天使と悪魔 その三

文字数 2,237文字



 アンドロマリウス。
 それは、青蘭に取り憑いている魔王だ。青蘭が火事のとき、契約したという悪魔。自分の肉体を失った恋人のために、その魂の(いれもの)として、青蘭の体を代償として求めている。青蘭は魔王の魔力を借りるたびに、体の一部をアンドロマリウスに渡している。

 その魔王アンドロマリウスが、じつは青蘭の実の祖父?
 それは、いったい、どういうことなのだろうか?
 もう、わけがわからない。

(青蘭のおじいさんが人間じゃなかったとしたら……青蘭にも悪魔の血が入ってるってことかな?)

 これまで、退治してきた悪魔の多くは、死んだ人間が悪霊化したものだった。だから、実体を持たず、浄化すれば消えた。青蘭によれば、魂はふたたび人に転生するらしい。

 しかし、一部の悪魔には実体があった。悪魔のなかでも、とくに魔力の高い上級クラスの悪魔、および魔王たちだ。魔神と言っていい悪魔たちである。

 つまり、悪魔も天使もクトゥルフの邪神も、この世の外の宇宙的な存在だというなら、あの実体を持つ悪魔たちこそ、真の意味での“悪魔”なのだ。
 人ではないもの。
 どこか遠い宇宙の深遠から訪れた異世界の産物。

 実体があるということは、やつらには肉体がある。地球や太陽系の理にのっとっていないから、ときに摩訶不思議な現象を起こしはするが、それでも、身体を持っている。体を傷つけられれば、死ぬ。

 そして、この悪魔の血を引いた者は、肉体的に悪魔の特徴を受け継ぐ。かつて、忌魔島に住みついていた者たちが、そうだったように。

(青蘭のおじいさんは魔王……おばあさんも、もしかしたら……)

 龍郎の考えが正しければ、青蘭の母は人ではない。悪魔と天使のハイブリッドだ。青蘭はその母の血を半分、継いでいることになる。
 もしかしたら、青蘭が悪魔を惹きつけるのは、体内にある快楽の玉だけが要因ではないのかもしれないと、龍郎は思った。

 あのホストクラブの帰り道、青蘭と話したときのことを思いだす。


 ——ほんとに僕が無一文になっても、ずっとそばにいてくれる?
 ——もちろん。
 ——僕が……ほんとは化け物でも?
 ——どんな姿でも、好きだよ。


 そうかわした言葉を。
 あのとき、青蘭はどんな気持ちであれを言ったのだろう?

(おれは、たとえ、おまえがどんな姿でも……)

 忌魔島で見た化け物たちの姿が一瞬、脳裏に浮かぶ。しかし、龍郎はそれをふりはらい、意識から締めだした。

 ぼんやりしていると、ふいに神父が言った。

「写真がある。見るか?」
「えっ? なんですか?」
「写真だよ。サー・アーサー・マスコーヴィルの写真」
「サー・アーサー……ああ、青蘭のおじいさんですか?」
「マスコーヴィル(きょう)の出身はイギリスだからね。貴族の御曹司だ」
「へえ。アメリカ人だと思ってた」
「経営の活動拠点がアメリカだったからだな」
「写真、見せてください」
「ああ」

 フレデリック神父はポケットに手を入れた。とりだしたのはスマートフォンだ。写真をスクロールして、一枚を選ぶ。

「これだ。かなり若いときの写真だが」

 古い豪華本の著者近影にでも載っていそうなバストショットだ。
 だが、なんだろうか?
 それを見た瞬間に、なぜか、背筋がゾクッとした。

 少しウェーブのあるブラウンの髪。
 瞳は青い。
 瑠璃色がかったような独特な色合い。
 顔立ちはノーブルに整っている。
 口元にふくまれた笑みは、どこかシニカルだが、全体には外国映画の俳優のようだ。そうとうに自信家で傲慢な男だったのではないだろうかと、その表情からは読める。

 それにしても、なぜ、こんなにも寒気がするのだろう?

「……なんか、迫力がありますね」
「ふつうの人間なら、自然に目をそらすよ」
「視線に威圧感があるせいかな」

 しかし、見たところは、ただの人間だ。魔王のようには見えない。

(これが、アンドロマリウス? 青蘭ならアンドロマリウスの姿を知ってるんだろうか? それとも化身した姿と本体は違うのかな?)

 一つわかったのは、青蘭の光に透けると瑠璃色に見える瞳の色は、祖父譲りだということだ。アーサー・マスコーヴィルは、青蘭と同じ瞳をしている。

「青蘭のおじいさんは生きてるって噂でしたよね?」
「まあ、それはあくまで噂だ。彼の側近だった人物の数名が、マスコーヴィル卿の死後に彼の声を聞いている。電話で話したという者がいるんだ」
「えッ? 電話?」

 妙に気になった。
 腹の底がムズムズする。

「そう。電話」
「姿を見たって人は?」
「何人かいるね。ただ、目撃者はあまりマスコーヴィル卿と親しい人ではない。だから、見間違いという可能性もある。電話を受けたと言ってるのは側近だからな。聞き違えるはずはないんだ。録音された音声だったのかもしれないが」
「なるほど。録音なら、生前に遺しておける。ところで、青蘭のおじいさん、声に特徴がありますか?」
「ある。一度でも聞いたことがあれば間違えることはないね。ひじょうに低いハスキーボイス。私は星流の結婚式のときにスピーチを聞いたが、ガラガラで割れたような……そう。悪魔っぽい声だった」
「音声は……持ってないんですか? 動画でも?」
「私は持ってない。星流が本部に報告したもののなかにはあるだろうな」
「そうですか」

 やっぱり、そうだ。
 アンドロマリウスだ。
 青蘭がアンドロマリウスに操られているときの声。青蘭のつやつやと甘いテノールとは、まったく異なる。しわがれた老人のような、あの声。

 青蘭のなかにいる魔王は、祖父の霊なのかもしれない。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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