空家の怪 その六

文字数 2,749文字



「清美さん! 何するんだッ?」

 清美は目をギラギラ輝かせて両手をつきだしてくる。
 やっぱり、ふつうじゃない。
 まるで何かに取り憑かれているかのようだ。

 龍郎は清美の両手を手首でつかんで、攻撃をとどめる。ものすごい力だ。龍郎の力に女の細腕で拮抗(きっこう)している。とがった爪が龍郎の目を狙う。

「清美さん! やめてくれ!」
「よくも……わたしは…………のに……」
「清美さん!」

 清美がまともじゃない。
 何かにあやつられている。
 このままでは目をつぶされる。
 だが、清美の腕力を押さえこめない。

 そのとき、龍郎は思いついた。
 清美はショゴスを持っている。亡くなった叔父の形見の品だ。肌身離さず御守りがわりにしているのだ。今も所持しているに違いない。

(ショゴスがおれの命令に従うか?)

 思案している猶予はない。
 龍郎は叫んだ。

「ショゴスに命ずる! 清美さんの両手足の自由を束縛しろ!」

 清美のパジャマのポケットから、ズルンと毛布のように巨大なドロドロしたものがとびだした。緑色のスライムだが、ときおり、ふとした瞬間に人形(ひとがた)になる。ショゴスだ。

 ショゴスはズルッと紐状にひろがると、清美の肩から下を自分の体でグルグル巻きにした。

(あれ? 言うこと聞いたぞ)

 とにかく、チャンスだ。
 龍郎は清美をそこに寝かせた。清美は何かブツブツとつぶやいている。「あれが憎い」とか、「祟ってやる」などと言っている。どうやら、清美はこの家に巣食う悪魔に取り憑かれているようだ。

「おい、おまえ。名前はなんていうんだ?」
「…………殺してやる」

 ダメだ。話にならない。会話はできない。

 懐中電灯をひろうと、清美を縁側に転がしたまま、悪魔の本体を探しまわった。
 あの音が強まっている。

 カタカタ……カタタ……カタ、カタ、カタン——!

 聴覚をとぎすまして、音源をたどっていく。
 広間のなかではない。続きの間も違う。廊下に出ると、書斎にむかうほうから音が聞こえる。

(書斎? いや、違う。もっと近い……)

 わかった。床の間だ。あの床の間のある六畳の和室から音がする。

 龍郎は勢いよく(ふすま)をあけた。室内は無人。懐中電灯で床の間を照らすが、異変はない。床の間のとなりの違い棚も静かに(ほこり)をかぶっているだけだ。

 だが、音はする。
 カタカタ。カタカタ。硬質なものどうしが、振動でふれあう音だ。

 龍郎は部屋中を見まわした。
 そして、奇妙なことに気づく。

 部屋のすみに意匠の美しい古い和箪笥(わだんす)がある。その一番下のひきだしだけ、引き手の金具が揺れている。とくに風もないし、地震が起こっているわけでもない。それなのに、一番下の金具だけが、カタカタ、カタカタ、音を立てて揺れ動いている。他のひきだしの金具は微動もしていないのに。

 龍郎が箪笥の前に立つと、金具はさらに激しく鳴った。
 なんだか、このなかから異様な気配がする……。

 思いきって、金具に手をかけた。なかのものが歓喜するような力の流動が、金具を通して感じられた。ぐッと両手に力をこめて、ひきだしをあける。

 すうっと引きだすと——

「刀だ……」

 禍々しい。
 邪気をはらんだ日本刀が一振り。
 (さや)をはらうと、懐中電灯の薄暗い光のなかでさえ、美しい刃文がヒヤリと冷気をまとって輝く。乱れ刃。片落(かたお)()()のようだ。備前長船景光(びぜんおさふねかげみつ)か。あるいは、兼光(かねみつ)

 景光は龍郎の実家にも、先祖の遺した名刀として伝わっている。が、これは、どこか違った。
 名は知れないが、まぎれもない妖刀だ。邪悪な気が刀身からあふれて視覚化されている。

 これだ。まちがいなく、この家の怪異は、この刀のせいで起こっている。

 足音が近づいてきた。
 龍郎がふりかえると、あけっぱなしにした襖のすきまから、男が覗いていた。(かみしも)(はかま)姿の武士だ。だが、目つきがおかしい。

「お清はどこだ?」
 そう言うと、龍郎の手から妖刀を奪おうとした。

 とっさに龍郎は、右手で男の顔をつかんだ。男は叫び声をあげた。ひるんだすきに妖刀をふるう。肩から袈裟懸(けさが)けにふりおろすと、男の姿は消えた。

 すると、いつのまにか廊下に清美が正座していた。涙を流している。

「清美さん?」
「ありがとうございます。これで思い残すことはございません」

 廊下に頭がつくほど深くおじぎをし、清美はそのまま失神する。憑いていたものが去ったらしい。

 家のなかの気配も感じられなくなった。



 *

 翌日。
 ようすを見にきた三宮を問いつめた。
 彼が白状したところによると、ここは昔、罪人の首をはねていた武士の家だったらしい。人の首をはね続けていた男は、あるとき急に気が狂い、妻を殺して自害したのだという。

「……すいません。やっぱり、この家、買いませんよね?」
 三宮は泣きそうだ。

「買いません!」と、清美は即座に返答した。が、龍郎の考えは違う。

「なら、おれが買うよ。二百万だろ? トイレはリフォームしないとなぁ。水洗にしないと」
「えッ? 買うんですか? いいんですか?」
「ここなら三人でも暮らせるし、車も置けるし、多少さわいでも、まわりに迷惑かからないのもいいね」

 じっさいには、すでに悪魔がいなくなったから、家のなかで奇怪なことは二度と起こらないだろう。でも、それを言うと資産価値が上がってしまう。今なら、二百万。お買い得ではないかと思う。この敷地の広さなら、土地代だけでも、そのくらいはする。

「ええッ? 三人って、わたしも住むんですか?」
「いやなら、清美さんは、おれが借りてるアパートに残りなよ」
「うーん。そう言われると、さみしいような」
「じゃあ、いっしょに住もう」
「はい」

 清美は昨夜のことを覚えているのだろうか? 自分が悪魔に取り憑かれていたときのことを?

(青蘭も自分のなかに魔王を飼ってる。青蘭と清美さんは従兄妹だ。もしかしたら、憑依体質の家系なのかもしれない。たぶん、清美さんの能力は、それに関係してるんだ)

 そんなことを思案しながら、アパートに戻った。

 玄関のドアをひらくと、青蘭が布団のなかで泣いていた。帰ってきた龍郎たちを見て、青蘭はあわてふためく。しかし、ごまかしようはなかった。清美のダンボールがあれもこれも開けられて、今しもそのなかの一冊を読みながら、青蘭は涙を流しているのだ。

「……青蘭、もしかして、それが読みたくて留守番したの?」
「違いますよ……」
「じゃあ、なんで泣いてるのかな?」
「だって、僕に似た子は、みんな最後には不幸になるんだ。死んだり、好きな人と別れたり、捨てられたり……」
「おれは捨てないよ?」
「うん」

 まったく、いつも、とびっきりにキュート。青蘭は龍郎の心を射抜く天才だ。

「さあ、おれたちの新しい家が決まったよ。ちょっとリフォームが必要だけど、静かで、いい家だ」

 引っ越しは、もう少しさきになるだろう。




 了
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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