7 「ハルトと一緒にいると」

文字数 2,671文字

 魔族討伐を終えた俺たちは、ギルドへ報告に行った。

 担当してくれたのは、先日俺が依頼報告をしたときの受付嬢だった。

「ここにいるハルト・リーヴァに助けてもらったの。彼の実績にも追加をお願い」

 と、ルカが説明する。

「探索だけでなく戦闘も……すごい」

 驚いた顔で俺を見つめる受付嬢。

「……将来有望かも。顔も悪くないし、ちょっと年下だけど、まあいいか。これで私も婚活のゴールを目指せるわね……うふふふ」

 妙にジロジロと見られてしまった。

 王都のギルドのジネットさんといい、受付嬢はこういう反応がデフォなんだろうか……?

「話を続けていいかしら?」

「こ、こほん、失礼しました」

 ルカがマイペースにたずねると、受付嬢は慌てた様に、すぐに元の事務的な態度に戻った。

「ええと、ランクDということは正式な依頼ではなく、巻きこまれての戦闘参加ということでよろしいですか?」

「正式な依頼を受けたのはここにいるアイヴィ。私はその助力依頼。彼は戦闘現場に居合わせて、依頼外で助力してくれた──という状況よ」

 ルカが説明する。

「彼の助けがあったから、スムーズに撃破できたわ。そうよね、アイヴィ」

「……は、はい、お姉さま。認めたくないですけど、あの人の防御魔法がなければ、あたしは殺されていましたし……うう」

 アイヴィはまだ悔しげだった。
 俺を横目で見て、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 本当に意地っ張りだな。
 俺はつい苦笑してしまった。


 ──俺たちは報告を終えて、ギルドを出た。

「では、あたしはこれで。お姉さま、ありがとうございました。それと──」

 ちらり、と俺を見るアイヴィ。

「ランクDにしては、まあまあね。ふんっ、いちおう礼は言っておくわっ。あなたのこと──まあ、その、認めてあげなくもなくもなくもないわよ、ハルト・リーヴァ。それじゃあねっ」

 最後まで悔しげにしながら、アイヴィは背を向ける。

「……もっと強くなって、今度こそお姉さまに認めてもらうんだからっ」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、そのまま走り去っていった。

「自分の力だけで魔族を倒せなかったのが、悔しいのよ。根は悪い子じゃないから」

 と、ルカがフォローを入れる。

「あなたに対しても感謝しているはず。素直に表現できていないけれど」

「気持ちは伝わったよ」

 俺は微笑んだ。

「……ん?」

 ふと見ると、ルカの二の腕辺りに赤い筋が走っている。

「ルカ、血が出てるぞ。大丈夫か?」

「さっきの戦いのときね」

 こともなげに自分の腕を見つめるルカ。

「魔族の武器がかすめただけ。これくらいなら放っておいても平気」

「ちゃんと治療したほうがいいぞ。女の子の肌に傷でも残ったら大変だ」

「女の子……?」

 キョトンとした顔で俺を見るルカ。

「いや、女の子だろ。ルカは」

「私はただの戦士よ」

「女の子であることに変わりないじゃないか。ほら、包帯巻いておくよ」

 俺は手持ちの治療キットを取り出した。
 冒険者の仕事のときに持ち歩いている簡易救急セットだ。

 ルカの傷口を軽く消毒し、包帯を巻いてやる。

 自分からやりそうにない雰囲気だったからな、まったく。
 意外と面倒くさがりなんだろうか。

「……ありがとう」

 ルカが礼を言った。
 思ったより至近距離に彼女の顔があって、ドキッとしてしまった。

「そ、そうだ、リリスやアリスが寂しがってたぞ」

 ドギマギを隠すために、そんな話題を口に出してみる。

「ルカやサロメと、今度また一緒に集まりたいって」

「寂しい……?」

 ルカがまたキョトンとする。

「しばらく会ってないからな。特にアリスはルカに親しんでるみたいだし」

「ハルトは」

「ん?」

「ハルトも、私に会えないと……寂しいの?」

 ルカが俺をジッと見つめた。

 俺たちの距離が、さらに近づく。
 かすかに触れた吐息が甘く香って、ますますドキドキしてしまった。

 普段は凛々しい少女騎士だし、最強と呼ばれるランクS冒険者の一人だけれど。

 こうして見ると、やっぱり俺より年下の──可憐な女の子なんだって気づかされる。

「そ、そりゃあ、寂しいよ」

 ドギマギしつつ俺は答えた。

「だから今回は久々に会えて嬉しかった」

「そ、そう……ハルトも」

「ルカ?」

「ハルトも……私に会えないと寂しい……! 私に会いたがってくれていた……!」

 なんか口元がにやけてるような──?
 さっきからルカらしくない態度連発だった。

「……あ、ち、違うの……ごめんなさい。おかしなことを言って」

 ルカはわずかに頬を赤らめ、顔を背ける。

「い、今の言葉は……忘れてっ……」

 照れているようにも、困惑しているようにも見える表情だった。

    ※

 冷たい水が、火照った肌に心地いい。

 宿に戻ったルカは一糸まとわぬ裸身になり、浴室で戦闘の汚れを洗い落としていた。

 小ぶりだが形よく膨らんだ乳房に沿って、透明な水滴が伝っていく。
 さらに引き締まった腹部や小さな尻の丸み、しなやかな両足を滴り落ちていく。

 ──女の子だろ。ルカは。
 ──そ、そりゃあ、寂しいよ。
 ──だから今回は久々に会えて嬉しかった。

 自身の裸身を見下ろしながら、先ほどのハルトの言葉を心の中で繰り返した。

「ん……」

 二の腕がかすかに沁みる。
 彼の巻いてくれた包帯が目に入った。

「ハルト……」

 そっと包帯を撫でる。

 彼の名前をつぶやくだけで胸が熱くなった。

 戦いが、今までのルカのすべてだった。

 剣を振っているときだけは、生きていることを実感できる。
 人としての触れ合いなど不要。

 戦士としての生き様こそ、ルカ・アバスタそのものだと。

 なのに──。
 ふうっ、と悩ましげな吐息が自然にもれた。

 裸の体を自らの両腕でそっと抱きしめる。

「戦い以外でこんなふうに気持ちが高ぶったのは初めて。不思議」

 唇を震わせて、つぶやく。
 言葉に出すことで、自分の気持ちを確かめるように。

「ハルトと一緒にいると、気持ちが温かくなる。胸に不思議な疼きがある。この感覚は何……?」

 甘酸っぱいときめき。
 世界が輝いて見えるような感覚。

 芽生え始めた感情は──ルカにとって未知のものだった。
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