青蘭回帰 その二
文字数 2,285文字
意識をとりもどした青蘭は、龍郎の腕をふりはらうようにして、女王にとびかかっていった。
青蘭の手刀が、ザクリと女王の体に没すると、女王は光の粉末になって消えた。
アンドロマリウスの能力だ。
そうだった。三の世界では、青蘭がアンドロマリウスと取り引きした直後に、女王に飲みこまれてしまったのだ。
三の世界も消滅した。
龍郎は、またあの感覚を味わった。
宇宙を浮遊しながら、となりを見ると、青蘭が微笑んでいた。
なんだか、とても甘い気持ちになる。
羊水のなかを漂うように心地よい。
——ねえ、龍郎さん。僕たち、ずっといっしょだね。
——そうだね。ずっといっしょだ。
——ずっと、こうして旅してきた。二人で。
——そうだったかも。
——何度、生まれ変わっても、必ず……。
すっと、その感覚が遠のく。
龍郎はどうやら、また幽閉の塔に捕まっているようだ。ベッドに寝かされ、夢の機械につながれている。
(ここは……二の世界のはずだけどな?)
五の世界から四の世界へ移動したということは、三の世界の次は二の世界だ。
しかし、思いだせない。
二の世界で、龍郎は捕まるようなことをしただろうか?
むしょうに肩が痛む。
怪我をしているらしい。
おかげで、ちょっとずつ思いだしてきた。
(そういえば、サンダリンに撃たれたような気がする。そうだ。祭の最中にやってきて、妨害しようとしたけど、青蘭が自分から女王の塔のなかへ入ってしまったんだ)
あのときの青蘭はようすがおかしかった。それに、二の世界の青蘭は生きていると、リエルが以前、言っていた。
あの状況で生きているというのは、どういうことだろうか?
女王の塔まで追っていけばいいのだろうか?
龍郎が考えていると、となりの部屋とのあいだの壁をコツコツと叩かれた。
龍郎はビックリして、壁を見つめる。
するとまた、コツコツ、コツコツと叩かれる。あきらかに誰かが交信をはかろうとしている。
龍郎は器具をとりはずし、となりの壁に顔をつっこんだ。そこで、思わず自分の目を疑う。
「なっ……なんで?」
「龍郎さん。あなたが来てくれるのを待ってたよ」
信じられないが、これは幻影ではない。
ぬれたように黒い瞳。わずかな光を透かして瑠璃色にきらめく。
内から輝くように匂やかな白い肌の、比類なき美貌。
青蘭が、そこにいた。
「な、なんで……? だって、青蘭は女王の塔に……」
青蘭が手招きするので、龍郎はとにかく、壁ぬけで隣室に移動した。青蘭の座るベッドに並んで腰かける。とりあった手のあたたかさは本物だ。
「龍郎さんが最初に、この二の世界に来る少し前、リエルが来たんだ」
「ああ。リエルは二の世界にいるみたいだった。けど……」
「僕は生身だけど、龍郎さんやリエルは精神体なんだよね?」
「そうみたいだね」
「リエルが言ったんだ。ルリム・シャイコースの涙は、それを持つ人の心を夢の世界で物質化させる。その姿は自分の容姿に対する自己認識からなっている。つまり、思いこみだ。強い意思の力で姿を変化させることができると」
それは、できなくはないかもしれない。現に、龍郎だって現実でなら絶対にできない壁ぬけができている。
「自分の姿を好きなふうに変身させられるってことか」
「そう。だから、リエルが僕の姿に化けて、身代わりに祭に出ていったんだよ」
龍郎はうなった。
それでやっと納得がいった。
あのときの青蘭は、なんだか青蘭らしくなかった。まるで青蘭の姿をした別人のように感じた。
龍郎の思い違いではなかったのだ。あれは青蘭ではなく、リエルだった。どおりで、なんとなく冷たい印象を受けた。
「よかった。青蘭。生きててくれて、よかった」
「龍郎さん」
龍郎が感極まって抱きしめると、青蘭は照れくさそうに、龍郎の背中に手をまわしてくる。赤い唇のつややかさが誘っているかのようだ。でも、もうしばらく、それはお預けだ。
「女王は君が死んだと思ってるんだな?」
「たぶん。まだ祭がすんだばかりだから。何日かしたら、怪しむかもしれないけど」
「体内に快楽の玉がなければ、変だとは思うだろうな。それにしても、リエルは君のかわりに死んだってこと?」
「精神体だから、女王に喰われたあと、この世界から消えればいいって言ってた」
「なるほど」
だとしたら、もう二の世界にはリエルはいないのだろう。
龍郎は窓から外をながめた。
やはり、ここでも王女の塔、賢者の塔、子どもたちの塔の上部は崩れていた。
「この塔の媒体はどうなっているんだろう?」
そう言った瞬間、グラリと塔が揺れた。天井のほうからガラガラと激しい音がする。
「神父がやってくれたんだ。青蘭、女王を倒しに行こう」
「うん」
幽閉の塔を出ると、翼のある天使が頂上のほうへ飛んでいくところだった。サンダリンだ。媒体を破壊した侵入者を倒しに行くところだろう。神父には悪いが、彼がサンダリンをひきつけてくれているうちは絶好の機会だ。
急いで女王の塔へ侵入した。
どのハッチのロックも、龍郎には簡単に外せることに、今さらながら気づいた。途中まではそうじゃなかった。きっと、ルリムと手を組んだからだ。
あのフワフワした感触の塔のなか。
奥へ奥へと進んでいくと、女王は玉座に座って、何やらイライラしていた。
そう言えば、三の世界でも女王は不機嫌だった。今になって、それは生贄の青蘭が逃げだしたからだとわかる。この二の世界でも、自分の食った贄が青蘭ではなかったと、女王は疑い始めているのかもしれない。
龍郎は青蘭と目を見かわした。
女王に見つからないよう、暗闇から、そっと近づいていく。