家守 その六

文字数 2,256文字



 その夜遅く。
 ふと、夜中に龍郎は目がさめた。
 夕食で酒を勧められ、ちょっと飲みすぎた。生理現象をもよおして、布団から這いでると、土間へおりて、つっかけをはく。トイレは土間の端にあるのだ。

 トイレに行った帰り、あくびをしながら歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。ぼそぼそと小声で話している。どうやら、清文と秀美のようだ。

「どうします? お父さん」
「うん。このままじゃ、どうせ長くはもたん。それはわかっとるよ」
「星流さんが最後に来たとき、話してたのは、あの人たちのことじゃありませんかね?」
「うーん、でもなぁ。清美を貰ってくれる気はないんだそうだ」
「あの人たち、流行りのボーイズ乱舞とかいうんですよ」
「母さん。それを言うなら、ボーイズランブルじゃなかったかね?」

 いや、少年たちのお腹がゴロゴロ鳴ることくらいはあるかもしれないが、乱舞はしない。そもそも、両方まちがってると、龍郎はツッコミたいのを必死でこらえた。というより、自分と青蘭の関係を見抜かれていたことに軽くショックをおぼえた。これでも隠しているつもりだったのだが。

 うろたえているところに、また話し声が聞こえた。その深刻な内容に、一瞬、耳を疑う。

「とにかく、せっかく、あの子が守ってくれたんですから、早く清美の将来を見届けて安心しませんと」
「そうだなぁ。この前は墓の前にいたからなぁ。ほんとは清美が死んでるんだと知られたんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」
「こうなったら、試してみるしかありませんよ。あの人たちが信用できるかどうか」
「そうだな。そうしよう。明日にでも」

 龍郎はギョッとして、思わずかたわらの柱をつかんだ。ヒュッと何かが柱を這ったので、おどろいて声を出してしまった。ヤモリだ。大きな白いのが天井にむかって逃げていった。

 ピタリと声がやんで、誰かが障子のむこうに近づいてくる気配がある。
 龍郎はあわてて土間を走って、玄関口に近い暗がりにしゃがみこんだ。
 すうっと隣室の障子がひらき、秀美の白い顔が暗い土間をのぞく。龍郎には気づかなかったようで、まもなく、すっとまた障子をしめた。

 龍郎は急いで囲炉裏の部屋にあがり、布団のなかへ入った。
 しばらくして、今度は隣室との境のほうの襖がひらいた。秀美がなかを確認している。布団のなかに龍郎と青蘭がいるのかどうか見ているのだ。

 龍郎は必死で息を殺した。眠っているふりをして目をとじる。

(なんだ? 今の会話? 清美が死んでるって……絶対、そう言ったぞ?)

 そう思うと、なおいっそうガタガタとふるえがつく。
 早く行ってくれと願っていると、数分して、ようやく襖が閉まった。
 すると、さっきまで安らかな寝息を立てていたはずの青蘭が、パチリと目をあける。

「せ——」
 呼ぼうとすると、青蘭は口に人差し指をあてる。話したいけれど、今はムリだ。襖のむこうで、じっと秀美が聞き耳を立てているかもしれない。
 しかたなく息をひそめる。
 そのまま時間だけが経過していった。
 龍郎は青蘭の手をにぎりしめ、青蘭もその手をにぎりかえしてくる。まるで、手と手で意思の疎通をとれると信じているかのように。
 もちろん、言葉とは違い、意思は通じなかったが、気分は落ちついた。いつしか眠っていた。

 朝になると、清文が言った。
「お客さん。毎日、うちにいても退屈だろう? じつは中腹あたりに遊園地があるんだ。そこに清美をつれていってやってくれんかね?」

 清美は首をかしげている。
「あれ? あの遊園地、つぶれたんじゃなかったっけ?」
「うん。廃園になったよ。この田舎だからな。古い乗り物しかないような遊園地には誰も見向きもしない。けど、このごろ、そういうのが流行りなんだそうじゃないかね? ほら、廃墟めぐりとかいうやつだ」
「廃墟の遊園地で男の子たちがイチャイチャ……行ってきます!」

 清美は乗り気だ。
 しかし、龍郎は昨夜のことがあるから、あまり行きたくはない。とは言え、ここは断れないだろう。清文たち夫婦は龍郎と青蘭を試してみるようなことを相談していた。清文からの申し出は、その計画のうちと見ていい。

(ここは乗ってみないことには、きっと遊佐さんたちの信頼は得られないだろうな。それにしても、清美さんが……)

 こうして朝の光のなかで見る清美は、どこから見ても元気いっぱいのオタク少女でしかない。死人のようには、まったく見えないのだが。

「わかりました。じゃあ、朝ごはんを食べたら行ってきます。な? 青蘭」
「……いいですよ。おもしろそうだ」
 ニッと笑う青蘭は、あきらかに何か感づいている。

 朝食を食べたあと、龍郎たちは三人で軽自動車に乗った。ぬいぐるみだらけの座席に埋もれるように乗りこみ、見送る清文と秀美に手をふる。

「遊園地の廃墟ですか。いかにも出そうですね」と言って、青蘭はクスクス笑い声をもらす。

 龍郎は昨日、聞いた夫婦の会話について相談したいが、まさか清美本人の前で、清美がほんとは死人かもしれないなんて言えない。

(ほんとは死んでるって、どういうことなんだ? だから清美さんの記憶は家族とかみあわないのかな? 家族のほうが正しくて、清美さんのほうが間違ってる? あッ、そうか。いなくなった妹って、もしかして自分自身のこととか? 自分が死んでしまったことに気づいていないのなら、生きていたころの自分を別人のように認識してるのかも……?)

 運転しながら、そんなことを考える。
 清美に道案内されながら、山を半分ほど下りる。やがて、その廃園が見えてきた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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