魔女のみる夢 その十九

文字数 2,081文字



 寝室にはクィーンサイズの天蓋(てんがい)つきのベッドが置かれていた。天蓋からカーテンがたれさがり、寝台の三分の一ていどが隠れている。
 寝台には誰かが仰臥(ぎょうが)していた。胸から下しか見えないが、若々しい肌の輝きは少女とわかる。
 きっと、さっきの少女だ。
 ずいぶん素早い気はしたが、あっというまに脱衣して寝ころぶ時間がないわけではなかった。

 その少女のかたわらに女が一人、立っている。こっちに背中をむけているので、顔は見えない。しかし、全体の感じから、若くはないことがわかる。背中の丸まったようすや服から出ている部分の皮膚から言って、若くとも六十には達している。

「綺麗ねぇ……」と女はつぶやき、ため息をついた。
 そして、少女の体をあちこち、なで始める。熟しかげんをたしかめているかのような卑猥な手つきで、つまさきから、ふくらはぎ、ひざ、ふともも、腰、わき腹、乳房……と、しつように撫でる。

 龍郎は気分が悪くなってきた。
 売春は売春でも、対象は同性愛者だったのか。それはたしかに、大金を払ってでも——と思う金持ちはいるだろう。外部で満たされる場が少ないだろうから。

「どう? 気に入った?」と、とつぜん、どこからか女とは別の声がした。男のようでも、女のようでもある。声色を変えているのかもしれない。

「ええ。気に入ったわ。とっても綺麗ね。やっぱり、この子を養女にしてよかった。わたしの若いころにそっくりよ」
「では、契約するか?」
「しましょう」
「いいだろう。さっそく施術(せじゅつ)しよう。服をぬいで、よこになりなさい」

 あれ? 何かおかしいぞ、と龍郎はいっそう女のようすに見入る。
 第三者の声がどこからするのか、つきとめられないが、たぶん、龍郎たちの位置から死角になっているベッドのカーテンのかげだ。その人物は今、たしかに施術と言った。

(施術? 術? 手術でもするのか?)

 もしそうなら、魔女は医者だったのか?
 だが、手術らしい器具はない。手術なら、どんなに簡易なものであったとしても、メスや縫製器具くらいは用意してありそうなものだ。

 これから用意するのだろうかと見ていると、その間に女は服をぬいだ。よこ顔がチラリと見える。若かりしころには、きっと、とても美人だったのだろう。でも今はかつての輝きを失っている。今でもキレイだが、若い男が夢中になるような絶大な魅力は備わっていなかった。
 女がベッドにあがり、少女のとなりに体をよこたえる。衰えて崩れた体形が、少女の体とならぶと残酷なほど誇張される。

 それにしても、少女売春のようではない。これに関しては完全に読み違いだ。

 あるいは臓器移植か何かだろうか?
 年をとって持病を持った金持ちが、若い内臓を欲しがる……それも、ありそうなことだ。腎臓や肺、卵巣など対になっている臓器なら、とりだせないこともない。

 ホテルで亡くなった父兄というのは、この移植手術に失敗した人たちではないかと思えば納得がいく。

(いったい、いつになったら施術とやらを始めるんだ?)

 不法な臓器移植なら、すぐにも止めなければならない。
 いつでも、とびだせるよう、龍郎は身がまえていた。が、いっこうに手術の始まるようすはない。

 そのかわり、あの感じが強くなっていく。背中のゾクゾクする感じ。魔王の気配だ。

(ヤツだ。魔王が来る!)

 彼方から異相の空気をふんで、ポクポクと蹄の音が近づいてくる。

 マズイ。
 たしかに以前より悪魔祓いの力が増した気はするが、それは魔王を退治できるほどではない。
 アンドロマリウスを有した青蘭だからこそ、人でありながら魔王に対抗しうるのだ。龍郎では完全に力不足である。

(そこに魔女がいる。そいつが魔王を呼びだした者であり、魔王を今ここに降臨させようとしている。そいつさえ、いなくなれば——)

 少なくとも召喚の魔法を邪魔すれば、この場に魔王がやってくることはないだろう。

 龍郎は寝台にむかって突進した。ベッドの向こうに少女がすわっている。聖マリアンヌの制服を着て、黒いベールをかぶった、あの少女だ。

 では、寝台に寝かせられているのは、あらかじめ運びこまれていた別人だったのだ。
 寝台を一瞬、チラリと見ると、龍郎も知っている生徒が仰向けになっていた。薬か何かで眠らせられている。アイドルにしてもおかしくないほどの美少女。鈴木花凛だ。

 そして、花凛のとなりで顔をひきつらせているのは、花凛の母親である国民的大御所女優だ。邪魔者が入ってきたと直感したらしい彼女は、必死の形相で龍郎にしがみつこうとする。

 が、その前に大女優はフレデリック神父に押さえられた。
「こっちは任せろ!」と言って、あごでベールの少女を示す。
 龍郎はうなずき、ベールの少女にとびかかった。少女はあわてて椅子から立ちあがり、逃げだそうとする。

 龍郎は少女を押し倒す勢いで突進し、ベールをはぎとった。
 その下に現れた顔を見て、龍郎は硬直する。あまりにも意外だった。その年よりも幼く見える造作。ツインテール。悪い魔女とは思えないほど、あどけない。

「な……おまえが、魔女、なのか?」
 龍郎はその人物を見つめた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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