忌魔島奇譚 その六

文字数 2,188文字


 レンガを数個ぶん抜いただけの小さな窓。ガラスなどは嵌めこまれていない。が、そのおかげで、ほのかに闇を見通せる。

 歩きだすと、すぐに建物のなかの構造がわかった。
 外から見て、ズドンと長細いだけの建物だと思ったが、長方形の長いほうに廊下があり、片方は壁に面している。
 片方は鉄格子の嵌まった牢屋だ。
 この島のなかで、どうやって鉄を調達したのかわからないが、それほど人魚たちにとって、生贄を集めることが大事だということか。

 牢屋はあいだの壁でいくつかに仕切られていた。一つの牢の幅が四メートルくらい。奥行きは六、七メートルだろうか。つまり、全部で牢屋は八つほどある。

 手前の牢のなかには誰もいない。
 ギュウギュウに詰めこめば、一室に二、三十人は入れておける。この牢屋をフル活用することは、めったにあるまい。

 次の部屋には五、六人の女がいるようだった。奥の壁のほうにかたまっているので、よくは見えないが、みんな憔悴しているようだ。
 とつぜん化け物にさらわれて、こんなところに閉じこめられているのだ。生きた心地もしないに違いない。
 あるいは、香澄の息子のように人質にとられているのだろうか?
 どちらにせよ、人魚を恐れ、疲れきっているのは当然だ。

 みんな助けだしてやりたいが、とにかくまずは青蘭だ。大事な人をまっさきに助けなくては。

「青蘭。いないのか? 青蘭」
 ささやいてみるが応えは返ってこない。ここには、青蘭はいない。

 次の牢屋にも、やはり数人の姿がある。どれも女のようだ。呼びかけるが、ここでも返事はない。
 そもそも青蘭なら、あんなふうにおびえて牢屋のすみっこにいるわけがない。化け物相手でも臆さず、僕にこんな薄汚い牢屋で寝ろというのかと文句を言ってそうだ。

 しかし、奥へ行くほどに、ざわめきが強くなる。空気がゆれる。ハアハアと荒い息づかいが伝わってくる。

 そのとき、ひときわ高い声が聞こえた。かすれた……悲鳴?

 そういえば、人魚は人間の男を食べるのだ。青蘭が今しも切り刻まれて喰われているのかもしれない。
 龍郎はいくつかの牢屋の前を素通りし、その声のしたところまで走っていった。
 近づくと、ただごとでないことはすぐにわかった。

 一番奥の牢。
 そこに人だかりがしている。
 鉄格子の扉がひらき、なかにたくさんの男が集まっているようだ。龍郎に背中をむけ、奥のほうをながめている。
 いや、ながめているだけではないのかもしれない。みんな、異様に息が荒い。呼吸が乱れている。

 それに、あの声——

 その声を聞いて、龍郎はゾクリとした。

 似ている?
 いや、別人?
 青蘭の声のようではあるが、トーンがまるで違う。
 いつもの青蘭は繊細な精密機械。
 でも、それが狂ったら、こんなふうになるのだろうか?

 そのなかを見ることに、ひじょうな勇気が必要だった。
 なかで何が起こっているのかは、もうわかった。ただ、それを認めたくないだけだ。

 だが、助けないと。
 青蘭だって望んでいることではないだろう。きっと彼が美しすぎたからだ。あの美貌だから。化け物だって、そりゃあ惹かれるさ。むりやりなんだ。かわいそうに。ずいぶん抵抗しただろうに。人間の力では、ヤツらにはかなわない。だから……。

 歯をくいしばって、龍郎は牢のなかをのぞいた。

 そこに見たのは、触手のある大勢の男たちにからみつかれながら、歓喜の叫びをあげる青蘭の物悲しい姿だった。前後からゆすられて、恍惚の表情を浮かべている。

 その光景は、おぞましいものであるはずなのに、なぜか、とても甘美だった。醜い化け物たちを周囲にはべらせて、淫楽に耽る倒錯の王。

 支配しているのは、あきらかに青蘭のほうだ。

 一糸まとわぬ純白の裸身をおしげもなく触手の海にうずめて、青蘭は美の化身のように輝いている。

 まるで全身が白く発光しているかのようだ。いや、まるでではない。ほんとうに光っている。
 人魚の男が激しく突きあげるたびに、青蘭の体の奥から、ふわり、ふわりと青白い光が放たれ、あたりを染める。
 青蘭の声はその光と呼応している。
 あの光が青蘭を狂わせている。

 目をこらすと、青蘭の体の奥、下腹のあたりに光を発する源が見えた。
 青白く光る玉のようだ。

(石——?)

 なぜ、あんなものが人間の体のなかに?

 青蘭はその玉を刺激されることで、言うに言われぬ悦楽を得ている。
 きつく閉ざしたまぶたをときおり半開きにすると、虚空を見つめる瞳は完全に常軌を逸していた。

 このままでは、青蘭が壊れてしまう。
 すぐに、やめさせなければ。

「やめろ——!」

 むこうみずにも、龍郎は身一つで牢のなかにとびこんだ。ただ、青蘭を救いたい一心で。
 あとになって考えれば、ここで龍郎がわりこんだからって、どうにかなる状況ではなかった。人魚たちに龍郎が捕まって、殺されて、おしまい——だったのだ。
 だが、このとき、叫んで伸ばした龍郎の手のさきがまばゆく光り輝いた。


 ——不思議なことがあるもんだねぇ。きっと、おまえはこの玉に選ばれたんだよ。


 ふっと、祖母の言葉が脳裏に浮かんだ。
 祖母から貰ったあの玉が、吸われるように消えた右の手から、強烈な光があふれ、周囲を焼きつくした。

 気がつくと、人魚たちがみんな倒れていた。白目をむいて、死んでいる。
 異形の死体がおりかさなるなかに、ぽつんと青蘭がすわりこんでいた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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