ザクロ館 その二

文字数 2,506文字



 リエルが帰っていくと、清美が手招きして、龍郎をキッチンまでつれていった。

「じゃあ、このあいだに行っちゃいましょうか?」
「えっ? 待たないの?」
「リエルさんは美人なんですけど、いけない人です。信用しないでください」
「それは、まあ。でも、あの人たちの協力なしで、どうやって青蘭のとこに行く? さっき、夢がどうとか行ってたけど」

 清美はドヤ顔で胸をそらした。

「わたし、子どものころから変な夢をよく見たって、前に言いましたよね? 螺旋の巣はそのなかでも、もう一つの夢と張るくらい、よく見ます」
「螺旋の巣って?」
「なんか、そう呼ばれてるんです。どっかのお屋敷に遊びに行くと、そこの地下室が変なとこに通じてるんですよ。ただの夢かなって思ってたんですけどね。ここに引っ越してきてから、毎日ヒマだから、周囲を散歩してみたんです。そしたらね。あったんです……」

 これでどうだ?——という顔で、思わせぶりに、清美は龍郎をながめた。

「あったって……ことは?」
「そうです! そのお屋敷が、この近所にあるんですよぉ。夢のなかのお屋敷が、まんま、デン!——と、そこに建ってるんですよ? どビックリですよぉ」

 なんだか言いかたに、あんまり信憑性がないが、これまでにも清美の予知夢の精度の高さは充分、実証されている。

「そこ、案内してくれるかな?」
「まっかせなさい!」

 神父はリエルを見送りに表に出ている。そのすきに、二人で勝手口から外に出た。

 新しい住居は、裏手がすぐ山だ。まわりも雑木林に囲まれている。近所に人家らしいものがほとんどないが、いちおう道路は舗装されている。その道を山のいただきのほうに向かってのぼっていくと、十分ほどもして、ようやく建物が見えてきた。

「まだこの周辺、ぜんぜん歩いたことなかったけど、となりの家まで、こんなに離れてるんだね。車で来たほうが早そうだ」
「山の手には歩いていける範囲のご近所は、たぶん、ここだけです。町のほうになら、もうちょっとあるんですけど」
「なるほど」

 遠くから見ても、けっこう大きな家だ。やがて、その家の前に立った。龍郎たちが引っ越したばかりの自宅は、純然たる和風だが、こっちはとてもモダンな洋館だ。白い壁に(つた)が這い、黒い枠の出窓が装飾的だ。建物の中央に、短いものの塔のような突起があり、大きな時計がついている。

「スゴイなぁ。自宅に時計塔。初めて見た」
「そうですね。個人宅では珍しいですよね。耽美ですねぇ。ウットリ。こういうお屋敷には美青年が住んでてほしいです」
「清美さん。夢で何度も見てるんでしょ? どんな人が住んでるか、わからないの?」
「夢のなかのことは、あんまりハッキリしないんですよね。なんか、わたし好みだった気はします」

 それは住人が美形だったという意味なのだろうか?

「それにしても、これから、どうするの? 誰か住んでるんなら、急に見ず知らずの人間が訪ねていくの、おかしくない?」

 清美はニヤリと笑う。
「ふふふ。へへへ。えへへへへへ。わたしたちは見ず知らずではありませんよ? 隣人です。つまり、引っ越しのご挨拶に来るのは変じゃありません」

 そう言うと、ずっと後ろ手にしていた手を前にまわす。そこに小さな紙包みがにぎられていた。菓子折りだ。
 こいつ、できる!——と、龍郎は内心、うなった。

「もしかして、準備してたの?」
「はいです。夢で見ましたから。清美特性マドレーヌです。料理は苦手ですが、お菓子作りは得意なんですよぉ」

 できれば料理も得意であってほしかったが、まあいい。これで、訪ねていく理由ができた。

 それにしても、こんな、なんの変哲もない屋敷から、どうやって魔界へ行けるというのだろうか? そのへんが、どうもよくわからない。

 しかし、清美を信じるしかないので、龍郎は門柱についたインターフォンを鳴らした。なかなか返答がない。

 門の鉄柵のあいだから、前庭にある大きな木が見えた。ポツポツと赤い花が咲いている。赤というか、赤とオレンジの中間くらいの肉厚の花。

「あの花、なんだろう?」
 龍郎が聞くと、
「ザクロですね。うちも家の裏にありました。実は秋ごろになるんですけど。厚い皮のなかに、コロコロした宝石みたいな赤色の種がたくさん入ってて、甘酸っぱくて、わたしは好きでした」と、清美が答える。

「そうなんだ。おれ、食べたことないなぁ」
「へえ。人間の味がするんですよ」
「えッ?」

 聞きとがめているところに、玄関の両扉があいて、男が出てきた。門から玄関まで十メートルほどだろうか。扉のすきまから覗く顔を見て、龍郎は思わず、「あッ」と声をあげた。

冬真(とうま)くんッ?」

 男も気づいたらしい。急ぎ足で門の前までやってくる。

「もしかして、龍郎くん?」
「うん。そうだよ。うわぁ。懐かしいなぁ。何年ぶり? 十年?」
「ああ。ちょうど十年かな。引っ越したの、中学入るときだったし」
「元気だった? なかなか手紙も書けなくて」
「だね。ところで、急に、どうしたの?」
「あっ、となりに引っ越してきて。挨拶に来たんだけど、まさか、冬真くんに会えると思わなかったなぁ。ここ、冬真くんの家?」
「うん。ちょっと病気して、こっちに帰ってきたんだ」
「そうか。すごい偶然だなぁ」

 感嘆する龍郎たちのよこで、清美が妙な顔をしている。「これは、もしや、ライバル出現ですか?」とかなんとか、わけのわからないことをブツブツつぶやいている。

「あっ、ごめん。清美さん。氏家(うじいえ)冬真くんだよ。小学のときの親友。お父さんの仕事の都合で、東京に引っ越していったんだけど」
「ええ。ええ。そのへんは、なんとなく読みましたよ。なかなかのイケメンですねぇ……でも、龍郎さん。わたしは言っときますけど、青蘭さん派ですからね?」
「はっ?」
「幼なじみが成長して地元に戻ってきて、再会。これって、完全にそっちの展開じゃないですか。でも、ダメですからね?」
「…………」

 たまに、本気で清美は宇宙人なんじゃないかと思う。

 が、冬真は苦笑いするだけで、あまり気にしていないようだ。

「とにかく、入ってよ。話がしたい」
「ありがとう」

 龍郎たちは洋館に潜入するという第一の目的を突破した。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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