6 「来るぞ」

文字数 3,043文字

 十三の地点に現れる予定の『黒幻洞(サイレーガ)』は、レーダーの測定によるといずれも脅威評価がSか、それ以上。
 つまり、少なくともクラスSの力を持つ魔の者が襲ってくることになる、

 まさしく大規模クエスト──。

 集まった冒険者たちは十三のチームに分かれ、それを迎撃することになった。

 俺はサロメやアリスと同じチームになった。
 ちなみにリリスとルカ、バルーガさんやアリィさんたち四人組は、それぞれ俺たちとは別のチームだ。

「同じ組だね。一緒にがんばろ、ハルトくんっ」

 サロメが俺の背後から抱きついててきた。

「う、うわっ……」

 突然のことに戸惑う俺。

 さっきの戦いでもそうだったけど、妙にくっつきたがるな、サロメ……。
 むにっ、むにっ、と豊かな胸の感触が背中にダイレクトに伝わってくる。

「アリスもよろしくね」

 サロメはなおも胸を押しつけながら、アリスに微笑む。

「は、はい、がんばります……ぅ」

 アリスの笑みはなぜか少しだけこわばっていた。

「そうそう、アリスもがんばってアピールしないとねっ」

 サロメがけしかけた。

「えっ? ええっ!? が、が、がんばるっていうのは、その、冒険者としてクエストをがんばるって意味で……あわわわ、私は、そんな……」

 焦ったように両手を振るアリス。

「クエストはもちろんだけど、恋だってがんばらなきゃ。ね?」

 にっこり笑うサロメ。

「こ、こ、恋……っ!? わ、私は別に……そのぉ……」

 アリスがますます慌てたように両手を振りまくる。

 いや、話が妙な方向に飛んでるぞ?

「リリスもアリスも奥手なのは分かるけど、行くべきときは積極的に行かないとね。好きな人、取られちゃうよ?」

「……積極的に……」

 何かを考えこんでいるようなアリス。

「まあ、戦いの前にあんまりイチャつきすぎるのもアレだよね。気分を解そうと思ったんだけど、かえって余計なことしちゃったかな? ごめんね」

 サロメは苦笑を浮かべ、俺から離れた。

「終わったら、またボクとベタベタしようね、ハルトくんっ」

「……うう、やっぱり私ももっと積極的になったほうがいいんでしょうか……」

 アリスはアリスで何やら悩んでいるみたいだ。
 戦いの前だっていうのに、大丈夫だろうか。

 ともあれ、俺たちはギルドが用意した魔導馬車に乗りこみ、割り当てられた担当区域へと向かった──。



 三時間後、俺たちはルーディロウム王都の北西地点にいた。

 周囲に広がる草原と湖。
 爽やかな風が気持ちいい。

 風光明媚な観光地といった趣きだった。
 もうすぐここが戦場になるなんて信じられないほど美しい風景だ。

「私の獲物を取るなよ」

 ルドルフさんが静かに告げた。

 冒険者の中で三強と称される『天槍』のルドルフ・ライガ──。
 この人も、俺たちと同じチームである。

 身長二メティルを超える巨躯に、炎のように赤い全身鎧(フルプレートアーマー)
 そして全身から放つ圧倒的な闘気。

 これ以上頼もしい味方はない。
 相変わらず無感情な顔だけど、その声には熱が籠もっている。

 他にランクSやランクAの冒険者数人を加え、総勢で十人。
 それが俺たちのチームの構成だった。

「魔の者は私が仕留める」

 ルドルフさんが力強く告げた。

 相対しているだけで、すさまじい威圧感を受ける。

 別に乱暴な感じの人には見えないし、むしろ知性的な印象すらある。
 なのに、とにかく強烈なプレッシャーを振りまいていた。

 まるで、研ぎ澄まされた刃みたいな人だ。

「来るぞ」

 ルドルフさんが空を見上げた。

 俺たちの頭上に小さな黒点が出現する。
 人間界と魔界を繋ぐ亜空間通路『黒幻洞(サイレーガ)』。

 その黒点は徐々に広がっていき──。
 稲妻とともに、魔族が地に降り立った。

 数は、全部で五体。

「あいつらは──」

 いずれも見覚えのあるシルエットだった。

 最強の代名詞たる魔獣──『竜』。

 ボロキレのようなフードとマントをまとい、白い仮面をつけた魔族──『空間食らい(Dイーター)』。

 四本の腕を持つ騎士──『四腕の冥戦士(ヘルズアーム)』。

 ローブ姿に巨大な杖を携えた魔導師──『秘術使い(ミスティック)』。

 身長十メティル超の巨躯と剛力、そして火炎系の魔法を操る鬼──『炎の大鬼(ブレイズサイクロプス)』。

「前に戦ったことがある奴らばかりだな」

 俺は、スキルを使うために集中を高めながら言った。

「私の獲物はあれだ。一人でやる」

 手にした槍で竜を指し示すルドルフさん。
 がちゃり、がちゃり、と赤い甲冑を鳴らしながら、無造作に竜へと歩み寄る。

 相手は最強の魔獣と呼ばれる竜だけど、ルドルフさんもランクS三強の一人。
 自信がありそうだし、任せてもいいだろう。

 だとすれば、俺たちの敵は残りの四体。
 いずれもクラスAの強敵だ。

 盾役の俺が一番前に、後方にサロメとアリスが構える。
 アイコンタクトすら必要なく、自然とそんな陣形になっていた。

 他の数人の冒険者たちは剣や魔法の杖を構え、魔族や魔獣を見据えている。
 積極的に打って出ず、まずは相手の出方をうかがう体勢か。
 と、

「人間……我らが糧……」

「怯え、恐怖し、絶望せよ……」

「その負の感情を我らは食らう……」

 魔族たちが昏い声で告げる。

「ひしゃげて潰れよ……」

 先制攻撃はDイーターだった。

歪曲圧搾弾(プレッシャーボム)……!」

 呪文とともに空間圧縮攻撃を放つ。

紫電矢(サンダーアロー)

 さらにミスティックの雷撃魔法も襲ってきた。

 クラスA魔族二体による同時魔法攻撃。
 並の冒険者なら、この二種の攻撃をさばくことすら困難だろう。

 だけど、今の俺には──。



 ──形態変化(アルター)

 ──反響万華鏡(カレイドスコープシフト)



「『護りの女神の紋章(イルファリア・クレスト)』だと……ぐあっ!?

 響くDイーターの苦鳴。
 圧縮魔法を防御スキルで乱反射し、魔族にそっくりそのまま叩きつけてやったのだ。

銀色防盾殻(リアクトシェル)!」

 雷撃の方はアリスがあっさりと防ぐ。
 もはやクラスAの魔族程度では、どうあがいても俺たちの防御を破ることは困難だろう。
 と、

「っ……!? きゃあっ……!」

 弾けた衝撃波がアリスの体を跳ね飛ばした。
 防いだように見えたけど、威力を止めきれなかったのか……!?

「大丈夫か、アリス!」

 慌てて駆け寄る俺。

「ミスティックにこれほどの魔法能力はないはずですが……うう」

 とはいえ、攻撃の威力は防御呪文でほとんど消えていたらしく、アリスは軽い打ち身程度のようだ。

「立てるか、アリス?」

 俺は倒れた彼女を助け起こした。

「は、はい、平気です……きゃっ」

 ふらついたアリスが俺の胸元に倒れこんだ。
 慌てて支え直し、抱き合うような格好になる。

「あ……ハルト、さん……」

 顔を赤くしたアリスが俺を見つめていた。

 すぐ間近に彼女の顔がある。
 戦場であることすら一瞬忘れるほど、可憐な美貌が──。
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