橋の上の悪魔 終章

文字数 1,398文字



 フレデリック神父が去ったあと、青蘭は長いこと黙りこんでいた。

 青蘭にとってはショックな話だったはずだ。実の祖父が悪魔だったなんて。その上、死を偽装していたとなれば、何かとてつもなく嫌な予感がする。
 なんのために自分を死んだことにしなければならなかったのか?
 賢者の石を集めていたのは、なぜだったのか?
 そこに謀略的なものを感じる。

「青蘭。平気?」
 龍郎が声をかけると、青蘭は首をふった。
「胃が痛い。食べすぎた」

 そういう意味ではなかったのだが、まあいい。

「食が細いくせにムチャするからだよ」
「清美にとられるくらいなら、僕の胃が破裂しても……」
「何言ってるんだ。胃薬飲むか?」

 青蘭のみぞおちあたりをさすってやろうと、龍郎は手を伸ばした。その手を青蘭がパンッとはねのける。

「龍郎さんは清美の心配でもしてればいいだろ」
「なんで? あんなグチャグチャなオムライス、幸せそうに食ってる人の心配する必要はないと思うぞ?」

 急に龍郎と青蘭の視線を受けて、ご満悦にオムライスもどきの混ぜご飯を頬張っていた清美が、あわてふためいて、皿を背中に隠す。
「わたしのものですよー。もう返しません!」
「いらないよ。そんなの」
「ヤッター!」

 清美はたくましいと、つくづく龍郎は実感した。
 さっきまで家族を亡くして泣いていたとは思えない。本心は悲嘆にくれているのかもしれないが、龍郎や青蘭に気を遣わせまいと、明るくふるまっているのだろう。そういう優しさを見せられるのは、清美がとても芯の強い人だからだ。

 むしろ、精神的に(もろ)いのは、青蘭のほうだ。

「ずっと聞いてみたかったんだけど、青蘭はなんで賢者の石を探していたの? 賢者の石が揃うと、どんな奇跡が起こせるのかな?」

 青蘭は首をふった。
「僕は知らない。アンドロマリウスが賢者の石は他にもあるから、強くなるためには全部、集めたほうがいいって言ったんだ。それだけ」
「アンドロマリウスは賢者の石が欲しいんだと思う。以前、おれの苦痛の玉を渡せと言った。たぶん、二つが揃うと何が起こるのか、あいつは知ってるよ」
「そうかもしれない。さっき、神父も賢者の石は悪魔も欲しがると言ってたし。みんなが欲しがる、この玉……」
「おれたちはこの玉の持つ力を知らないといけない。じゃないと、誰かにだまされたり、悪用されることになる」
「そうですね……」

 青蘭は悩ましげなおもてで思案にふける。

「……たぶん、僕の五歳までの記憶のなかに、そのヒントがあるんだと思う。あの日、何があったのかを知れば……」

 それは青蘭にとって、この上なくツライ記憶だ。痛みと苦しみをともなう残酷な記憶。だからこそ、記憶のなかから消してしまったのだろう。

「ずっと、さけてきたけど……覚悟を決めないといけないのかな?」

 つぶやく青蘭の手がふるえている。
 ほんとうは思いだすことが恐ろしいのだ。

「おれがついてる」
 龍郎は言ったが、青蘭は長いまつげをふせて、泣きそうな目を隠した。
 やがて、青蘭はうつむいたままで告げる。
「あの場所へ行ってみよう」
「あの場所?」
「僕が五歳まで住んでいた屋敷のあった場所」

 青蘭が大火傷を負った火事の現場か。
 そんなところに行って、青蘭は平静でいられるのだろうか?

 不安だが、行くしかない。
 運命の流れに飲みこまれる前に。
 そこへ行けば、龍郎たちを包む多くの謎の一端がつかめるかもしれない……。



 第二部 完
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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