朽ちる その二

文字数 1,508文字



「青蘭! 青蘭なんだろッ?」

 全速力で走っていった。が、そこにいたのは青蘭ではなかった。
 瑠璃だ。
 写真の少女が大人になった姿。四の世界で幻影のように見た、瑠璃本人だ。

「瑠璃さん……」
「ありがとう。この家にかかる魔法を解いてくれて」
「でも、君は……」
「そう。思いだした。みんな、終わったことだったの」

 すべては終わったこと。
 そこに立つ瑠璃の姿は青白く輝き、ほんのりと透けている。

 ザクロの木の根かたに、男女が倒れていた。瑠璃と冬真だ。手をにぎりしめ、二人でザクロの木にもたれている。その姿は眠っているかのように安らかだ。

「……ごめん。君と冬真が生きているうちに、助けにこられなかった」
「いいの。魔法が解けたから、わたしたちはやっと逝ける。あなたのおかげ」

 瑠璃の姿が淡くにじむ。
 となりには冬真も微笑んでいた。

 薄幸な短い生涯。
 でも、きっと二人は最期には幸福だったのだろうと思う。
 愛する人と二人で旅立っていけたのだから。

 風にゆれる花のように、儚く、その姿は消えた。

 館にかかる魔法の残り香が遠のく。
 その瞬間だ。
 落雷のような音とともに、ザクロの巨木が二つに裂けた。

 あらわになった木の内部を見て、龍郎はゾッとした。

 外から見たときは、あんなに見事な枝ぶりだったのに、なかは腐っていた。そして、空洞のなかにビッシリと白い虫が這っている。白蟻だ。木のなかは白蟻の巣になっていたのだ。

 中央の大きな空洞。
 そこから伸びる四つの部屋。
 小さな働き蟻と、少し大きな戦闘蟻。

 七つの世界が滅びるとき、真の世界が姿を現わす——

「そうか。これが……」

 これが現世での邪神の投影された姿。
 本体ではないのかもしれない。魔法でつながるための仮の姿にすぎないのかもしれないが……。

 巣の中心に、ひときわ大きな蟻がいた。ほかの蟻より数十倍も大きい。ひとめで女王とわかる。

 龍郎は女王蟻をつまみあげた。
 女王は身をくねられせて逃げだそうともがく。それを地面に捨てると、龍郎は靴の底でふみつぶした。

 ザクロの木は完全に倒壊し、見ているうちに腐食していった。

 あっけない。
 これで、すべてが終わったのか?
 真の世界もついえた。

 だが、青蘭は帰ってこない。

「……青蘭。青蘭……青蘭……」

 涙がこぼれおちる。
 龍郎は悲しみを抑えられず、こぶしで地面を打った。何度も、何度も、何度も。

 すると、倒壊したザクロの根元に、ぽかりと穴があいた。そこから人の顔が覗いている。青ざめて土をかぶっていても美しい。

「青蘭——!」

 龍郎は夢中で土を掘った。
 青蘭の体を地面からひきずりだす。

「青蘭。青蘭?」

 ペチペチと軽く頰をたたくが反応がない。

 死んでいるのだろうか?

 胸に耳を押しあてる。
 鼓動は感じられない。

「青蘭。青蘭。青蘭。お願いだ。生きてくれ。生きかえってくれよ。青蘭!」

 必死で心臓マッサージと人工呼吸をくりかえした。

「お願いだ。青蘭! おれたちは、ずっといっしょなんだろ? 死ぬときも、生きるときも」

 華奢な青蘭の肋骨が折れてしまうんじゃないかと思うほど、強く胸を押しこんだ。
 龍郎の流す涙のしずくが、ぽたぽたと青蘭の頰をぬらす。

「青蘭ァーッ!」

 号泣しながら叫んだとき、ぷはっと小さく息をつく音が聞こえた。
 ハッとして、龍郎は青蘭を見なおす。
 龍郎の手の下で、ゆっくりと鼓動がした。頰に赤みが戻ってくる。

「青蘭……」

 長い睫毛がまたたく。
 宇宙の深遠のように神秘的な瑠璃色の瞳が、龍郎を見返す。

 長かった。
 このときをどれほど待ちわびたことか。

「……おかえり。青蘭」

 抱きしめると、青蘭は龍郎の胸に顔をうずめ、ささやいた。

 ただいま——と。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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