終末の音 その一

文字数 2,104文字



 自分の過去とむきあってみる——そう決意した青蘭だったが、やはり気乗りしないようすだ。
 ここ数日、青蘭はホテルの一室にこもって鬱々(うつうつ)と暮らしている。
 毎日、何をするでもなく、ため息ばかりついている青蘭を見るのは、龍郎(たつろう)もツライ。

「青蘭。とりあえず、おれのアパートに帰ろう。卒業式に出なくちゃ」
「卒業式……僕のことなんか、ほっといて行けばいいよ」
「何言ってるんだ。ほっとけないだろ。いつまた、悪魔がやってくるかわからないのに。おまえが悪魔の匂いをかぎつけるように、悪魔もおまえの匂いをかぎつけるんだ」
「僕のなかの快楽の玉の匂いを……」
「そうだよ。だから、おまえを一人にはしておけないだろ?」
「…………」

 このところ、青蘭が恨みがましげな目で龍郎をながめるのは、いったい、なんなのだろうか?
 とにかく、最近の青蘭は沈んでいる。

「ああ、残念。お二人とも帰っちゃうんですね。さみしくなるなぁ」と言ったのは、清美だ。
 青蘭の従兄妹であり、先日、家族をややこしい事情で亡くしたばかりの万年オタク少女だ。けなげにホテルから職場の税理士事務所に通っている。

 清美は強がっているが、龍郎はここで清美と別れることが気がかりだ。
 青蘭と清美の祖母の霊は、龍郎に彼らを守ってほしいと言った。つまり、青蘭だけではない。清美も悪魔に狙われるなんらかの要因がある。一人にするのは危険な気がした。

「清美さん。あの、一人で大丈夫なの? 生活はできるの?」
「できますよ? 定職もあるし、家は一人暮らしのアパートですから」

 社会的な意味では問題ない。
 だが、悪魔に襲われたとき、清美一人ではどうにも抵抗できない。龍郎はそれを案じているのだが。

「いや、そうじゃなくてさ。悪魔が現れたときに、どうするのかって話だよ。なあ、青蘭? 清美さんを残していくのって心配じゃないか?」

 龍郎が声をかけると、青蘭はまた憎らしそうな目をなげてくる。

「まあ、そうだね。あのとき、おばあさまは最後に変なことを言っていた。なんとかの戦士と、夢のなんとかと、なんとかの巫子って」

 なんとかのなんとか、ばっかりだが、たしかに、そんなことを言っていた。消えいりそうな声で、よく聞きとれなかったのだ。

「あれって、僕たちのことをさしてると思うんだ。ちょうど三人だし。ということは、清美も何かしらの力を持っていて、僕らの将来に対して重要なパーツである——ということになる。だから……置いていくわけにはいかない」

 なんだか、そう言わなければならないのが悔しくてしかたないような口調だ。もしかして、青蘭は清美が好きではないのだろうかと、今さらだが、龍郎は思った。

 清美自身はそれを感じているのかどうかわからないものの、
「でも、わたしにも仕事がありますし、仕事辞めると暮らしていけないっていうか……」と、遠慮がちに反論した。たしかに、それはもっともだ。

「……しかたないな。おまえ、司法書士の資格があったよな? 僕の秘書に雇ってやるよ。おまえは月々にこれで充分だ」

 青蘭が指を一本立てる。これは月に百万という意味である。龍郎の月給の半分だ。

 いちおう、龍郎は青蘭の探偵の仕事の助手であり、今のところ、二人の関係はそれ以上でも以下でもない。龍郎のほうはこの比類なく美しい雇い主に首ったけだが、青蘭のほうはそう思ってくれていない。
 何度か二人で悪魔退治をして、絆も少しずつ深まってきたと思っていたのだが、このごろの青蘭のようすを見ると、愚民と罵られていた以前に逆戻りしたような気すらする。

「えっ? ほんとですか? 雇ってくださるんですか? じゃあ、ついていきますけど、住むとこは、どうしましょう?」
「清美は近所に部屋を借りればいいだろ? まさか、僕らの家に押しかけてくる気?」

 僕らの——というか、龍郎の借りているアパートだ。でも、以前、青蘭は言っていた。僕は定住しない、家なんていらない、と。龍郎のアパートのことを“僕らの”と口をついて出るのは、やはり少しは龍郎に気をゆるしている証拠だろうか。

 だが、「お二人の愛の巣をジャマなんてしませんよ! ちょっと覗きたい気はしますが……い、いえ、覗きません」と、清美が口走ると、青蘭はそっぽをむいた。とにかく、強烈にご機嫌ななめだ。

「じゃあ、わたし、引っ越しの準備と、職場に辞表出してきます。帰ってくるまで待っててくれますか?」
「いいだろう。急いで行ってこい」
「はーい。行ってきまーす」

 清美は溌剌(はつらつ)とホテルの一室から出ていった。すっかり、いつもの清美である。もうあまり、両親を亡くした悲しみも感じさせない。

 そのうしろ姿を見送ってから、龍郎は聞いてみた。
「青蘭。清美さんのこと嫌いなの?」

 青蘭は美しい眉間にしわをよせて、ますます難しい顔つきになる。
「なんで?」
「いや、なんとなく」
「別に……清美のことは嫌いじゃないよ。ちょっとうるさいけど」
「ふうん。ならいいけど」

 すると、青蘭はとつぜん、両手で髪をかきまわした。
「ああッ! イライラする! 僕、出かける!」
「えっ? ちょっと、待てよ。青蘭。どこ行くんだよ?」

 龍郎はあわてて、青蘭のあとを追いかけた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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