5 「ハルトに気があるのでしょう?」
文字数 3,380文字
「じゃあ、あらためて。ハルト、審査合格おめでとうっ」
リリスがにっこり笑顔で祝福してくれた。
「おめでとうございます~」
「いやー、よかったよかった」
「おめでとう」
優しく微笑むアリス、朗らかに笑うサロメ、淡々と告げるルカ。
四者四様の態度で祝われ、あらためて喜びが込み上げる。
──今日は俺の冒険者合格祝いってことで、リリス、アリス、サロメ、ルカの四人がちょっとしたパーティを開いてくれたのだ。
場所は以前から滞在している宿の一階にある食堂。
その一部を貸し切り、ご馳走を振る舞ってもらっている。
丸いテーブルに、俺から時計回りにルカ、リリス、アリス、サロメという席順だった。
ルカは明日から遠出の依頼で、アギーレシティから戻ってきたばかりのサロメも明後日にはまた別の都市まで仕事に行くそうだから、二人とはしばらくお別れだ。
「いいのか、これ……めちゃくちゃ高そうだぞ」
肉も野菜も最高級品。
食器からして芸術品みたいなすごいのを使ってるし、一目で特別メニューであることが分かる。
俺は中流に属する家庭で育ったから、こんな豪華な料理を食べるのは初めてだ。
「冒険者として高い報酬をもらってるんだから、こういうときに使わなくて、いつ使うのよっ」
リリスが力説した。
「そうそう、ハルトくんを口実に……じゃない、ボクたちのお祝いの気持ちだよ……うわぁ、これいい匂い……遠慮せずに受け取って……じゅるり、早く食べたい……ふわぁ、さすが極上コース……うふふふふふふ」
本音だだ漏れじゃないか、サロメ。
「魔将迎撃作戦に加わった冒険者には多額の報酬が出ましたし、少しでも還元させてください」
「ハルトは善意の協力者ということで、あまり報酬をもらえなかったと聞いているわ」
と、アリスとルカ。
そう、俺はあの時点では冒険者じゃなかったため、正規の冒険者であるルカたちと違って報酬は微々たるものだった。
ほとんどボランティア扱いらしい。
「ギルドはなんでもかんでも規則規則だからねー。ま、ハルトくんの報酬が少なかった分、せめてこういう形で……ね?」
サロメが言いながら、俺のグラスに酒を注いでくれた。
この国では十五歳から飲酒できるけど、ルカは大丈夫なのかな?
たぶんギリギリ年齢を超えてる……よな?
「ルカは十五歳だそうよ。ちゃんとお酒を飲める年齢だから大丈夫」
俺の内心を読んだように、リリスがにっこり笑う。
「だから今日は美味しいものいっぱい食べて、美味しいお酒もいっぱい飲みましょっ」
……ん?
俺は今さらながら、リリスの雰囲気が違うことに気づいた。
なんだろう、いつもより艶めいて見えるっていうか……?
「どうかしたの、ハルト? あたしの顔に何かついてる?」
言ってから、リリスはハッとした表情になる。
「あ、違うの、これはその……」
と、恥ずかしそうに指先で自分の唇を押さえた。
ああ、口紅を薄くつけてるのか。
俺はようやく気づいた。
「リリスちゃん、今日はちょっぴりお化粧していて、いつも以上に美人さんですよね、ハルトさん」
と、アリス。
「お昼ご飯の後に、ちょっと見て回ったの。ちょうど知り合った女の子がお化粧すごく上手で教えてもらったりして……」
「メリエルさんに感謝ですね。綺麗ですよ、リリスちゃん」
メリエルっていうのは、その知り合った女の子の名前らしい。
「へえ、気になる彼にアピールチャンスって感じ? ねえねえ?」
サロメがニヤニヤ顔でツッコんだ。
いや、気になる彼って──まさか、リリスが俺のことをそんなふうには思ってないだろ。
「ち、ちょっと、姉さんもサロメも違うの、これはだからその、えっと、身だしなみというか……なんとなくの気分っていうか、だからあのその……」
なぜかリリスは慌てふためいていた。
「お化粧しながら『彼に可愛いって言ってもらえるかな……』なんてつぶやいてましたよね?」
「い、言ってないよ、そんなこと!? あたしは別に、だから、あの、そのっ……あ、でも、もしかしたら言ったかも……えっと、あわわわ……」
リリスはもはやパニック状態だ。
どうやら、こういう冗談に弱いタイプらしい。
普段の勝気さと照れてるときのギャップが可愛らしかった。
「じゃあ、私の代わりにリリスがここに座ったほうがいいわ」
ルカがぽつりとつぶやく。
「えっ、ルカ?」
「ハルトに気があるのでしょう?」
ルカはいつも通りの無表情でリリスにたずねる。
対するリリスはますます慌てた様子で、
「も、もう、ルカまでっ」
ルカは返事も聞かずに、俺の隣の席を立ってしまった。
「今からそこはリリスの席」
「ほら、リリスちゃん、遠慮しちゃダメですよ~」
アリスが半ば無理やりリリスを押す。
「……あんまり遠慮してると、代わりに私が座っちゃいますから」
「えっ、姉さん?」
「い、いえ、なんでも……ほら、ルカちゃんがせっかく勧めてくれてるんですから」
「まあ、ルカがそこまで言うなら、べ、別に深い意味は全然、ちっとも、ま、まったくないんだけど、席を交代しよっかな……」
リリスは耳元まで真っ赤になりながら、ルカと席を替わった。
ふわり、と清潔感のある石鹸の匂いが漂う。
リリスの香りだ。
俺の肩と彼女の肩が触れるか触れないかくらいの、距離感──。
緊張と照れと高揚が混じり合い、胸の鼓動が速まっていった。
──俺たちはワイワイと宴を楽しんでいた。
料理も酒も美味いうえに、四人の美少女に囲まれた状態で最高の気分だった。
「ふう……」
少し酔いが回ってきたのか、リリスが俺に軽く寄りかかる。
しなやかな肌。
柔らかくて弾力のある感触。
そして、かすかに開いた唇からもれる吐息が、やけに色っぽく感じる。
「……ん? どうかした……?」
「い、いや、別に……」
視線に気づいたのか、リリスが上目遣いに俺を見上げた。
「あ、ごめん……よりかかっちゃってたね」
恥ずかしそうに、彼女が身を離した。
二の腕辺りには、まだ柔らかな感触が残っている。
「それにしても、魔将との戦いでよく無事でしたね、ハルトさんもルカちゃんもサロメさんも……」
アリスは感心したような顔で俺を見つめた。
「ハルトが防御魔法で守ってくれたから」
「しかも、まるで詠唱してないみたいにすごいスピードで発動してたし」
ルカの言葉にサロメがうなずく。
「ふふ、あたしも見てたけど、すごかったよ……ハルト」
リリスが熱っぽい視線を向けてきた。
「いや、まあ……」
四人から口々に褒められて、俺は照れてしまった。
特にリリスの視線が、なんとも背中がむず痒くなるような感じだ。
「そういえば、魔将が妙なことを言ってたよね」
サロメがふと思い出したように言った。
「ハルトがナントカの力を持ってるって」
「ナントカの力……?」
「変な雑音みたいなのが混じって、よく聞こえなかったの。魔将の声」
サロメの説明に、ますます訝る俺。
「? 俺には、雑音なんて聞こえなかったけど……?」
言いかけたところで、ハッと気づいた。
もしかして──。
一つの仮説に行き当たる。
スキルを説明しようとしたら謎の痛みが走ったように。
魔将が俺のスキルを『神の力だ』と語ると、他の人にはそれが聞こえなくなるんじゃないだろうか。
俺には聞こえず、サロメにだけ聞こえた雑音っていうのは、つまり。
俺が神のスキルを持っていることを知らせないための──一種の防衛機構みたいな仕組みになっているんじゃないだろうか。
だとしたら、俺のスキルのことは誰にも明かせないし、たぶん明かしちゃいけないってことなんだろう。
──引き続き、この力は『防御魔法』ってことで通すか。
※ ※ ※
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リリスがにっこり笑顔で祝福してくれた。
「おめでとうございます~」
「いやー、よかったよかった」
「おめでとう」
優しく微笑むアリス、朗らかに笑うサロメ、淡々と告げるルカ。
四者四様の態度で祝われ、あらためて喜びが込み上げる。
──今日は俺の冒険者合格祝いってことで、リリス、アリス、サロメ、ルカの四人がちょっとしたパーティを開いてくれたのだ。
場所は以前から滞在している宿の一階にある食堂。
その一部を貸し切り、ご馳走を振る舞ってもらっている。
丸いテーブルに、俺から時計回りにルカ、リリス、アリス、サロメという席順だった。
ルカは明日から遠出の依頼で、アギーレシティから戻ってきたばかりのサロメも明後日にはまた別の都市まで仕事に行くそうだから、二人とはしばらくお別れだ。
「いいのか、これ……めちゃくちゃ高そうだぞ」
肉も野菜も最高級品。
食器からして芸術品みたいなすごいのを使ってるし、一目で特別メニューであることが分かる。
俺は中流に属する家庭で育ったから、こんな豪華な料理を食べるのは初めてだ。
「冒険者として高い報酬をもらってるんだから、こういうときに使わなくて、いつ使うのよっ」
リリスが力説した。
「そうそう、ハルトくんを口実に……じゃない、ボクたちのお祝いの気持ちだよ……うわぁ、これいい匂い……遠慮せずに受け取って……じゅるり、早く食べたい……ふわぁ、さすが極上コース……うふふふふふふ」
本音だだ漏れじゃないか、サロメ。
「魔将迎撃作戦に加わった冒険者には多額の報酬が出ましたし、少しでも還元させてください」
「ハルトは善意の協力者ということで、あまり報酬をもらえなかったと聞いているわ」
と、アリスとルカ。
そう、俺はあの時点では冒険者じゃなかったため、正規の冒険者であるルカたちと違って報酬は微々たるものだった。
ほとんどボランティア扱いらしい。
「ギルドはなんでもかんでも規則規則だからねー。ま、ハルトくんの報酬が少なかった分、せめてこういう形で……ね?」
サロメが言いながら、俺のグラスに酒を注いでくれた。
この国では十五歳から飲酒できるけど、ルカは大丈夫なのかな?
たぶんギリギリ年齢を超えてる……よな?
「ルカは十五歳だそうよ。ちゃんとお酒を飲める年齢だから大丈夫」
俺の内心を読んだように、リリスがにっこり笑う。
「だから今日は美味しいものいっぱい食べて、美味しいお酒もいっぱい飲みましょっ」
……ん?
俺は今さらながら、リリスの雰囲気が違うことに気づいた。
なんだろう、いつもより艶めいて見えるっていうか……?
「どうかしたの、ハルト? あたしの顔に何かついてる?」
言ってから、リリスはハッとした表情になる。
「あ、違うの、これはその……」
と、恥ずかしそうに指先で自分の唇を押さえた。
ああ、口紅を薄くつけてるのか。
俺はようやく気づいた。
「リリスちゃん、今日はちょっぴりお化粧していて、いつも以上に美人さんですよね、ハルトさん」
と、アリス。
「お昼ご飯の後に、ちょっと見て回ったの。ちょうど知り合った女の子がお化粧すごく上手で教えてもらったりして……」
「メリエルさんに感謝ですね。綺麗ですよ、リリスちゃん」
メリエルっていうのは、その知り合った女の子の名前らしい。
「へえ、気になる彼にアピールチャンスって感じ? ねえねえ?」
サロメがニヤニヤ顔でツッコんだ。
いや、気になる彼って──まさか、リリスが俺のことをそんなふうには思ってないだろ。
「ち、ちょっと、姉さんもサロメも違うの、これはだからその、えっと、身だしなみというか……なんとなくの気分っていうか、だからあのその……」
なぜかリリスは慌てふためいていた。
「お化粧しながら『彼に可愛いって言ってもらえるかな……』なんてつぶやいてましたよね?」
「い、言ってないよ、そんなこと!? あたしは別に、だから、あの、そのっ……あ、でも、もしかしたら言ったかも……えっと、あわわわ……」
リリスはもはやパニック状態だ。
どうやら、こういう冗談に弱いタイプらしい。
普段の勝気さと照れてるときのギャップが可愛らしかった。
「じゃあ、私の代わりにリリスがここに座ったほうがいいわ」
ルカがぽつりとつぶやく。
「えっ、ルカ?」
「ハルトに気があるのでしょう?」
ルカはいつも通りの無表情でリリスにたずねる。
対するリリスはますます慌てた様子で、
「も、もう、ルカまでっ」
ルカは返事も聞かずに、俺の隣の席を立ってしまった。
「今からそこはリリスの席」
「ほら、リリスちゃん、遠慮しちゃダメですよ~」
アリスが半ば無理やりリリスを押す。
「……あんまり遠慮してると、代わりに私が座っちゃいますから」
「えっ、姉さん?」
「い、いえ、なんでも……ほら、ルカちゃんがせっかく勧めてくれてるんですから」
「まあ、ルカがそこまで言うなら、べ、別に深い意味は全然、ちっとも、ま、まったくないんだけど、席を交代しよっかな……」
リリスは耳元まで真っ赤になりながら、ルカと席を替わった。
ふわり、と清潔感のある石鹸の匂いが漂う。
リリスの香りだ。
俺の肩と彼女の肩が触れるか触れないかくらいの、距離感──。
緊張と照れと高揚が混じり合い、胸の鼓動が速まっていった。
──俺たちはワイワイと宴を楽しんでいた。
料理も酒も美味いうえに、四人の美少女に囲まれた状態で最高の気分だった。
「ふう……」
少し酔いが回ってきたのか、リリスが俺に軽く寄りかかる。
しなやかな肌。
柔らかくて弾力のある感触。
そして、かすかに開いた唇からもれる吐息が、やけに色っぽく感じる。
「……ん? どうかした……?」
「い、いや、別に……」
視線に気づいたのか、リリスが上目遣いに俺を見上げた。
「あ、ごめん……よりかかっちゃってたね」
恥ずかしそうに、彼女が身を離した。
二の腕辺りには、まだ柔らかな感触が残っている。
「それにしても、魔将との戦いでよく無事でしたね、ハルトさんもルカちゃんもサロメさんも……」
アリスは感心したような顔で俺を見つめた。
「ハルトが防御魔法で守ってくれたから」
「しかも、まるで詠唱してないみたいにすごいスピードで発動してたし」
ルカの言葉にサロメがうなずく。
「ふふ、あたしも見てたけど、すごかったよ……ハルト」
リリスが熱っぽい視線を向けてきた。
「いや、まあ……」
四人から口々に褒められて、俺は照れてしまった。
特にリリスの視線が、なんとも背中がむず痒くなるような感じだ。
「そういえば、魔将が妙なことを言ってたよね」
サロメがふと思い出したように言った。
「ハルトがナントカの力を持ってるって」
「ナントカの力……?」
「変な雑音みたいなのが混じって、よく聞こえなかったの。魔将の声」
サロメの説明に、ますます訝る俺。
「? 俺には、雑音なんて聞こえなかったけど……?」
言いかけたところで、ハッと気づいた。
もしかして──。
一つの仮説に行き当たる。
スキルを説明しようとしたら謎の痛みが走ったように。
魔将が俺のスキルを『神の力だ』と語ると、他の人にはそれが聞こえなくなるんじゃないだろうか。
俺には聞こえず、サロメにだけ聞こえた雑音っていうのは、つまり。
俺が神のスキルを持っていることを知らせないための──一種の防衛機構みたいな仕組みになっているんじゃないだろうか。
だとしたら、俺のスキルのことは誰にも明かせないし、たぶん明かしちゃいけないってことなんだろう。
──引き続き、この力は『防御魔法』ってことで通すか。
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