規則なの。今回はクラスAだから、担当するのはランクA以上の冒険者」

「要はボクのことだね」

 と、サロメが暗くなった雰囲気を払拭するように明るく笑う。
 天真爛漫な笑顔を見ていると、なんだか気持ちが上向きになる。

「こう見えてもランクAの冒険者なんだよ、ボク」

 確かリリスとアリスはランクBって言ってたから、サロメはそれより格上なのか。

「で、ボクの助手扱いでリリスとアリスに来てもらったの。助手の場合は、魔獣や魔族と同格じゃなくてもOKって規則だから依頼したってわけ。そして──キミにも」

「俺……?」

「おおよそのことはリリスとアリスから聞いてるよ。ハルトくんは冒険者じゃないけど、それに匹敵するだけの能力があるんでしょ? 今回の任務では、キミもボクの助手として手伝ってほしい。少しでも戦力が多い方がいいからね」

 サロメが俺に右手を差し伸べた。
 微笑を消し、真剣な顔で俺を見つめる。

「もちろんキミには拒否権がある。危険な任務だし、断ってくれてもかまわない」

「いや、一緒に戦うよ」

 俺は迷わず彼女の手を握った。
 柔らかくて、温かな手だ。

 神出鬼没の敵。
 町の人たちが襲われるかもしれない相手。

 そんなことを聞いて、断るなんて選択肢は出てこなかった。
 俺にだって──魔族に立ち向かう力はあるんだ。

「俺も、俺にできることをしたいから」

 決意は、固まった。

「じゃあ、堅苦しい話は終わりだね。これから四人で共同戦線なわけだし、親睦を深めるためにもご飯食べよ」

 ふたたび笑顔に戻ったサロメが提案する。

「……サロメはただ食べたいだけでしょ」

「食いしん坊さんですからね~」

 リリスとアリスが即座にツッコんだ。

「だってボク、この町に来たのは初めてだし。名物料理とか食べたい。食べたいっ」

 目をキラキラさせて熱弁するサロメ。

「じゃあ、家に連絡してくるよ。今日は外食する、って」

 俺はいったん彼女たちに別れを告げた。

 実家まではここから十分ほどの距離だ。
 魔族のことはいちおう伏せ、今日の夕食はリリスたちと一緒に食べるって言ったんだけれど──。



 俺の家はタイラスシティ南区域の住宅街にある。
 石造りの一軒家だった。

 特別金持ちってわけじゃなく、めちゃくちゃ貧しいってわけでもなく──この町におけるスタンダードな『平民の家』って感じである。

 そこに俺はリリスとアリス、サロメの三人を連れてきた。
 夕食のことを話したら、両親が三人を招待したいと行ってきたのだ。

「お招きいただきありがとうございます。私はアリス・ラフィール。こちらは妹のリリス・ラフィールです~」

 アリスがほんわか笑顔で挨拶をする。

「お、お邪魔します……」

 一方のリリスは柄にもなく緊張しているみたいだった。

「ボクはサロメ・エシュです。ご馳走になりますねっ」

 元気よく言って頭を下げるサロメ。

 ──というわけで、今日の夕食は彼女たちを交えてのものとなった。
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