忌魔島奇譚 その十六

文字数 1,855文字


「お世話になりました。おかげで元気になりました」

 一夜明けて、翌日。
 龍郎と青蘭はならんで、重松家の玄関前に立っていた。
 魔王と闘い、島の崩壊から命がけで逃げてきて、疲れはてて一昼夜、眠り続けてしまった。
 今日になって、どうにかこうにか動けそうだ。

「うん。礼を言うのは、こっちのほうだ。兄ちゃん。ありがとよ」
 そう言う重松のとなりには、春海が立っている。今日は長ズボンをはいているので、どこから見ても人間の少年だ。

 春海の生涯は、決して平坦なものではないだろう。学校ではイジメの対象にもなりかねないし、大人になれば結婚相手を見つけるのにも苦労する。
 それでも、この子は強く生きていくだろうと断言することができる。
 春海の目は、今日の海のように澄んでいる。

「じゃあ、お元気で。春海くんも元気でな」
「うん。バイバイ。お兄ちゃん。また遊びに来てね」
「そうだな。そのうちには」
 龍郎と青蘭は二人に手をふって、港まで歩きだす。

 香澄はまだしばらく、重松家に泊まるようだ。きっと、春海に亡くなった自分の息子の姿をかさねているのだろう。それは、いつか必ず、彼女が生きていくための活力になるに違いない。

「なあ、青蘭。聞いてもいいか?」
 二人きりになって、龍郎は聞いてみた。

 コートは海水まみれになってしまったので、重松に捨ててもらうことにして置いてきた。でも、今日は風も春のように穏やかだ。
 風に吹かれる青蘭の白皙も、昼寝中の猫みたいに心地よさげ。

「なんですか?」
「いろいろあるんだけど」

 海沿いに続く迷路のような細い道。
 前を歩いていた青蘭が立ち止まる。
 木の柵に手をかけて、海から龍郎へ視線を流した。

「まあ、そうでしょうね」
「おまえが普通の人にはない不思議な力を持っていることはわかった。じゃないと、あんな化け物を溶かして吸いこむなんてできない」
「人をゲテモノ喰いみたいに言わないでくださいよ」
「だって、そうだろ? 悪魔は悪魔を喰うんだって、おまえが言ったんじゃないか」

 あるいは、青蘭は解離性同一性障害で、悪魔は青蘭が作りだした別人格。
 悪魔に憑依されていると青蘭が思いこむことによって、通常では考えられない魔法をひきおこしているのではないか、と考えないでもなかった。

 でも、悪魔がほんとにいるのか、青蘭の別人格なのかはともかく、青蘭が奇跡の力を有しているのは、まぎれもない真実だ。
 それはもう疑いようがない。
 おそらくは、あの光を発する玉のせいで。

「僕は幼いころ火事にあって、生死の境をさまよったんです。そのとき、悪魔と契約したんだ。アンドロマリウスって魔王とね。彼の恋人のために新しい体が欲しいから、その器として僕を選んだと、彼は言った。僕は契約をかわした。
 あいつは僕を生かし、僕が窮地に陥ると助ける。でも、その代償として、僕は体の一部を彼にさしだす。もう、どこまでが僕で、どこからがヤツのものなのか、僕にもわからない」

 そう言って、青蘭が前髪をかきあげると、ひたいのケロイドが以前に見たときより、ハッキリひとまわり小さくなっていた。

「あえて目に見える場所を残しているんだ。鏡でこれを見るたびに、まだ僕は僕なんだと安心できる」
「じゃあ、あの大火傷が治ったのは、悪魔の力……」
「悪魔は僕のなかに、ある石を埋めた。君も見たでしょう? 賢者の石。僕のなかで光る。あれに途方もない魔力があるんだよ」

 賢者の石。
 それは、魔術にくわしくない龍郎でも聞いたことがある。
 たしか、錬金術で使う魔法の石だ。
 鉛を黄金に変えたり、人造人間に生命を与えたりする媒体として使われる。

「ユダヤのソロモン王が持ってたって聞いたことがあるな。その石の力で動物の言葉を理解したとか」
「ソロモンが石の力で操ったのは動物じゃない。悪魔だ。ソロモンはその力で七十二人の魔王を統べた」
「それは初めて聞いたけど」
「賢者の石は、もともと天界のものなんだ。天界には三つの賢者の石があった。快楽の玉と、苦痛の玉、そしてその二つが一つになった生命の玉だ。僕のなかには、そのうちの快楽の玉が埋めこまれている。快楽の玉は、苦痛の玉と呼応する」

 呼応する二つの玉。
 苦痛と快楽。
 青蘭のなかの玉と、龍郎のなかの玉は呼びあう。

 がくぜんとして見つめていると、青蘭は微笑んだ。
「ずっと探していた。あなたが持っていたんだね。僕に共鳴する“苦痛の玉”を」

 これは定めだ。
 青蘭と出会ったことは、これから始まる宿命への序曲にすぎない。


 歯車のまわる音が聞こえる……。




 第一部 完
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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