ザクロ館 その五
文字数 2,308文字
龍郎が戸惑っていると、冬真が言いだした。
「龍郎くん。おれの部屋に来なよ。まだ帰らなくてもいいだろ? 昔のこととか、いろいろ話したい」
「あ、ああ……」
でも、青蘭から目を離したくない。
龍郎が迷っていると、それを察したように、清美が口をひらく。
「あっ、じゃあ、瑠璃さん。わたしたちは女同士で遊びましょう。ガールズトークってやつですね。瑠璃さんのお部屋、どこですか?」
今日の清美はデキる。
いつもとは一味違っていた。
清美がそばについていれば、ひとまず青蘭の身は安心だろう。
龍郎は清美と目を見かわしたあと、冬真についていった。
古い洋館のせいか、照明が薄暗い。
燭台を置いてきたが、持っていたほうがよかっだだろうか?
さっきのように、いつまた、とつぜん停電するかわからない。あの停電じたいも、なぜ起こったのか。落雷などもなかったし、節電の計画のある地域ではない。冷暖房を使う季節でもないので、一時的に電力を使いすぎたわけでもない。
そんなことを考えながら、冬真のあとを歩いていく。
一階の中庭の見える一室に通された。さきほどの食堂と対角線上の位置になる。この屋敷は中庭を囲むコの字型になっていた。
窓から見ると、中庭にもザクロの木があった。
「ザクロって、人間の味がするんだってね」
龍郎は清美から教わったばかりの知識を披露する。
冬真はうなずいた。
「ほんとにザクロの味なら、人間って、けっこう、フルーツ風味だ。でも、あれって、鬼子母神にお供えするから、そんなふうに言われるだけだよ」
冬真のほうが、よく知っていた。
冬真は青ざめたおもてに憂いを秘めた表情を浮かべ、窓ぎわのベッドに腰かけた。
八畳ほどの部屋だ。
ここにも古めかしい調度が置かれている。デスクの上には、シェードのランプ。冬真がランプにふれると、ブランデー色の光が室内に揺れる。
「さっき、停電があったよね?」と、冬真は言った。
「ああ。あったね。このへんは停電、よくあるのかな?」
「うん。しょっちゅう。でも、それはこの家だけなんだ」
「えっ?」
龍郎は驚いて、冬真の顔を見なおす。食堂が消灯しているあいだ、この人たちは死んでいた。そのあいだの意識はどうなっているのだろうと、ふと思う。
「……もしかして、自覚があるの?」
聞くと、冬真は深々と苦悩の吐息をつく。
「あるよ」
「あるのか……」
「だから、言ったろ? 病気なんだって。なんて言うんだろうな。仮死病とでも言うのかな? おれや、おれの家族は、暗闇のなかで仮死状態になってしまうんだ。家族は気づいてない。おれだけ、なんとなく、そのあいだも周囲のことが見えていて……」
「でも、せ……瑠璃さんは起きてたぞ」
「瑠璃は症状が軽いんだと思う」
青蘭の状態はそういうものではない気がする。端的に言えば、記憶喪失だ。自力で魔界から逃げだしてきたのかもしれない。そのときの何かの不備で、こんな奇妙な状態になってしまったのか。
「怖いんだよ」と、冬真は言った。
「なんでこんなことになるのか、わからないんだ。いつまで、この変な病気が続くのか。医者に診せれば治るのか。治らないのか。このまま、この状態が続けば、いつかはほんとに死んでしまうんじゃないか——そんなふうに思うと、どうしようもなく怖いんだ」
それは、たしかに怖いだろう。
自分がそんなわけのわからない状況に置かれたら、もっとあわてふためくに違いない。
(もしかして、そのことが魔界に通じてることと関係があるんじゃないだろうか?)
たとえば心臓が悪ければ、仮死状態になることはある。日本でも医学が未発達だった時代には、一時的に心臓が止まっている状態を死亡と誤診されたようだ。葬儀の途中で死者が蘇ったと騒がれることもあったとか。
しかし、それは特殊な例だ。心筋梗塞などの症状だったのだろうと思う。
冬真たちのように一家全員が同時に、それもひんぱんに仮死状態におちいり、数分でまた元に戻るなんて、どう考えても異常だ。病理学的な問題とは思えない。
「いつごろから、こんなことに?」
「よく覚えてないけど、たぶん、去年の……クリスマスごろからじゃないかと思う」
「じゃあ、四ヶ月ほどか。たとえば遺伝的な病気で、先祖にも同じような病気の人がいたとかじゃないよな?」
「それは、違うと思う。聞いたことないけど、もしそうなら、祖父母か母からでも聞いたことがあるだろうし」
それはそうだ。こんな
龍郎は思いきって聞いてみた。
「もしかしてだけど、この家に地下室ってある?」
清美がこの家の地下のどこかが、魔界につながっていると言っていたことを思いだしたのだ。
冬真はうなずいた。
「あるけど、それが何か?」
「いや、ちょっと、そこに行ってみたいな」
冬真は、なんで、とは聞かなかった。
病気の話の流れで龍郎がそう尋ねるということは、何かしらのつながりがあると考えたのだろう。
「わかった。案内するよ。地下には祖父のワインセラーがある」
ワインセラー……そんなものから魔界に行けるのだろうか?
清美を信じてみたいが、なんとなく違和感がある。それに、今、現実世界に青蘭がいる。青蘭が自力で戻ってきたのなら、今さら魔界へ行く意味はないのだが。
(でも、青蘭のようすは変だ。記憶もないみたいだし。それが魔界につれ去られたせいなら、原因はまだ魔界にあるのかもしれない)
とりあえず、この屋敷の地下から、ほんとに魔界へ行けるのかどうかだけは確認しておきたいと、龍郎は思った。
「お願いするよ。ぜひ、つれていってくれ」
龍郎は冬真とともに、地下へと向かった。