オマケ 恐怖の夜

文字数 1,386文字



 また、夜が来る。
 七日めの夜だ。
 今夜あたり、あの世からお迎えが来るかもしれない……。

 そう思うと、茜色に燃える美しい夕空も、どこか不吉に思える。
 こういうときに太陽を見ると、腐った卵のように黄色く見えると言うが、ほんとだろうか?

 龍郎は宿の中庭の木陰に、一人うずくまっていた。なるべく小さく目立たないように丸くなって。

 こんなことをしていても、なんの解決にもならないことはわかっている。
 でも、それなら、どうしたらいいのだろう?

 夜の来るのが怖いだなんて、これまでの人生で、ただの一度もなかった……。

 夜が、怖い。
 夜は魔の時だ。
 夜になるたびに、龍郎は抵抗もできないまま、魔物に体力を奪われていた。そう。淫魔だ。あれは、人というよりは、淫欲の悪魔。

 このままでは、取り殺されてしまう。

(最上のやつが化け物だと言ってたのは、このことだったのか?)

 姿形が変わることや、山羊の悪魔との関係ではなく?

 たしかに、今になってわかった。
 彼は底なしの上、めったやたらに色っぽい。艶麗。妖美。素晴らしい。体力的に終わったと思っていても、あの魅惑的なサキュバスみたいな体で誘われると、なんとかなってしまう。まるで命を削りとるかのように捧げてしまう。

 困った。
 このままでは、さすがに死ぬ。連日連夜、朝まで、ぶっとおしなのだ。

(どうしよう。おれ、このままだと倒れるかも……)

 せめて今日一日だけでもいい。休みたい。
 とは言え、彼を目の前にしたら、とてもそんなことは言いだせない。
 このまま、ここで夜が明けるのを待とう。

 だが——

「ああっ、龍郎さん見っけ!」

 うっ、この声は……。

「なんでこんなとこにいたの? ねえ、部屋に帰ろう? 僕、龍郎さんがいないとさみしいよ」

 キターーーーッ!

 青蘭(淫魔)だ。
 八重咲青蘭(淫欲の悪魔)が来る。

 いっきに動悸が高まる。
 心臓がバクバク鳴りだした。

 もちろん、龍郎は青蘭を愛している。誰よりも何よりも愛しい。一生、この気持ちは変わらないし、どんな困難があろうとも、青蘭のためなら命を賭けられる。

 だが、それとこれとは別……だ。
 最初の夜は嬉しかった。感激したし、気持ちよかった。
 二日めだって、かなり舞いあがった。すっかり骨抜きにされた。三日めも。四日めも。

 でも、体に不調を感じたのは五日めくらいからだろうか?

 もしやと思わないでもなかったが……なんというか、青蘭は無尽蔵なのだ。たぶん、青蘭本人は快楽の玉から、つねにエネルギーを供給されているせいだ。快楽の玉を刺激すればするほど、どこからか力が湧いてくるようだ。

 しかし、龍郎はそうではない。苦痛の玉はこういうとき、龍郎に活力を与えてはくれない。たぶん、用途が異なるのだろう。

 今夜こそ枯渇(こかつ)する。
 精力の最後の一滴まで吸いとられる。

 恐る恐るふりかえると……それはそれは天女のように見目麗しい恋人が、はにかんだ笑顔で龍郎の前に立っていた。潤んだ瞳をキラキラ輝かせて。

「龍郎さん? なんで、こんなとこにいたの?」
「えっ? うん。ちょっと温泉でのぼせて。涼みに……」
「ふうん。じゃあ、部屋に帰ろ?」
「あっ、うん……」
「……今夜も、楽しみだね?」
「うっ、うん……」

 ダメだ。喰われる。確実に沈められる。

 青蘭に腕をとられながら、おれは明日の朝焼けを拝めるだろうかという思いが、龍郎の脳裏をよぎった。

 残照が目にしみた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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