天使と悪魔 その二

文字数 2,191文字



 天使と悪魔——
 それが意味するところは偶然にすぎないのだろうか?
 なんだか作為的なものを感じる。たとえば、悪魔だという青蘭の祖父あたりの思惑がからんではいないのだろうかと。

(悪魔は現実に存在する。だとしたら、天使だって……)

 それについては、フレデリック神父に聞いてみたほうがいいのかもしれない。聖職者の神父のほうが、龍郎よりは天使に近い位置にいる。

 そんなことを考えていると、冨樫が続きの言葉をポツポツと語った。

「鈴子が一度だけ、大奥さんを見たらしいんだ。若奥さんが二十五、六だから、大奥さんはそれより二十は年上のはずなのに、ものすごく若く見えたと言ってたなぁ。ただ、大奥さんは病気だったんだそうだ。眠り病みたいなもんにかかってたらしい。話すことはできなかったって」

「そうですか。青蘭の祖母が同居してたのは、病気のせいかもしれませんね。だから、一家は離島に住んでたのかな? 祖母がいたということは、祖父はいっしょには暮らしていなかったんですか? なんでもアメリカの人だったらしいけど」

「大旦那はふだんは外国にいた。とにかく仕事が忙しい人だったようだ。年に数度しか、島には来ないって話だった。そうそう。鈴子がああなるちょっと前に、その大旦那さんが急遽、遊びに来たって、電話で言ってたな」

 やはり、怪しい。
 鈴子さんがとつぜん、“人魚の呪い”を受けたのは、青蘭の祖父のせいかもしれない。

 冨樫からは、それ以上のことは聞きだせなかった。

 龍郎は甲板に出ると、フレデリック神父の姿を探した。神父は船尾のあたりで、冴子にヨーロピアンジョークをとばしているところだった。冴子は奔放で美しい娘だから、くどいているのだ。つれてきたのは、そのせいかと、龍郎は少しあきれた。

「冴子さん。フレデリック神父と二人で話させてもらってもいいかな?」

 龍郎が声をかけると、冴子は一瞬、すねようかどうしようかと思案するような目つきになった。が、ここは嫌われないために引いておこうと結論づけたようだ。あっさりと船首のほうへ歩いていった。

「私に何か?」と、ニヒルに笑う神父のとなりに立って、単刀直入にたずねる。
「あなたは天使を見たことがありますか?」
 神父は白い歯を見せて笑いだした。
「ないよ。それが何か?」
「じゃあ、天使は実在すると思いますか?」
「さあ、どうだろうな。私にはわからない」
「エクソシストなのに?」
「悪魔は実在するよ。でも、人間が考えるような天使そのものが存在しているとは思わない。いたとしても、それは現存の宗教とはなんら無関係のものだろう。悪魔がそうであるように、天使も我々の想像とは異なるものだ」

 それに近いことは以前、青蘭も言っていた。天使や悪魔、あるいはクトゥルフの邪神などは、人智を超越した宇宙的な存在であり、大昔の人間がたまたま、それを目撃したとき、人間に理解しやすい形に置換しただけじゃないかと。

 龍郎は青蘭の考えを神父に話してみた。神父は首肯(しゅこう)する。

「君たちの着眼点は悪くないね」

「じゃあ、人間が別物だと考えてるだけで、ほんとは悪魔と邪神が同じものだったり、天使と悪魔が仲間だったりするわけですか?」

「あるだろうな。そういうことも。クトゥルフ神話に関しては、ラブクラフトが霊的に鋭い人物だったと考えられる。幼いころによく悪夢を見たというし、神経症を患っていた。彼は創作として書いたのだろうが、おそらく直感的な部分で、宇宙的な存在を感じていた。それが著作に現れたのだろう。そのさい、既存の宗教の影響も受けている。古来より人が天使や悪魔、神と言ったもののなかに、実存する恐怖がひそんでいると嗅ぎとったからだ」
「なるほど。つまり、天使や悪魔などと呼ばれていたものを、ラブクラフトなりに新たに体系づけたということですね? じゃあ、やっぱり、なかには同じ神が別の存在として語られている場合もあるんだな」

 しかし、今、龍郎が気になっているのは、そこじゃない。天使が実在するかということだ。神父には、うまく話題をそらされたような気がしてならない。

「もしも、この世に天使がいたとしたら、それは無条件で人間が美しいと感じ、憧れ、崇拝するものなんだろうな。青蘭の祖母が、天使のような美女だったというのは、ほんとですか? フレデリック神父」
「なぜ、私に聞くんだね?」
「あなたは見たことないんですか?」
「ないね」
「でも、青蘭の祖父が悪魔かもしれないという噂について、青蘭のお父さんは調べていたんでしょ?」
「そう。屋敷に潜入して、そのまま帰らぬ人となった」
「星流さんは優れたエクソシストだったんですよね? 青蘭のおじいさんの噂が真実だったのかどうか、見当もついてなかったんですか?」

 フレデリック神父は黙りこんだ。
 組織に口止めされている内容なのかもしれないという印象を、龍郎は受けた。が、神父は少し考えたあと、こう告げた。

「悪魔だった——と、少なくとも星流は確信していた。それも、かなり上位の悪魔だと」
「魔王クラスの?」
「まあ、そういうことだな」

 だからすぐに退魔できなかったのだ。

「魔王の名前はわかってるんですか?」

 深い意味もなく、龍郎はたずねた。
 魔王の名前を知れば、運がよければ対処法もわかるかもしれないと思い。
 だが、神父の答えを聞いて、龍郎は驚愕した。

「魔王アンドロマリウス。星流はそう言っていた」
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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