四の世界 その二

文字数 2,086文字



「それで、あなたはどうやって、女王を倒すつもり?」

「それは君のほうがよく理解してるんじゃないのか? 女王の塔の周囲の四つの塔が、女王を守っている。それをまず破壊する」

 ルリムは、またニヤリと微笑する。
 龍郎を試したようだ。

「人間のくせに、けっこうわかってるのね。おもしろい男」
「協力するんだろ? 君のほうも情報をくれないか?」
「四つの塔はそれぞれ、幽閉の塔、王女の塔、賢者の塔、子どもたちの塔と呼ばれている。幽閉の塔は別名、王子の塔とも言う。それぞれの塔の頂きに、女王を守護する魔法の媒体が飾られている」
「魔法の媒体……か。それは、どんなものだ?」
「見てのお楽しみじゃない?」

 教えてくれる気はないらしい。
 だがまあ、それだけでもわかればいい。

「媒体を守る天使がいるんじゃ?」
「いるわよ。もちろん。だから、わたしが手を焼いてるんじゃないの」
「なるほど」

 龍郎は二の世界でのことを思いだした。龍郎の攻撃をはねかえし、撃ちかえしてきた戦闘天使。ひときわ体が大きく、背中に翼を有していた。

「翼のある戦闘天使は、どのくらいいるんだ?」
「サンダリンのことね。有翼の天使は奇形よ。彼一人しかいない」
「そうか。あいつだけなのか。ものすごく強いだろ?」
「強い。ものすごく」

 それは気配からも感じた。
 油断ならない殺気を放っていた。
 ことによると女王より、やっかいかもしれない。

「奇形ってことは、ふつうの天使には羽がないのか。なんで、あいつだけ羽があるんだ?」
「彼は男のできそこない。ほんとは男に生まれるはずだった」
「ふうん?」

 とにかく、強敵が一人しかいないというのは助かる。

「魔法の媒体を破壊したら、次の祭までに修復できるのかな?」
「ムリでしょうね。かわりの媒体が必要になる」
「じゃあ、今すぐ、この塔のてっぺんに行こう」
「いいけど。わたしは案内するだけだから」

 それは、いたしかたあるまい。
 この協定は信頼の上に成り立っているわけではない。たがいの利害が一致しているというだけだ。ルリムが危険を冒したくないのは当然だろう。

「いいよ。案内してくれ」

 龍郎一人では女王を倒すことはできない。女王を倒すためにはアンドロマリウスの力が不可欠だ。だが、青蘭がさらわれてくるまでに、四つの塔をすべて破壊しておけば、女王を退魔するのがそのぶん楽になる。

 ルリムの部屋は塔のなかほどにあった。その上にも十以上の同様の扉がある。

「このなかにも誰かいるの?」
「お姉さまたちがいるけど、無害ね。お姉さまたちは、とっくに女王に忠誠を誓ってる」
「女王に忠誠を誓うと無害になるのか?」
「夢につながれてるから」
「夢?」

 ハッとした。
 その状態は幽閉の塔に囚われていた青蘭の状況に似ている気がする。

 だが、たずねる前に、頂上についた。
 スロープのさきに、数段の階段がある。そこをあがりきると、塔の屋上に出た。ドームの屋根がついた屋上だ。中央に守護魔法の媒体になるものが安置されている。

 七角形の奇妙な形の台の上に、媒体はあった。

「これが……媒体?」
「そうよ。これが、お母さまを守護する魔法の媒体」

 それを見て、なんとも嫌な気分になる。魔法の媒体というから、水晶とか、剣とか、何かしらの物質だろうと予想していたのだが、そこに浮かんでいるのは、龍郎の想像とはまったく異なるものだ。

 人間。それも、赤ん坊である。五、六メートルは身長のある巨大な赤ん坊。目を閉じて眠っているように見える。

「これは……女王の子どもなのか?」
「異界からお母さまに捧げられたものよ」
「異界から?」
「そう。だから、強い念が宿っている」
「ふうん?」

 まあいい。人の形をしているが、どうやら人間ではない。この巨大さなら、邪神の仲間なのだろう。

「これを撃って」と、ルリムは龍郎のにぎったパイプを指し示した。

「ただし、媒体が傷つけられれば、すぐに戦闘天使がかけつけてくる」
「わかった」

 こうして見るかぎり、魔法媒体が何かに守られているようすはない。
 ただ、なぜか、その像が妙にブレる。つねに輪郭がゆらぎ、複数の像が重なっているかのように見えた。

「見えにくいな。なんで、こんなに揺れるんだ?」
「この媒体は七つの世界のすべてに同時に存在していると言われている。像が一つに重なった瞬間を狙うの。そうすれば、七つの世界すべてで、この媒体が破壊されたことになる」

 なるほど。それなら、毎回、すべての世界で媒体を壊すところから、くりかえさなくてすむ。

 言われてみれば、媒体の像がもっともブレている瞬間には、赤ん坊が七人いるように見える。しかし、それも一瞬で、マジシャンの手でシャッフルされるトランプのように流動的で、しっかりと見きわめることが難しい。

(ここは四の世界。ここを含めても四回しか、青蘭をとりもどすチャンスがない。四つの世界で、そのつど四つの塔の媒体のすべてを破壊して、その上、女王をも倒すことは、どう考えても不可能だ。せめて塔の媒体を一つずつでも、確実に七つの世界すべてで破壊しないと)

 巨大な赤ん坊にパイプのさきを向け、狙いを定める。
 龍郎の手はふるえた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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