5 「『視えて』いるよ」

文字数 2,654文字

 俺たちは町の南にある噴水公園にやって来た。

 二日前に占い師のエレクトラから教えてもらった場所だ。
 中央に石造りの大きな噴水塔があり、周囲には森が広がっている──というオーソドックスな公園だった。

「ここにルカとサロメがいるっていう話だけど……」

 俺は周囲を見渡した。

 月明かりに照らされた薄暗い公園には、ひと気がまったくない。

 本当に二人はどこかにいるんだろうか。
 祈るような気持ちで、俺はなおも辺りを探す。

「あの占い師さん、かなり評判みたいですからね~。当たってほしいです」

 アリスがきょろきょろと首を振って、公園内を見回す。

「サロメさん、それにルカちゃんも心配……」

 そういえば、ルカと仲がいいんだよな、アリスって。

「暗くならないで、姉さん。あの二人のことだからきっと大丈夫よっ」

 言葉とは裏腹に、リリスも心配そうだった。

 もちろん、俺だって不安である。

 二人の実力は承知しているけど、万が一ってこともある──。
 どうか無事でいてくれよ。

 公園内を歩くこと十分ほどで、そんな願いが通じたかのように、

「あはは、心配させちゃってごめんね」

 森の茂みの向こうから、露出の多い踊り子衣装を来た女の子が現れた。

 サロメだ。

「不覚を取ったわ」

 さらにルカも現れる。

「二人とも──」

 よかった、無事みたいだ。

 俺は安堵で胸を撫で下ろした。

「てっきり事件にでも巻きこまれたのかと思ったよ」

「もう、心配したんだからねっ」

 怒ったような、嬉しそうな、複雑な表情でリリス。

「──違います」

 ぽつりとつぶやいたのは、アリスだった。

「違うって、何が?」

 言いつつ、俺はルカとサロメをもう一度見つめる。

 ふと、違和感を覚えた。

 何かが、変だ。

「……偽物です」

 アリスが二人の足元を指差す。

 薄暗いから分かりづらいけど、そこにはあるべきはずのものがなかった。

 影が。

 何か──嫌な気配だ。
 不吉な予感を覚え、俺は『ある準備』をしておく。

「ほう、意外に冷静だな。仲間に再会できた喜びで、そこまで観察する余裕はないと思っていたが」

 ルカとサロメの背後から、もう一つの人影が現れた。

「お前、占い師の──」

 エレクトラだ。
 今日は白い千早に緋袴という東方風の巫女衣装だった。

「だが、当初の目的は果たせたよ。彼女たちを餌に、君たちをおびき寄せられた」

 告げて、エレクトラはぱちんと指を鳴らす。

「これで詰みだ、ハルト・リーヴァ」

 そのとき、俺は反射的に振り返った。

 理屈じゃない。

 本能で。

 何かが、そこにいると悟ったんだ──。

「っ……!?

 振り向いた先には、異形の怪物がいた。



 精霊──神や魔の世界に近しい幻想世界の住人。

 俺も実物を見るのは初めてだった。
 眼前の精霊は、翼の生えた虎のような姿をしている。

「知っている──いや、『視えて』いるよ」

 エレクトラが勝ち誇ったような笑みをこぼした。

「君のスキル発動には一瞬の精神集中が必要だ。だけど、わたしの精霊はその一瞬よりも早く──君を攻撃する。君に防ぐ術はない」

 確かにその通りだった。

 完全なノータイムで防御スキルを発動することはできない。
 スキルを使うためには、そう意識することが必要なのだから。

 防げ、と俺が念じるより一瞬早く、精霊の爪が迫る。
 スキルを使わなければ、死を免れない一撃が──。

 がきんっ!

 金属音とともに、俺の前方で弾き返された。

「何っ……!?

「だから、すでにスキルを展開しておいた」

 告げた俺の体は──虹色の輝きをまとっている。

 さっき二人の姿を見て違和感を覚えた際に、念のために護りの障壁(アーマーフェイズ)を張っておいたのだ。

 スキルを発動したときの虹色の光は目立つので、ふたたび不可視モードに戻す。

 ちなみにこのモードは最近の訓練で身につけたものだ。
 常に虹色の光をまとっていると、スキルを発動しているのがバレバレなうえに、光が消えるタイミングでスキルの効果時間まで知られてしまう。

 だから、訓練していたのだった。

「あなたは、この間の占い師──」

「どうして、私たちを襲って……!?

 リリスとアリスが驚きの声を上げた。
 エレクトラは彼女たちには答えず、ふんを鼻を鳴らして俺を見据える。

「……なるほど。わたしに見えた未来は君が精霊に襲われるところまで。結末までは見えなかったが──よく防いだね」

「未来を……見た?」

 その前の台詞からもなんとなく予感はあった。

 俺がスキルを持っていることを知っているかのような、台詞。

 やっぱり、こいつは──。

 俺の予想を肯定するように、エレクトラの胸元に淡い輝きが浮かぶ。

 東方の巫女を思わせる衣装の合わせ目を、ゆっくりと開くエレクトラ。
 清楚な外見に似合わない妖しい色香に──見とれる余裕はなかった。

 盛り上がった乳房の間に、輝く紋様が浮かんでいる。

「お前も……そうなのか」

 以前に出会った『殺し』のスキルを持つグレゴリオや、『強化』のスキルを持つジャックさんと同様に。

 エレクトラも──神のスキル保持者(ホルダー)なのか。

「次は外さない。確実に未来を読み取り、回避不能な攻撃を撃ちこむ」

 胸の合わせ目を元に戻し、エレクトラは俺を見据えた。



運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)



 声が、静かに響く。
 その瞳は俺を見ているようで、見ていなかった。

 たぶん──こいつが見ているのは未来の光景。
『未来を見る』スキル、ってことか。

 ただ俺があらかじめ護りの障壁(アーマーフェイズ)を張っていたことに気づかなかったみたいだから、こいつが見える未来にも限界はあるんだろう。

 たとえば、一定時間より先の未来は見えない、とか。

 だとすれば、攻略法は──。

 そのとき、俺の前方に浮かぶ紋様が明滅を始めた。

「なんだ……!?

 いや、俺だけじゃない。
 エレクトラの胸元からあふれる光も、同じく明滅を繰り返している。

「これは──」

 俺とエレクトラの驚きの声が重なる。

 スキルが共鳴している──のか!?
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